5-3(過去回想)

「学校? なにそれ?」


 一年後。状況は大きく変化した。

 ナランハがお腹に新しい命を授かったのだ。

 だが、忙しくてまだ式は挙げられていない。

 彼女が魔族である事も、本人の希望でまだ公にはできていなかった。

 そんな状況に不満があったが、全ての物事が、ゆっくりとだが良い方向に進展していることは確かだ。

 仕事の面でも少しずつだが、様々な改革成果がやっと出てき始めている。

そのうちの1つを今日は、いつも遊んでいる子供たちに伝えに来た。


「読み書きや算術、生活の知識を子供たちが勉強する場所だ。身分や人種に関係なく学べる学校が近々できるんだ。皆もそこに通う事になる」

「えー、そんな事したくないよう」


 ゲルメズ領で教育は貴族だけの特権だった。

 平民は教育の大切さを知らない。

 また、そのせいで搾取されている事にも気づいていない。

 大人でもそうなのだ。子供となれば、遊びを優先したいのでは当然だろう。

 その気持ちも汲んで、学校にいくことの大切さを説明する。


「新しい事ってちょっと怖いもんな。でも、学校は遊べる場所でもあるんだ。新しい友達も沢山出来るぞ。読み書き、算術を習えば、生活は今より豊かになるんだ。パパやママも絶対それを分かってくれる」

「でも、僕ドワーフだから、学校なんて行ったら、人間の子供にいじめられるってママが……」

「でも、今は人間の子供と楽しく遊んでいるじゃないか。もしイジメられたら、しっかり守るから、その時は言ってくれ!」

「……」


 理屈は納得できたが、心情的には怖い。そんな表情を浮かべている。

 なので、もっと子供たちが楽しそうな話に持っていき、そこから学校に興味を持ってもらう事にした。


「今度、学校が完成した記念式典をやるんだ! 露店がいっぱい出て、お祭りみたいになるから皆も来てくれ!」

「本当!」

「お祭りだあ! やったー!」



 記念式典当日、鏡の前で服装を整えながら、パーティーメンバーの事を考えていた。

 剣士のジャッロは、新鋭の冒険者として名を馳始め、魔法使いのマーヴィ―は若き魔法研究者として世間の注目を集めている。

 勇者パーティーとしての名声は既にあったが、別の分野でも活躍し始めた2人の名前は一段と輝いていた。

 自分の晴れ姿を見て貰いたいので式典には、この2人も招待した。ジャッロは久しぶりに会いたいので立ち寄ってくれるそうだ。

 マーヴィ―は研究が忙しく来ることはできないそうだ。だが、結婚式には参加できるように頑張るらしい。


(結婚式か……。いったい、いつ出来るんだろうな)


 身なりを整い終えて会場に向かおうとした時、デミトリウスが部屋に駆け込んできた。

 表情から察するに只ならぬことが起こっているようだ。


「勇者様!」

「どうしたんだ?」

「それが……」


 エルフと人間が学校反対の暴動を起こし街中で大きな衝突を起こしているという。

 聞いている限りかなり激しい衝突で、死者が出てもおかしくない。

 ナランハに式典には遅れる事を説明して、暴動を止める為に紅輔は駆けていく。



「人間に耳長の世話をさせるな!」


「短命種と一緒に学問をするなどふざけるな!」


 互いに凄まじい罵声をぶつけあっている。

 両者とも学校設立には反対という点では共通しているのに、互いの差別意識が深いため、いつ流血沙汰に発展してもおかしくない状態になっていた。

 紅輔は間に割って入り、双方を必死に説得する。


「静まってくれ! 皆、話をしよう」


「我々に学校など必要ない!」


「皆、俺たちは同じ領民なんだ! 学校は互いの理解を深め、領をより良くするためのものだ!」

「短命種が一緒になって何が学べる! 我々の知識を下手な教育で汚すな!」

「子供たちに読み書きを教えるなんて時間の無駄だ! 働き手を奪うつもりか!」


 双方から紅輔に罵声と石が飛んでくる。

 それでも必死に仲裁を試みるが、一方が相手を小突いた瞬間、両者は衝突を開始した。


「野蛮人が!」

「高慢な耳長野郎!」


「どうして、どうして分かってくれないんだあ!」


 我慢の限界に達し、目の前でせめぎ合っていた者達の武器を強引に奪い破壊する。

 場は一瞬にして静まり返った。


「自分の思い通りにならなかったら手を出すのか、なにが勇者だ」

「領主の権力を笠に着て横暴を働く野蛮なゲス野郎だ」


 好き勝手吐き捨てられる言葉にショックを受け、紅輔は固まった。

 だが、エルフと人間達は悪態をつきながらも恐怖しながら散り散りになっていく。


「やっちまった……」


 手を出してしまった事を後悔し、紅輔は塞ぎ込む。

 それと同時に懐かしい声が耳に入る。


「相棒!」


 ジャッロだ。久しぶりに会ったのに、とんだ所を見られてしまった。


「はは、みっともない所見せちまったな。お前らが頑張ってるって聞いて俺も張り切ったんだけど、このザマだよ」

「それどころじゃないよ!」


 だが、ジャッロがどうしてここにいるのだろうか?

 部下からの伝達だろうか。

 そうならば、招待客であるジャッロに伝令を頼まなければならない程の事態が発生しているということだ。


「な、なにがあったんだ……」

「式典で爆破魔法を使ったテロが起こったんだ!」


 信じられない報せに紅輔は呆然する。

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