5-4(過去回想)
「もう戦争中じゃないんだぞ……。どうして、こんな事が起こるんだ……」
式典会場は、死の広場と化していた。
火薬の煙がまだ立ち込め、煤けた土と血と燃えた物の匂いが鼻をつき、血で染まった瓦礫が散乱している。人々の叫び声、泣き声が耳を刺す。
笑い声が響き渡るお祭りのようになるはずのこの場所には、混乱と絶望しかなかった。
「私がいながら、こんなことになってしまい申し訳ありません」
目に涙を溢れさせたデミトリウスが、深々と頭を下げてきた。
「う、嘘だろ……お前達。俺のせいなのか? 俺が式典に来いなんて誘ったから……」
いつも遊んでいた子供たちが無残な姿になっている。
名前を1人、1人、口に出して呼ぶ。
皆もう息が無いことを分かっていたが、受け入れることはできなかった。
しばらくそれを繰り返したとき、ある事が頭をよぎる。
「ナランハ」
周囲を見回すがどこにも彼女はいなかった。
「どこだナランハ!?」
叫びながら事件現場中を探したが、彼女の姿は見つけれられなかった。
その足は知らぬうちに、遺体が安置してある場所に向かっていた。
「うそだろ……ナランハ……ナランハ……うわああああああーーー!」
安置所で冷たくなったナランハを見つけ、遺体にすがりつき、声を上げて泣き崩れた。
「領主さま。犯人の遺体なんで触らないでください」
憲兵の嘲笑を含んだ一言に、紅輔は激昂した。
「お前いったい何を言ってるんだ!?」
「手の中からこれが出てきたんですよ」
(……割れた爆破タリスマン)
「自爆テロで間違いないですね」
「なに言ってるんだ! こんな事やる理由……」
「さっき軽く検死したら頭に角を切断した後がありましたよ。これだけで十分な動機ですよ」
「だったらもっと早くやるだろ!」
「こういう風にいっぱい人間を殺す機会を伺っていたに決まってるだろうが!」
憲兵は、この状況を楽しむかのように、声を張り上げて叫んだ。
「なんだそれ。子供身ごもってるんだぞ。それなのに自決なんて……」
「人間それも勇者の子供孕んだなら、それこそ魔族として死を選ぶほどの恥だろうが。そんくらい分かれよ。アンタのキレイごとが、この惨事を生んだんだよ」
「領主に対してなんだ、その口の聞き方は!」
「貴様ふざけたことを……」
憲兵の言動に、デミトリウスとジャッロは今にも飛び掛かりそうなほど激昂した。
「2人共やめてくれ……」
力ない声で2人を静止する。
そして巨大な絶望と悲しみに潰されて、立つこともできなかった。
◇
事件後、学校設立に対する支持は急速に失われた。
同時に抵抗が多い中でも地道に積み上げてきた紅輔の領主としての信頼も地に落ち、領民たちからは激しい憎悪を向けられた。
「この惨劇は誰の責任だ!? 学校設立などという愚かな政策がもたらした結果だ!」
「魔族の女を近くに置いておいて何が勇者だ!」
「こんな人間が領民を導くべきではない!」
だが、その領民たちの声など最早どうでも良かった。
それよりも自分の不用意な判断で、子供たちやナランハ、そしてお腹の中にいた自分の子供すらも死に追いやってしまった事に苦悩していた。
食事を一切取らず、部屋にこもり続け、なにをするでもなく何日も上を向いて放心し続けた。
ドアを蹴破る音が聞こえ、デミトリウスが部屋に入ってきた。
「ジャッロさんも勇者様が立ち直るまで残るとおっしゃられたのですが、これ以上迷惑をかけるのは申し訳ないので、お引き取り頂きました」
「……」
「なにも食べないと身体に毒です」
「出て行ってくれ」
「無理にでも元気を出して頂けませんか?」
「こんな状態で元気を出せって舐めてんのか!」
「私の知る勇者、緋赤紅輔はそういう方です」
確かに魔族との戦争中、こういう出来事は何度もあった。
だがその度に立ち上がった。
ここでへこたれては、ナランハも子供たちも浮かばれない。
デミトリウスの言葉でその事を思い出し、無理でも明るく振る舞う事にした。
「……そうだったな」
「近くに良い酒場を見つけたんです。呑みにいきませんか?」
「気が利くな。案内してくれ」
酒や飲み会の類はあまり好きではない。だが明るく見せるには、そこで騒ぐのが一番だろう。
◇
「ガハハッ。勇者の奴はあれ以降、公務なんてほったらかしで毎日遊び歩いてるそうじゃないか」
「本当に君の言ったとおりになったな。ゴミが200匹いなくなっただけで、こうなるなんて心が弱い。これで勇者とは笑わせる」
ヴェディは領でも特に強い権限を持つ貴族だけが参加できる宴の末席に呼ばれていた。こいつらが協力してくれたおかげで爆破事件は上手くいった。
「ゲルメズ様が戦場の不慮の事故で亡くなる前同様、これで我らは安泰という訳だ。君にもそれなりのポジションを用意するから安心したまえ」
(世の流れが読めぬ豚共が)
こいつらは緋赤紅輔さえ潰せればこれまで同様、自分たちの時代遅れなやり方が世に通じると思っているようだ。
だが、そんなには甘くない。
紅輔の改革は、国の国家戦略であり、国際社会の流れに沿ったものだ。最終的には絶対にあがなえない。
新しく赴任する領主は、さらに強力な改革を進めるだろう。
これからは新しい領主がやる改革を自分は支えなければならないので、こいつらは自分にとって邪魔になる。
なによりヴェディが事件の提案者で実行犯であることを知っている者を生かしておくメリットはない。
「では、愚かな勇者が行った愚行を我らの正義の力でめでたく潰せた事に今日は乾杯だ!」
貴族たちはグラスの中のワインに口をつけた。
「グ!」
「おい、どう……ガフッ」
心臓麻痺を引き起こす毒が利き始めたようだ。これで爆破事件の真相を知るものは全員病死した。
万が一毒殺だと突き止められても、パーティーは非公式なものだ。参加者の名簿は無いし、ここに自分が参加しているとは誰も思わないだろう。
全てが計画通りに進んだ安堵感でヴェディは満たされた。
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