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買い物から帰る途中、スカーレットは、S級冒険者チーム煌剣団の本部の前で足を止めた。
世界5か所に支部を持ち、構成員はS級からB級の上位冒険者、約100名。
剣や槍など前衛での戦闘を得意とし、モンスター退治では世界で右に出るものがいないと言われている。
将来、剣士の冒険者になりたいスカーレットにとって、憧れのチームだった。
立て看板が立てられていたので、それも気になり読んでみる。
(ジュニアチーム、訓練生試験、参加者募集……)
煌剣団のジュニアチームは、同チームで将来活躍する冒険者を育成するための組織だ。
スカーレットと同年代の子たちが在籍し、同チームで活躍する冒険者になるために、現役の上級冒険者の指導のもと様々な特訓を行っている。
昔、ジュニアチームに所属していた煌剣団の有名冒険者も多い。
試験内容も確認する。
トーナメント方式で剣術の試合をしていき、1位になった子供だけが訓練生になれるようだ。
「どうしたの?」
ヴィオレに声をかけられ、ハッとした。
「なんでもない。行こ」
煌剣団に憧れる子供は沢山いる。
試験には、その中でも特に強い子たちが、押し寄せてくるだろう。
運よく優勝し、入団できたとしても、月謝、備品代など多くの出費がかかる。
これ以上、コウスケに金銭的な負担をかけたくなかった。
それにコウスケは、煌剣団に強いコンプレックスを持っているはずなので、試験を受けたいと言ったらどんなトラブルがおこるか分からない。
◇
「もしかして受けたいの?」
「ハハ、そんな訳ないじゃん」
スカーレットはそう言ったものの、ヴィオレには彼女が我慢していることが簡単に分かった。
魔法学園に進学したかったが、家庭の事情で諦めていた自分に、今のスカーレットの姿が被る。
「受けましょ! 私も協力する!」
「でも、合格できても……おカネが」
「私の学費の貯金、少しだけ降ろすからさ。良かったら使って」
ヴィオレの母親からコウスケが騙し取った小切手は、魔法学園に合格した時の、学費に使われることになり、銀行に預けられていた。
「え!? でも」
「6年分の学費だから、ちょっと使ってもなんとかなるわ。明日から一緒に特訓しましょ!」
「……本当にありがとう」
「今から申し込みにいきましょう」
受付に行こうとした時、突然スカーレットが、大声をあげた。
「嘘!? すごいよ! 試験当日には剣聖ジャッロが来るんだって!」
「嘘? 絶対に見にいかなくちゃ!」
ジャッロ・ホアンソオ
異名は「剣聖」。
連合王国にある、のどかな村に生まれた彼は、勇者パーティー(アナタの父親のパーティーですよ)に最初期から参加。
剣1本だけで、押し寄せる大軍を難なく薙ぎ払うその姿は、多くの魔族を戦慄させたという。
戦後は世界をまわる冒険者として活躍。
たった1人で、天災のようなモンスターの討伐に何十回と成功し、救われた国や地域は星の数ほどある。
その功績から彼は世界的にも希少なS級冒険者の中でも、頭1つ飛びぬけた存在だった。
現在もモンスター災害を苦しむ人々を救うために世界各地を飛び回っており、災害級のモンスターが、ほぼ討伐されている連合王国に帰ってくることはまずない。
煌剣団は、ジャッロを慕う冒険者たちが自然発生的に集まり作った冒険者チームで、団長は彼が勤めている。
ジャッロに会えるかも知れない。
そう思うと、冒険者事情に疎く、剣術に興味がないヴィオレも興奮が治まらなかった。
「分かってると思うけど、このことはパパには絶対……」
「言わないよ。すごく汚い手を使って邪魔してきそうだもん」
◇
「行くわよ! スカーレット!」
申し込みから数日後の近所の広場。
ヴィオレは魔法で石を浮遊させ操っていた。
「やあ! たあ!」
石の軌道を読んで、スカーレットは木剣で叩き落とす。
落ちた石をヴィオレは再び浮遊させ、スカーレット目掛けて、あてにいく。
◇
「ねえ、これって効果があると思う?」
自信無さそうに、ヴィオレが話しかけてきた。
「アタシはあると思うな」
スカーレットは笑顔で返す。
本当は効果があるなんて思っていない。
実際のところスカーレットもちゃんと剣を習ったことはないので、どんな練習をすれば良いのか分からないのだ。
しかし、自身の勉強を中断してまで、付き合ってくれているヴィオレにそんな事は言えない。
どうすれば良いのか悩みながら休憩している時、不快なものが目に入ってきた。
「コケッコー」
「ハハハ。もっとデケエ声で鳴け!」
「コケッコー!」
「ハハハ、情けねえ奴、俺だったら死んでるよ」
「おい、鶏、次はこの虫を食え」
スカーレット達と同じ年くらいの3人の男の子が、さらに小さい男の子を取り囲んでいじめている。
「ちょっと止めてくるね」
「ワタシもいく」
スカーレットは走った。
ヴィオレもそれに続く。
「嫌だ。やめて」
「良いからさっさとく……」
スカーレットは躊躇なく真後ろから、木剣で後頭部を殴打した。
殴打された男の子は、意識を失いその場に倒れ込む。
「てめえいきなりなに……」
ヴィオレが少し離れた位置からステッキを構えて水流を放つ。
水流にあたった男の子は、遠くに飛ばされた。
「なんだお前らは!? 不意打ちとか、卑怯だぞ!」
リーダーっぽい男の子が、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。
「うるさいわいね! やられる方が悪いのよ!」
「ワタシたちは女の子だから、良いのよ」
「くそお、俺のパパは王室御用達の商人だぞ。こんな事をして良いと思っているのか?」
ヴィオレが意地汚そうに笑いながら、耳打ちをしてきた。
「聞いた、こいつ金持ちのボンボンみたいよ」
スカーレットもニヤニヤしながら返答する。
「うん、締めあげるついでに、お小遣い貰おう♪」
「調子に乗りやがって!」
ボンボンは、腰に差してある剣を抜いた。
「こんなものを出すなんて、どうなるか分かってるの?」
「俺のパパは金持ちだから、なにをやっても許されるんだ。覚悟しろ!」
ボンボンが斬りかかってきた。
だが、スカーレットは臆することなく、木剣を剣身に叩きつける。
剣は鈍い音を立てて折れた。
「な!」
思いっきり叩きつけたせいで、木剣にも大きなひびが入る。
だが、お構いなしに、そのまま額に叩きつけた。
折れた木剣が宙を舞う。
「い、痛い! 痛いよう! 痛いよう!」
ボンボンが倒れて、泣き叫び始めた。
スカーレットは、泣き叫ぶボンボンの懐を漁る。
「ひいい! 痛いよう! 助けてええパパぁ! おい何してんだ?」
「見てわかんないの? 財布を貰うのよ」
「ふざけるな! 俺にそんな事するとパパが……」
「3人も男がいて、刃物まで出したのに、女の子にやられて、財布も盗られました。って、言うの?」
「うわ! 男のくせにだっさあ! でも面白いから言ってよ」
「ちくしょう、覚えてろ! うわあああん!」
ボンボンは、大きな泣き声をあげて走り去った。
「っち。たいして入ってないわね」
「倒れてる奴らからも、頂きましょ」
当然のように財布漁りを続行した2人は、父親の悪い影響を受け始めていることに、気付いていなかった。
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