第7話 弱さと信頼

 皆は、自分の身体の中で変えたい部分はあるだろうか。

 僕はというと、今現在は変えたい部位はない。ただ、それこそ昔は全身を変えてしまいたいと思っていた時期があった。あの忌々しい両親からもらった肉体をまとったまま、生きていくのが辛すぎて、いやすぎたからだ。

 しかし、そんな自分の変えたいと思った部位を変えてしまったとき、自分はどうなってしまうんだろうと思う。その変えたい、嫌いな部位があったからこそ、今の自分があると思うと、なんだかその部位を変えることが怖いような気もする。

 自己を形成するなにか、というものは、たとえそれを自分が嫌っていたとしても、なくなってしまったら、自己というものが大きく変わってしまう。

 嫌いなところを変えたところで、それによって変わった自分を見たとき、また新たに嫌いなところが、気に入らないところが増えてしまうかもしれない。

「だいぶ進歩だな」

「そうですね。かなり仲良くなれたと思います」

 今はバイキングで昼ご飯を食べながら、菜花さんと談笑をしている。

 会話の内容は、れもんの話だ。

「しかも、れもんから誘ってくれたのでそれも大きいかなと」

「ああ、そうだな! それは確かに薫くんのことを信用している証かもしれない」

 菜花さんは相変わらずハイテンションで話している。

「ちなみに、れもんから好意を感じることはまだないか?」

「好意ですか。恋愛的な意味で?」

「ああ」

「僕が思う限りではないです。それに、たとえ好意を寄せられていたとしても、れもんは子供ですし、僕にはもう彼女がいるので」

「そうか。まあ、そうだよな」

 れもんと会った当初は、その容姿も相まって全く子供には思えず、僕と同年代の人だと思い接しているところがあった。しかし、れもんと話しているうちに、少し中学生らしい言動をするところも見えてきた。そのおかげか今はれもんのことを、子供と僕は認識している。

「ああ、そういえば相談したいことが」

 れもんの容姿のことを少し考えたとき、そこから連想してれもんの首から胸元にかけてある、あざのことを思い出した。

「なんだ? なんでも言うといい」

「れもんの首から胸元にかけて、あざのようなものがあって」

「ふむ」

「それについて聞いてみたいですが、どうにも勇気が出せなくて。菜花さんも同じような傷があるので、もしかしたらどうすればいいかの答えやヒントのようなものを聞けないかなと」

「なるほど」

 僕が吉野旅館に来てから知り合ったこの菜花さんとれもんには、どちらにも身体に傷を持っているという共通点がある。そのため、このれもんのあざに関しては、菜花さんに尋ねるのが一番いいと思ったのだ。

「そんなの簡単だよ」

 菜花さんはにこやかに言った。

「人の弱みを聞き出したいなら、自分も弱みを晒して、その人に寄り添えばいい。そうすれば、人はどうしても『じゃあ自分も自分のことを話さなきゃ』となるはずだ。薫くんも、似たようなことを言っていただろう?」

「……そうですね。確かに言いました」

 僕は菜花さんと初めて出会ったとき、確かにそのような話をした。

「人のそういう特徴を尋ねると、お前も自分の過去とか、そういった踏み言ったことを話せって詰められそうで、聞かないようにしてます」

 おそらく、僕のこの考えのことを菜花さんは言っているのだろう。

 しかし、これもまた僕が言ったことが、菜花さんの提案をはねのけてしまっている。

「だけど、それは駄目です」

「……」

「だって、やっぱりああいうふさぎ込んでしまっている子って、脱線してしまっているような子って、基本的に自分が世界で一番不幸だと思って聞かないからです」

 これも数日前に菜花さんに言ったことだ。

 もしかすると、今の僕とれもんの関係ならそんなことはないかもしれない。しかし、やっぱり僕のこの考えが、僕の身体を縛り付ける鎖のように絡みついている。

「ああ。確かにそんなことも言っていたな」

 菜花さんは、腕を組み頷いた。

「なに、なに、すべてありのままを話せと言っているわけじゃあない。彼女の気を引けそうな自分の過去のことをポロっと漏らしてみるんだ。まるで自分が相手を信頼しているから、弱いところを見せている……みたいな雰囲気でな」

「弱いところを見せている……みたいな……」

「ああ。決して不幸自慢にならないように言うんだよ。ここで大事なのは、弱さを見せることだ。なぜなら、人に見せる弱さは、信頼ととても近しい関係性にある! と私は考えているからだ。ほら、薫くんも私を信頼して、自分の過去を書き連ねた手紙を差し出してくれたのだろう?」

「確かに……そうだ」

「ふふん。だろう?」

 菜花さんは、渾身のドヤ顔を僕に見せつけた。

「だからポロっと弱弱しく、れもんに言ってみるんだよ。薫くんぐらいの美人が弱ってるところを見て、『私が……助けてあげないと……』ってならない人はいないはずだ」

 菜花さんは少し誇張しながら、まるで演じているかのように言った。

 確かに、過去をすべて告白する必要はない。あくまでも信頼しているということを、相手にうまく伝えられればいい。

 人と言うのは、どうしても自分の話をしたくなる。だからこそ、相手が自分自身の話をし始めたら、ああ僕も……となるはずだ。

「悪く無いですね。ちょっとやってみます」

「ああ。そうしてくれ。いいか、弱さだぞ」

「はい」

 菜花さんは少し前のめりになりながら、僕に忠告した。



 夕方。

 れもんのいる部屋に向かうと、何やらピアノの音色と騒がしい子供たちの声が聞こえた。

 なんだろうと思い、れもんのいる部屋のドアをこっそり開けると、そこには子供たちに囲われながら、ピアノを弾いているれもんの姿があった。

 れもんはいつもよりお姉さんっぽく、子供たちと目線の高さをしっかり合わせて会話をしていた。

 しかも、心底楽しそうに。

「……」

 これは、邪魔しちゃいけないな。

 僕はそう思ったので、ドアをそっと閉めて、また明日、夜にでも来ようと思いながら、自室へ戻った。




 

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