3-4
「どうしよう」
スカーレットとヴィオレは、折れた木剣を前に消沈した。
これでは練習ができない。
ボンボンたちから奪ったカネも思っていたよりも少なく、買い直すことはできそうになかった。
「よう、何してんだ?」
不意に後ろからコウスケに声をかけられ、二人は激しく動揺した。
(何でこの最悪のタイミングで広場に現れるのよ……!)
「パパ、その、これは……」
必死に言い訳を考えるが思いつかない。
二人を見てコウスケはニヤニヤ笑い続けている。
「隠さなくていいぜ。煌剣団のジュニアチームに入るために、特訓してたんだろ?」
コウスケが手に持っていたのは、煌剣団のジュニアチームメンバーを募集するチラシ。
部屋に隠しておいたはずなのに、いつ見つかったのだろう。
「俺に反対されると思って、黙ってたのか?」
「……うん」
「そんなことはねえぞ。大賛成だ」
「ほ、ホント、パパ?」
思わぬ言葉に2人は歓喜した。
だが次の言葉を聞き、歓喜は怒りに変わる。
「よく分からねえが、本部王都の試験だからヴィヒレア中から剣術の上手いガキがくるんだろ。おめえ程度じゃ、ボコボコにされるだろうから、それが見てえ」
「はあ、なにそれ!?」
「市民のために、毎日身体を張っている善良な俺に、お前らは毎日理不尽な暴力を毎日ふるう極悪人だからな。天罰下るところが見てえって思うのは当然だ!」
「なにが理不尽な暴力よ!」
「極悪人はパパじゃない!」
「口の減らねえガキ共だ。まあいい。スカーレット、お前には大勢の奴が見ている中で恥をかいてもらいてえからな。餞別に、これをくれてやらあ」
投げつけられた木の棒をキャッチして見ると、奇妙な形をした木剣だった。
「なに、この変な木剣。こんなんじゃ練習できないわよ!」
「そうだろ? だから、どこの質屋も買ってくれねえんだよ。仕方ねえからお前にやる」
「そんな理由……」
「当日は冷かしに行くから、楽しみにしておけ」
「絶対来ないで!」
「まあ、目で動きを追える1つの物にだけ、対処している様じゃどっちみちダメだな。意表を突かれる事を考えねえとかバカじゃねえのか」
馬鹿にしたようにそう言うと、コウスケは背を向けて立ち去っていった。
◇
「最悪! 絶対見返してやる」
激怒をするスカーレットを横目に、ヴィオレは、最後に言われたことを考えていた。
「目で追える、1つ‥…そうか! スカーレットちょっと来て」
近づいてきたスカーレットに、視覚を制限する魔法をかける。
「ちょっとヴィオレ、なにするの?」
「これなら石の軌道を追えないから、単調な攻撃には、ならないはずよ! 石の数も2つに増やすわ!」
「ありがとう! 慣れてきたら石を3つに増やして!」
「でも、石をいくつも宙に浮かせて動かし続けるのは、かなり大変ね」
◇
広場を出てすぐに、マーヴィ―と遭遇した。
不細工な笑顔を浮かべながら、ずっとコウスケを見ている。
だが、目が合うと、急にクールビューティーな表情になった。
「見てやがったのか!」
「今日は少し暇が出来たから、時間潰しにきたのよ」
「そんな暇があるなら、人類のためになんか研究してろ!」
「随分な親バカね。昔使ってた、練習用の木刀をあげちゃうなんて」
「他の装備と違って、あれだけどこも買ってくれなかったんだよ。結構いい木から作ってるのによ」
「あと、私とジャッロが一緒にやってた練習方法を教えるのは、まだ早いって思うんだけど」
「いちいち、うるせえな」
「で、剣術は詳しくないけど、合格できそうなの?」
「そんなに人の家庭の事情知りてえのか。タチ悪りいな」
うざったいので、吐き捨てるように言葉を返した。
「無理だろ。基本の型が全くできちゃいねえ。これは短期間じゃ身体に染みこまねえ。フィジカルはすげえが、それだけで、ごり押しできるほど甘くねえよ」
「それを補うために、感覚と洞察力を鍛える特訓方法を伝えたのね。付き合う相手も体力と魔力コントロールを一緒に向上できるし。中々良いパパじゃない。でも合格しちゃったら大変よ」
「万が一合格してもジャッロがやってんだろ? 大したカネは掛からねえだろう」
10年以上会ってないマーヴィ―とは違い、ジャッロとは王都に来る前まで、予定が会えばちょくちょく一緒に飲んだ。
年々劣等感を感じるようになり、最近は連絡が来てもシカトをしているため、5、6年くらい会っていないが、直近で飲んだ時点ではジャッロは昔と変わらない欲のない奴だった。
若いうちならばともかく、歳をとった今ならよほどの事がない限り、6年くらいで人格が劇的な変わることはないだろう。
だから格安の値段で剣術を教えているに違いない。
コウスケはそう鷹をくくっていた。
「ぷぷぷ……これが煌剣団ジュニアユースに入ったら掛かる費用の一覧よ」
マーヴィ―が、渡してきた冊子を見てコウスケは驚愕する。
「なんじゃこりゃーーーーー!」
周囲の人々が皆こちらを振り返った。
近くの鳥たちは、慌てて飛び立っていく。
「ぷぷ……」
「はあ、はあ……あの野郎ふざけやがって」
あまりの衝撃で頭が真っ白になった。
だが、別件でマーヴィ―には用事があったので、動揺を必死に抑えながら口を開く。
「それよりよ、頼みてえことあんだ。呪いの魔道具が全部載ってる辞典みてえなもん、お前絶対もってるだろ。貸してくんねえか?」
「ぷぷぷ……いったい何に」
ジャッロになにか呪いをかけようとしている。
そう思ったのだろう。
不細工な笑い顔は更に激しさを増した。
だが、コウスケの顔つきを見るにつれて、徐々に真剣な表情になる。
「まさか」
「ああ、そのまさかだ。本当に今さらだがな」
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