第6話 育ち盛り
朝。
今日は適当に朝ご飯を部屋で済ませて、昨日のれもんのことを考えていた。
「その大人が! 間違った方向に導いてくるんだろうが!」
その言葉が僕の頭の中で何度もどよめく。
その言葉を発した原因はやはり、元の家族といろいろあったからだろう。
親という大人に、間違った方向に導かれた経験が、れもんにはあるんだろう。
いつ、そのことを深く聞くべきなのか、今のれもんとの信頼関係はどれくらいのものなのか、僕は考えている。
何度も何度も同じことを考えながら、朝から昼にかけて旅館の掃除をしていると、突然声をかけられた。
「薫さん?」
しかも名前を直接呼ばれたので、少し驚いた。
「は、はい……って」
「どうも」
僕を呼んだのはれもんだった。
まるで外に出るみたいな、厚着をした状態でれもんは僕に話しかけていた。
「なんだい? れもん」
「……一緒にスキーしない?」
「え」
僕はまた驚いた。
あの部屋に閉じこもっていそうだったれもんが、僕をスキーに誘ってきたのだ。
「やっぱり、彼女いるからだめ?」
「いやいや、れもんは中学生だろ? 大丈夫だよ」
「そう? なら先に外出てるから。仕事終えてから、ゆっくり準備してきてよ」
「わかった。待っててくれ」
れもんはそう言うと、歩いて去っていた。
僕はその後、仕事を切り上げてスキーの準備をして外に向かった。
天気がとてもよかった。絶好のスキー日和だ。
外に出ると、スマホを触って待っているれもんがすぐに見えた。
「お待たせ」
「お、来た来た」
僕が声をかけると、れもんは何とも言えない笑顔で振り向いた。
「とりあえず、行こ」
「うん」
僕たちはゲレンデへ歩き出した。
「なんで誘ったんだ?」
僕はれもんに尋ねた。
「滑る前にその話するの?」
れもんは無表情で言った。
「どうせスキーは口述だろ?」
「口述だからこそ、その口述を全うしないでどうするの?」
「あはは。本当に中学生なの? 返しのキレがありすぎじゃないか?」
果たして僕が中学生の時に、こういった返答ができたかどうか。
れもんは見た目もだが、精神面も多少大人びてるみたいだ。
「そうやって大人からも子ども扱いされないから、大人みたいな返しができちゃうのかも」
れもんはそう言いながら、スキーをはじめるためか、ゴーグルをつけた。
僕もれもんの後に続いて、スキーを始めた。
僕はゆっくりと先導するれもんのあとをついて行った。れもんはとてもスキーが上手で、僕に合わせているためかまだまだ余力を残していそうだった。そんな僕も今のれもんのペースはゆっくり過ぎるぐらいだった。でも、たまにはこうやってゆっくりやるのもいい。
少し平地になっているところでれもんは止まった。それに合わせて僕も止まった。
「うまいじゃん。経験者?」
「中学の頃に一回だけ」
「それからはやってないの?」
「ここに来てからは結構滑ってるから」
「にしてはうまいね」
れもんは楽しそうに少し笑いながら話している。
「れもんはよく滑るのか?」
「長期休みの期間以外はよく滑るよ」
「なんでその時期しか滑らないんだ?」
「だって大学生のバカ男どもばっかだし、今の時期もだけどさ」
「あはは……本当に大人の男が嫌いなんだな」
「本当に嫌い。私の半径二〇キロメートル以内に入らないでほしい」
「それもう県外じゃん……一国の支配者もいいとこだぞ……」
歯を食いしばりながら、本当に嫌そうな顔でれもんは話していた。
「……えっと、スピード上げても平気?」
れもんは表情を穏やかなものに変えて、その後僕にそう言った。
「うん。大丈夫だぞ」
「そ、じゃあついてきて」
「うん」
れもんはすぐにまた滑り出した。僕もついて行く。
れもんはしばらくの間、そこそこのスピードで滑っていた。その後、僕の姿を確認するとさらにスピードを上げた。それでも僕が問題なくついて行ける程度のスピードだった。
そして、そのままゲレンデの下まで降り切ったので、そこからリフトの前までれもんと向かった。
リフトは少し並んでいて、待つ必要がありそうだ。
「リフト、一緒に乗るでいい?」
「え、いいのか? 僕一応男だぞ?」
「薫さんからは性欲感じないし、かわいいから平気。それに大切な人がいるって言ってたから」
「ふふ。そうか」
れもんは僕の方を全く見ずに行った。
「なんでこっちを見ないの? 照れてるのか?」
「うるさい」
「はは。ごめんね」
「まったく」
僕は少しれもんをからかうことに挑戦してみた。れもんは少しうっとうしそうにしてたが、でも本気で嫌悪しているような雰囲気は感じられなかった。
そのまま僕たちはリフトに二人で乗り込んだ。
「大学生たちには、やっぱりナンパされるのか?」
「まあね」
れもんは遠くの景色を見ていた。
僕もあえて目を合わせようとはせずに、景色を楽しみながら話すことにした。
建物もほとんど見えない。周りはすべて雪に覆われた山々ばかりで、壮観だった。
「僕もされたぞ。ナンパ」
「男にでしょ」
「まあね。よく間違えられる」
「そういう時どうするの? 素直に男なんだって伝えるの?」
「うん」
「嫌な顔されない?」
「嫌な顔されること七割。驚かれるか褒められること三割かな」
「なるほどね」
れもんは少し伸びをした。
「なんでナンパしてくるんだろうね。人の気持ちとかわからないのかな」
「成功体験があるからナンパしてるんじゃないか?」
「あ~なるほどね。ナンパを受け入れる女の子のせいで、私まで被害食らってるわけだ」
「まあまあ。ナンパ待ちとかする女の子もいたりするから……」
「はあ……まったくそういうことするやつらの気持ちがわかんない」
れもんはため息をついた。
「こっちは中学生だっての。未成年どころか義務教育も終えてないっつーの」
「まあ確かに、れもんを初めて見た人は中学生だなんて思わないだろうね」
「そのせいで大人の男が嫌いなの。すぐ私をそういう目で見て。こっちは子供だっての」
「気を使ってほしいのか?」
「そこまでは言わないけど、関わらないぐらいの選択ができないのかって言いたい。確かに、私が中学生に見えないってのも悪いけどさ、じゃあもっと子供っぽくしろって言われてもわかんないよ」
まあ確かにそうだ。子供っぽくしろっていうのは難しい。子供ごっこのようなものや、子供のふりはできるけど、どうしてもわざとらしくなってしまう。子供っぽさというのは、あふれ出るものだ。
「そろそろ、昨日なんで突然怒ったのか聞いてもいいか?」
「ああ。うん。いいよ」
僕がれもんに尋ねると、リフトに乗ってから初めて僕の顔を見てくれた。
「ちょっと信頼してる薫さんからは聞きたくないことだったからさ。ごめんね。今は気にしてないから」
「そうか。こちらこそごめんね」
「いいよ」
れもんは軽く笑った。
そう話しているとリフトも終点だ。
「次、上級者コースでも平気?」
「うん」
「じゃあ、いこ」
「ああ」
れもんはリフトを降りると、すぐに上級者コースに向けて歩みを進め始めた。
そして滑りおわり、夕方。
旅館の前でスキー道具を片付けてから、れもんと僕は集まった。
「さて、カレーでも食べに行かないか?」
「あそこの?」
「うん」
僕がれもんにカレーを食べることを提案すると、れもんはカレーを出している旅館の隣のフードコートがある建物を指さした。
ただ、れもんは少し怪訝な顔をして僕の顔を見ていた。
「奢るからさ。好きなだけトッピングをしてもいい。育ち盛りなんだから」
「……!」
僕が育ち盛りなんだからと言い終わると、れもんはすぐに嬉しそうな顔をした。
それは安心しているような表情にも見えた。
「育ち盛り、ね。そっか」
れもんは心底暖かい声でそう呟いた。
なぜれもんが急に、そんな怪訝な顔から安心しているような顔になったのか、わからないが、とにかくここまで安心しきったれもんの顔は初めて見た。
なんだか、僕もうれしい。
「じゃあ一緒に食べよ。好きなだけ頼んじゃうから」
「うん。そうしてくれ」
僕が返事をすると、駆け足でれもんはうれしそうにフードコートへ向かった。
「本当によく食べるな……」
「育ち盛りだから」
好きなだけ頼んでいいよと言った手前、僕が悪いんだけど、れもんはそれはもう遠慮なしに好き放題頼むわけで、カレーの上にはとんかつだとかハンバーグだとかがたくさん乗っている。
別にアルバイトをしているので、銀行口座にはお金はそれなりにあるけど、今財布の中のお金はもうほとんど消えてなくなってしまった。
だけど、れもんは本当においしそうに食べるので、まあそんなこともどうでもいい。
「あっつ……」
れもんはそう言うと、上着を脱いだ。れもんが上着を脱ぐと、首筋から胸元にかけてあざのようなものが見えた。
「……」
僕はその場でそのあざについて言及するかを考えた。
いや、まだだ。今はとりあえず、スキーをしてカレーを食べて、楽しく終わった。それでいいだろう。
このれもんのあざに関しては、また今度尋ねることにしたい。
そうして僕とれもんは、談笑をしながらカレーをおいしく食べた。
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