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 買い物から帰る途中、スカーレットは、S級冒険者チーム煌剣団の本部の前で足を止めた。

 世界5か所に支部を持ち、構成員はS級からB級の上位冒険者、約100名。

 剣や槍など前衛での戦闘を得意とし、モンスター退治では世界で右に出るものがいないと言われている。


 将来、剣士の冒険者になりたいスカーレットにとって、憧れのチームだった。

 立て看板が立てられていたので、それも気になり読んでみる。


 (ジュニアチーム、訓練生試験、参加者募集……)


 煌剣団のジュニアチームは、同チームで将来活躍する冒険者を育成するための組織だ。

 スカーレットと同年代の子たちが在籍し、同チームで活躍する冒険者になるために、現役の上級冒険者の指導のもと様々な特訓を行っている。

 昔、ジュニアチームに所属していた煌剣団の有名冒険者も多い。


 試験内容も確認する。

 トーナメント方式で剣術の試合をしていき、1位になった子供だけが訓練生になれるようだ。


「どうしたの?」


 ヴィオレに声をかけられ、ハッとした。


「なんでもない。行こ」


 煌剣団に憧れる子供は沢山いる。

 試験には、その中でも特に強い子たちが、押し寄せてくるだろう。

 運よく優勝し、入団できたとしても、月謝、備品代など多くの出費がかかる。

 これ以上、コウスケに金銭的な負担をかけたくなかった。

 それにコウスケは、煌剣団に強いコンプレックスを持っているはずなので、試験を受けたいと言ったらどんなトラブルがおこるか分からない。




「もしかして受けたいの?」

「ハハ、そんな訳ないじゃん」


 スカーレットはそう言ったものの、ヴィオレには彼女が我慢していることが簡単に分かった。

 魔法学園に進学したかったが、家庭の事情で諦めていた自分に、今のスカーレットの姿が被る。


「受けましょ! 私も協力する!」

「でも、合格できても……おカネが」

「私の学費の貯金、少しだけ降ろすからさ。良かったら使って」


 ヴィオレの母親からコウスケが騙し取った小切手は、魔法学園に合格した時の、学費に使われることになり、銀行に預けられていた。


「え!? でも」

「6年分の学費だから、ちょっと使ってもなんとかなるわ。明日から一緒に特訓しましょ!」

「……本当にありがとう」

「今から申し込みにいきましょう」


 受付に行こうとした時、突然スカーレットが、大声をあげた。


「嘘!? すごいよ! 試験当日には剣聖ジャッロが来るんだって!」

「嘘? 絶対に見にいかなくちゃ!」


 


ジャッロ・ホアンソオ

異名は「剣聖」。

連合王国にある、のどかな村に生まれた彼は、勇者パーティー(アナタの父親のパーティーですよ)に最初期から参加。

剣1本だけで、押し寄せる大軍を難なく薙ぎ払うその姿は、多くの魔族を戦慄させたという。

戦後は世界をまわる冒険者として活躍。

たった1人で、天災のようなモンスターの討伐に何十回と成功し、救われた国や地域は星の数ほどある。

その功績から彼は世界的にも希少なS級冒険者の中でも、頭1つ飛びぬけた存在だった。

現在もモンスター災害を苦しむ人々を救うために世界各地を飛び回っており、災害級のモンスターが、ほぼ討伐されている連合王国に帰ってくることはまずない。

煌剣団は、ジャッロを慕う冒険者たちが自然発生的に集まり作った冒険者チームで、団長は彼が勤めている。


 ジャッロに会えるかも知れない。

 そう思うと、冒険者事情に疎く、剣術に興味がないヴィオレも興奮が治まらなかった。


「分かってると思うけど、このことはパパには絶対……」

「言わないよ。すごく汚い手を使って邪魔してきそうだもん」



「行くわよ! スカーレット!」


 申し込みから数日後の近所の広場。

 ヴィオレは魔法で石を浮遊させ操っていた。

 

「やあ! たあ!」


 石の軌道を読んで、スカーレットは木剣で叩き落とす。

 落ちた石をヴィオレは再び浮遊させ、スカーレット目掛けて、あてにいく。



「ねえ、これって効果があると思う?」


 自信無さそうに、ヴィオレが話しかけてきた。


「アタシはあると思うな」


 スカーレットは笑顔で返す。

 本当は効果があるなんて思っていない。

 実際のところスカーレットもちゃんと剣を習ったことはないので、どんな練習をすれば良いのか分からないのだ。

 しかし、自身の勉強を中断してまで、付き合ってくれているヴィオレにそんな事は言えない。

 どうすれば良いのか悩みながら休憩している時、不快なものが目に入ってきた。


「コケッコー」

「ハハハ。もっとデケエ声で鳴け!」

「コケッコー!」

「ハハハ、情けねえ奴、俺だったら死んでるよ」

「おい、鶏、次はこの虫を食え」


 スカーレット達と同じ年くらいの3人の男の子が、さらに小さい男の子を取り囲んでいじめている。


「ちょっと止めてくるね」

「ワタシもいく」


 スカーレットは走った。

 ヴィオレもそれに続く。


「嫌だ。やめて」

「良いからさっさとく……」


 スカーレットは躊躇なく真後ろから、木剣で後頭部を殴打した。

 殴打された男の子は、意識を失いその場に倒れ込む。


「てめえいきなりなに……」


 ヴィオレが少し離れた位置からステッキを構えて水流を放つ。

 水流にあたった男の子は、遠くに飛ばされた。


「なんだお前らは!? 不意打ちとか、卑怯だぞ!」


 リーダーっぽい男の子が、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。


「うるさいわいね! やられる方が悪いのよ!」

「ワタシたちは女の子だから、良いのよ」

「くそお、俺のパパは王室御用達の商人だぞ。こんな事をして良いと思っているのか?」


 ヴィオレが意地汚そうに笑いながら、耳打ちをしてきた。


「聞いた、こいつ金持ちのボンボンみたいよ」


 スカーレットもニヤニヤしながら返答する。


「うん、締めあげるついでに、お小遣い貰おう♪」


「調子に乗りやがって!」


 ボンボンは、腰に差してある剣を抜いた。


「こんなものを出すなんて、どうなるか分かってるの?」

「俺のパパは金持ちだから、なにをやっても許されるんだ。覚悟しろ!」


 ボンボンが斬りかかってきた。

 だが、スカーレットは臆することなく、木剣を剣身に叩きつける。

 剣は鈍い音を立てて折れた。


「な!」


 思いっきり叩きつけたせいで、木剣にも大きなひびが入る。

 だが、お構いなしに、そのまま額に叩きつけた。

 折れた木剣が宙を舞う。


「い、痛い! 痛いよう! 痛いよう!」


 ボンボンが倒れて、泣き叫び始めた。

 スカーレットは、泣き叫ぶボンボンの懐を漁る。


「ひいい! 痛いよう! 助けてええパパぁ! おい何してんだ?」

「見てわかんないの? 財布を貰うのよ」

「ふざけるな! 俺にそんな事するとパパが……」

「3人も男がいて、刃物まで出したのに、女の子にやられて、財布も盗られました。って、言うの?」

「うわ! 男のくせにだっさあ! でも面白いから言ってよ」

「ちくしょう、覚えてろ! うわあああん!」


 ボンボンは、大きな泣き声をあげて走り去った。


「っち。たいして入ってないわね」

「倒れてる奴らからも、頂きましょ」


 当然のように財布漁りを続行した2人は、父親の悪い影響を受け始めていることに、気付いていなかった。


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