第5話 告白
「どうだった? 女装は?」
次の日の朝。
僕は菜花さんとバイキングで朝食を食べている。
「まあ、うまくいきました。メイクとか」
「そうじゃない。女装は心地よかったのかと言う話だ」
「ふふ。僕は今の格好も女装も心地いいです」
「ああそうか。それはそうだろうな。その見てくれならどちらも着こなせるだろうし、どっちを着ていてもきっと褒められるだろう?」
「まあ、そうですね」
僕は空になった皿を横目にコーヒーを飲む。
「それで、れもんと話はできたのか?」
「できました。軽くですけどね。ただ、だけどもう僕を嫌っているような雰囲気はあまり感じませんでした」
「よかったな」
「はい」
僕が返事をすると、菜花さんは優雅にスープを一口飲んだ。
「彼女が大人と男が嫌いな理由はわかったか?」
「それはまだ」
「さすがにまだ早いか」
「そんなに簡単に心を開かせることができるなら、苦労しません」
「そうだなあ」
菜花さんは、僕の顔を見た。
あまりにも見つめてくる。なにか聞きたいことでもあるのかもしれない。
「どうかしましたか」
「なんか冷たくないか?」
「気温がですか」
「違う。薫くんが」
「ああ……そんなに冷たく見えましたか?」
「うん……というかあれか。朝に薫くんと話すのは初めてか」
「はい。多分そうです」
「朝だから機嫌が悪いとかある?」
「確かに……朝は弱いですけど……」
「じゃあ、いつも私が見てた昼からの薫くんが優しかっただけか」
「多分そうです」
言われてみれば、朝はいつも機嫌が良くないというか、テンションの低いような気がする。
今まで言われたことがなかったけれど。
「菜花さんは全く変わりませんよね」
「ああ。いつもこうだ。寝る前くらいだな、テンション低いの」
「文章を書くときもテンション高いんですか」
「もちろん。書いているうちに『うおおおおお! これは来た! おもしろいぞおおおお!』と叫んだりするな」
「うるさそう」
実際、菜花さんが普通に会話している声も、かなり大きい。
「そりゃあうるさいだろうな」
「疲れないんですか?」
「疲れたら寝ればいいじゃない」
「はあ……」
あまりにも間抜けな顔をして菜花さんはそう言うので、ため息が出てしまった。
「ああ! そんな顔をするな!」
「本当に作家なんですか? そんなバカっぽいのに」
「能ある鷹は爪を隠すってやつだ、と言いたいところだが。実際のところ、文章を書くときに難しいことを考えすぎて、日常生活では反動でバカになっているのかもしれない。ある意味、二重人格だな。ははは」
「……」
そういえば、菜花さんからもらった本をまだ開いてすらいない。
時間があったら、目を通してもいいかもしれない。
「そういえば聞きたいことがたくさんあるんだが、聞いてもいいか」
「はい。いいですよ」
菜花さんがそう言ったので、僕はすぐに肯定的な返事をした。
「勉強はできるのか?」
「はい。得意な方だと思います」
「そうか、運動は?」
「苦手ではないと思います」
「パートナーはいるか? 彼女とか」
「いますよ」
「歌はどうだ?」
「人並み程度には」
「楽器を弾けたりはするか?」
「ギターなら少し」
「絵は得意か?」
「絵は得意です」
「はあ……そうか」
菜花さんは、少し退屈そうな顔をした。
質問攻めが終わったので、今度は僕から声をかけた。
「どうしてそんな急にたくさん質問をしてきたんですか?」
「いやなに、あまりにも君が完璧な人間に見えてな。なにか後ろめたいことの一つでもないのかなって」
「……」
「だってそんな完璧な人間はいないだろう。後ろめたいことの一つや二つあるに決まっている。吐け。薫くんの罪を、罪悪を」
「……」
菜花さんはニヤニヤしながら僕に言った。
昨日のれもんが言っていたことと似たようなことを言った親友が、僕にはいると言ったと思う。
今、菜花さんはその親友と同じようなことを言った。
その親友も、まだあって間もない頃に、同じようなことを言った。
それを思い出した。
「少し、待っていてください」
「ん? ああ。じゃあ待っていよう」
僕が待っているように言うと、菜花さんは素直に聞いてくれた。
僕は自分の部屋に向かって、歩みを進めていく。
菜花さんが待っているから、気持ち早足で。
菜花さんは作家でネタを探している。僕のことを知ろうとしている。
そんな菜花さんが親友と同じことを僕に言ったとき、彼女に僕の過去のすべてを綴った手紙を菜花さんに渡してもいいと思ったのだ。
僕の手紙を参考に小説を書き、それで人が救われるのなら、僕は過去を包み隠さず菜花さんに告白したい。
そう思いながら、早足のままに菜花さんのもとに戻ってきた。
「これ、どうぞ」
「あ、ああ」
菜花さんは少し動揺しながら、僕の手紙を受け取った。
「それが僕の過去です。今日中か、明日にでも読んで返してもらえると嬉しいです」
「なるほど。嬉しいな。もうそんなに私を信用してくれたのか」
「そうですね。菜花さんがおかしな人なせいで、思ったより簡単に信用しちゃいました」
「そうか! 変人でよかったぞ! 私!」
菜花さんは手紙を嬉しそうに見ていた。
しかし、その手紙を少し見た後、菜花さんはすぐに真顔になった。
「こういう文字で記録しているということは、薫くんの過去は、普通ではないという自覚があるんだね」
「そういうことになりますね」
実はこの手紙を処分しようと思った時がある。
僕が素晴らしい人たちに助けられ、過去を振り切り前を向いて生きていこうと決意した時だ。
僕は過去を振り切るという意味も込めて、手紙を捨ててしまおうと思ったのだ。
しかし、これまた僕の命の恩人で、先ほど話した親友とは別の親友が、手紙を残しておかないかと提案してきたのだ。
彼は「その手紙が誰かのためになるかもしれない」と言ったのだ。
僕はその通りだと思い、手紙を残しておくことにした。そして、持ち歩くようにした。
こうやって、いつ必要になるか、わからないから。持ち歩くことにしたのだ。
「夜にでも返そう」
「わかりました」
菜花さんはそう言いながら、手紙を大事そうに自分の鞄にしまった。
「じゃあ、また夜に」
「ああ。必ず返す」
菜花さんはそう言うと、席を立った。
夜。昼から旅館の手伝いをした後、部屋でゆっくりとしていると、菜花さんが手紙を返しにやってきた。
菜花さんが手紙を返すついでに少し話したいと言ったので、僕は部屋に菜花さんを招き入れた。
菜花さんが座布団に座ったので、僕も机を挟み、菜花さんの正面の座布団に座った。そうして、菜花さんは机の上に、丁寧に僕の渡した手紙を置いた。
「どうでしたか」
「あれを中学生の頃に書いたのか」
「はい」
「まったく、とんでもないな」
「だから僕の過去を書いたんです」
「違う違う。あれを書く能力を中学の頃から持っているのがすごい、と言いたかった」
「あ、そっちですか」
「ああ」
菜花さんは胡坐で座りながら、微かな微笑みを浮かべていた。
「抗いようのない過去に罪の意識、それによって引き起こる他人と接することへの罪悪感……。自分の罪のせいで周りの人を傷つけてしまう感覚。よく書けていると思う。君の過去が、よくわかったよ」
「よかったです」
「私はな、完全に自分のせいでこういう顔の傷ができて、そのせいでいろいろな目で見られてきて、いろんなことを思うことがあったが、完全に自分のせいでできた傷だからこそ、誰の助けもなく前を向くことができた。でも、薫くんのみたいにどうしようもない大人に間違った道を教えられると、あんな風になってしまうんだな」
「そうですね。でも、僕は周りの素晴らしい人たちに救われました。偶然、人を引き付ける容姿を持っていたので……それが大きいかなと」
「その綺麗な容姿があってよかったな。ああ、皮肉ではないぞ」
菜花さんは少し焦りながら言った。
「わかってます。でもこの容姿も結局、親からの遺伝……そこだけなんとも言えない怒りのようなものが湧いてきます。僕を間違った方向へ導いたのも、僕をこの容姿で産んだのも、親だから」
「なるほど」
結局、僕にひどいことをしたのも親で、僕を救う要因となってくれた人が集まったのも、この容姿に産んでくれた親がいるからだ。
「まるで自分自身に力がないと言われているようで、自分元々遺伝で持っているものだけで、人生が動いているようで、少し嫌なんです」
「確かにそうかもしれないな。でも、私は少しだけ違うと思うぞ」
「と言うと?」
菜花さんは、胡坐をかきながら前のめりになった。そして自分の顔の傷を指さした。
「私はあえてこの傷を隠さずに生きている。もちろん、隠そうと思えばメイクでいくらでも消せる。手間はかかるが」
菜花さんは、自分の顔の傷を大事そうに触った。
「しかしだな。私は顔にこの傷を持っている私と、対話してくれる人間と接して生きていくと決めたんだ。ありのままの私と話してくれる人間と生きていくことを決めた。もちろん、もし私に好きな人ができて、そいつが私の顔の傷が嫌いだったら、メイクでも整形でもするかもな。でも、私はありのままで生きていくと決めたんだよ」
菜花さんは、そこまで言うと僕に指をさした。
「確かに薫くんはもとから綺麗な人かもしれない。でもな、その容姿を生かして生きていく選択を、きっと薫くんもしたんだよ。髪を伸ばしたり、女の子になってみたりな。つまり、持っているものを生かすか殺すかというのは自由だということだ。確かに親から受け継いでしまった部分はあるだろうけど、薫くんは多分、その優れた自分の容姿を生かすために努力をしたんじゃないのか?」
「……」
確かに、やろうと思えば菜花さんのように自分自身に顔の傷だとかをつけることをして、自分の優れた容姿を殺すこともできた。親から受け継いでしまったこの容姿を捨てることができたかもしれない。
しかし、僕はそれをしなかった。だから僕は、無意識のうちにこの容姿を生かす選択をしたのかもしれない。努力をしていたのかもしれない。
「確かに、そうかもしれません」
「だって薫くんって、言い方は悪いし、時代遅れの三十路の意見かもしれないが、男なのに珍しくメイクができるだろう?」
「はい」
「それも努力だ」
「ふふ。そうですね!」
「ははは! そうだろうそうだろう!」
手紙を菜花さんに渡してから、僕は初めて笑ったかもしれない。これもまた、菜花さんに嫌われないか心配だったからだろう。
「親友や家族以外に僕の過去を明かすのは、初めてだったので、その初めてが菜花さんでよかったです」
「そう言ってくれると、うれしいな」
菜花さんも、豪快に笑っていた。
「ああそうだ。これをれもんとやらに見せたらどうだ? 一気に興味を惹けるだろう? きっと彼女も似たような境遇だろうさ」
菜花さんは、少しだけ真剣な顔でそう言った。
「……」
僕は少し何もない上の方をチラッと見てから、口を開いた。
「いや、それは駄目だと思います」
「ほう。どうしてそう思う?」
「ああいうふさぎ込んでしまっている子って、脱線してしまっているような子って、基本的に自分が世界で一番不幸だと思って聞かないからです」
そうだ。
この手紙をれもんに渡して、読んでもらったとしても「ああそれがどうした。そんなことより、私のほうが不幸に決まっているだろう。もしや、自分のほうが不幸だからその程度で落ち込むなと言いたいのか? ああそうやって自分の過去に起こったどうでもいいことを、さぞ悲観的に伝えて、気持ちよくなっているんだろう? 二度と口を開くな」とでも言われるだろう。
うん。最悪の場合、ここまで言われてもおかしくない。
「……なるほど。きっと薫くんがそうだったんだな」
「はい」
もし、過去の自分だったら、不幸だった自分だったら、こう言うに決まっている。
僕の方が不幸だから、お前は口を開くな、と。
「僕は世界で一番不幸な人間だと、昔は思ってました」
「今は?」
「世界で一番の幸せ者だと思っています。だから、彼女にも幸せになってもらいたい。すべての子供には、幸せになる権利がある。その権利をしっかりと貰えるように、大人が手を差し伸べる必要があるんです」
「幸せになる権利、なんだな。義務じゃないんだな」
「幸せが怖いって人もいるので。幸福になるからこそ、不幸って生まれてしまうので、不幸を産まないように幸福から逃げる人だっています」
子供を産んで、幸せいっぱいになったとしても、もしその子供が事故で亡くなったとしたら、不幸になってしまうように、幸せのたねは、時折不幸を呼ぶ。
だからこそ、必要以上の幸福を望まない人だっている。そういう人もいるから、義務じゃなくて権利なんだ。
真面目な顔をして僕が言うと、菜花さんは徐々に鼻の穴を広げて、鼻の下を伸ばして興奮しているような顔つきになった。
「ほうほう! いいねえ! 最高だ! 君に声をかけてよかった! インスピレーションが湯水のようにあふれ出てくるよ!」
「は、はあ。ならよかったです」
「いやいや、むしろこっちが助かっている。君がここを去るまでは、仲良くさせてもらいたいものだ」
菜花さんは興奮していつもより早口で話しているが、なぜかその言葉は聞き取りやすかった。
「はあ」
「その代わりと言ってはあれだが、私ができることならなんでもしよう」
「なんでもですか?」
「ああ! 頼まれればヌードデッサンでもなんでも、命に係わらないことならなんでもやってやろう! まだ死にたくはないからな! ほら、実は私、黙っていれば結構モテるんだぞ! 顔の傷さえ隠せば、普通に美人だしな!」
「はあ……」
僕はそう自分のことを話す菜花さんを見ながら、この人を部屋に招き入れてしまったことを軽く後悔した。
まあ確かに、髪はぼさぼさだし顔の傷が目立つが、顔立ちは綺麗だ。まるで長所を捨てているみたいだ。
しかし、一見長所と思われる場所を捨てていることで、逆に魅力的に見える人間だっている。彼女は、それに当てはまる人間だろう。
それに、長所を生かすか殺すかというのは、人それぞれだ。
「さて、一つアドバイスだ」
菜花さんは立ち上がりながら言った。
「れもんを本当に救いたいのなら、まずは信頼が大切だ。信頼なしに、人は変わらない」
菜花さんはそれだけ言うと、ドアの前まで走り出した。
「じゃあ! また! 今日はいっぱい文章を書かせてもらう!」
菜花さんはそう言うと廊下へどたどたと走りながら出て言った。
そして、廊下から「ハーッハッハ!」と高らかに笑う声が聞こえた。
「……普通に、ほかのお客様に迷惑だから、今度言っておかないと……」
僕は独り言を言いながら、今度はれもんに会いに行くために、女装の用意を始めた。
れもんの部屋を訪れると、すぐにれもんは中に通してくれた。
「今日は、ちょっとクールな感じだね」
「そうだね。前の女装は人から借りた服だったから、女の子っぽい服だったけど、今日は僕自身の服だから、少し男の子っぽいかな」
「いいね」
れもんはピアノ椅子に座りながら、ニヤッと笑った。
先ほどまでピアノを弾いていたのだろうか、ピアノの鍵盤の蓋が開いていた。
「れもんはおしゃれとかしないのか?」
「服は好きだよ。おしゃれもすき」
「アニメとかゲームとかはしないのか?」
「あんまりかな。はやりのアニメとかはみるけど」
「じゃあ僕とは違ってオタクって感じじゃないんだな」
「薫さんはオタクなんだ」
「ああ、友達がそういう人ばかりでね」
「ふ~ん」
れもんは興味があるようなないような、そんな雰囲気だ。
おそらく、興味があるんだろうけど、恥ずかしくてガツガツ聞いてこれないんだろう。
「そうだ。僕に聞きたいことでもあるか? 答えられる範囲で答えるぞ」
「え~。どうしよ。なに聞こうかな」
僕がそう言うと、れもんが体を大きく動かしながら楽しそうに考え始めた。
「大学生なんだっけ」
れもんはそこまで間を開けずに話し出した。
「うん。そうだよ」
「大学ってどう?」
「どうって……具体的には?」
「大人になったなって感じ、する?」
「しないかも。なんだかよくわからないうちに、年齢だけ重ねてる感じかもしれない」
「そっか」
れもんは座りながら足をプラプラさせている。
正直、年齢は重ねているけれど大人になったかと言われると、そんなことはない気がする。
どうしたら大人なんだろうか。どこからが大人なんだろうか。
「やっぱり飲み会とかあるの?」
「あるにはあるけど、僕はあんまりいかないな。ほら、僕ってオタクだからさ。インドアなの」
「なるほどね」
れもんは少し、何もないところを見つめてから、また話し出した。
「やっぱりさ、キモイ話とかする?」
「キ、キモイ話?」
「ほら、誰が誰とヤったとか、誰が誰を抱いたとか」
「ああ……そういう話か……」
確かに、僕が中学生の頃や高校生の頃に思い描いていた大学生は、れもんの言うようなことをしているイメージがあった。
ただ、実際はそういう環境を選んだ大学生のみがそういう環境に身を置くようで、僕自身にはそういうことを話す友達はいない。
「僕はしないよ。そういう話は」
「じゃあさ、そういうやつらのこと、どう思う?」
「難しいな。それが彼らの性質だから、仕方ないんじゃないか?」
「じゃあどうして薫さんはそう言う話をしないの?」
「そりゃあ、心に決めた大切な人がいるからね。そういう話をする必要がないんだ」
「そっか。大切な人がいるからね」
れもんは僕を見て微笑んだ。
もう、完全に僕のことを信用してくれているのかな。どうだろうか。
「じゃあ、そういう下衆な話をする大人どもをどうすれば変えられると思う?」
「そうだな……」
僕はそういう大人を変えられないと思っている。
僕自身、子供の頃は、そういう大人に、親に虐げられていた。
れもんの大人の男が嫌いになった原因が、元の家族といろいろあったという理由から来ているらしいから、やっぱり僕とれもんは似ている境遇にあったのだろう。
そういう親に虐げられている時に思ったことなのだが、どうしても大人を変えるというのは難しい。
だからこそ、やるべきことがあるんだ。
みんなが僕にしてくれたように。
「……もう大人なら……変えられないんじゃないのかと思う。だから、子供のうちにいい方向へ進んでくれるように、大人が導く必要があるんじゃないか」
今だって、大人になったようなまだ子供のような僕が、中学生のれもんを救おうと動いている。
だからこそ、子供がいい方向へ自ら進んでくれるように、手を差し伸べる必要があると僕は思うんだ。
「……」
そう僕が言うと、れもんは鳩が豆鉄砲を食らったように目を大きく丸くした。
そうして歯を食いしばったと思うと、れもんは大きな声で叫んだ。
「その大人が! 間違った方向に導いてくるんだろうが!」
「……」
れもんが大人びているからだろうか、僕はあまりの迫力と声量に圧倒されて、少し思考が止まってしまった。
直前まで話していたれもんの声は幼かったのに、急に大人の声に聞こえた。
「……ご、ごめんなさい」
そんな僕は、低い小さな声で謝るれもんの声で我に返った。
「だ、大丈夫だ」
いや、大丈夫じゃない。
結構びっくりしたし、怖かった。
こんなに迫力のある中学生、初めて見たぞ……僕。
「ごめんだけど、今日は出て行って。私、冷静じゃないせいで薫さんを傷つけちゃいそう」
「……」
れもんのこの発言を聞いて、なんてできた中学生なんだろうと僕は思った。
可能な限り冷静に自分の今の状況を整理し、行動に移す。
感情に流されすぎないように、一旦距離を取ろうとする。
これは僕でも、大人でもなかなかできないだろう。
「わかった。僕こそ、気に障ったことを言ったなら、ごめんね」
「別にいいよ。ありがとう。女装までして私に構ってくれようとしてくれて」
れもんは苦い微笑みを浮かべていた。
「じゃあ、また明日」
僕はそう言うと、軽くれもんに微笑んでから部屋を後にした。
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