3-2
学校終わりに、スカーレットとヴィオレは、連れだって少し遠くの商店街に買い物に出かけることにした。
「これ、ください!」
「パパがワタシ達に生活費をくれるなんて意外だったわ」
「でも、1ヶ月これで食っとけって言ってポンだよ。子供の教育に良くないと思うけどなあ」
「ふふ、でもパパにそこを求めちゃダメじゃない」
「アハハ。確かに」
もらった金額は、不便は感じないが物足りない額だ。
だが、子供2人にこの金額を渡すのは、コウスケの収入では厳しいはずだ。
「でも、こんなに渡せるほど、おカネが稼げているのかしら?」
「うーん、確かに。アタシ達に隠れて、なにか悪いことをしてるにしても多すぎだよね」
「賭博場や娼館に行くことの方が、パパにとってワタシ達に生活費を渡すことより、大事なはずだし……」
◇
「帰れ! ここはお前のようなものが来るところではない!」
「そこをなんとか……」
「しつこいぞ! ゲス勇者」
衛兵隊の庁舎前で屈強な男たちに囲まれながら、コウスケは土下座をしていた。
衛兵隊は自警団の上部機関で、貴族や大商人の犯罪や不正、規模が大きい組織犯罪など、自警団が難しい王都の治安維持を担当している。
自警団の取り締まりのは、主に平民と個人犯罪の犯罪である。だが、それを厳守した場合、現行犯への対処が難しいので、線引きは形骸化していた。
しかし、社会的身分の高いものや、規模が大きい組織犯罪などを自警団が摘発しても、その後に捜査は、衛兵隊に引き継ぐことになっている。
二つの組織の1番の違いはその構成員。自警団はほぼ平民の民兵だが、衛兵隊は全員、騎士や貴族で構成されている。要するに、地位が高い人間ほど、収入が多い仕事が回ってくる仕組みになっているのだ。
「お願いです。私でも対応できそうなホシの情報を頂ければ、すぐに消えますんで」
衛兵隊が軽微な仕事を自警団に押し付けることはあっても、自警団から頼んでまわしてもらうことはない。
まして平団員であるコウスケは、そんなことを頼める立場にはない。
通常なら、この行動は非常識極まりないものだ。
「しつこいぞ! なぜ自警団に、いや貴様に容疑者の情報をやらねばならんのだ!」
子供2人分の生活費が増えたため、大好きなギャンブルと娼館通いができないコウスケは、なんとかそのカネを手に入れようと必死だった。
副業で寄ってくる奴らはコウスケのこっけいな行動を見て面白がっているだけで、なにも買ってくれない。
金貸しの所にも行ったが、社会的信用がないコウスケには一銭も貸してくれなかった。
「ガキが2人に増えちまって。生活費が足りないと申しますか……」
「貴様の個人的な事情に、なぜ衛兵隊が付き合わねばならない!」
(ガキをだしに使えば同情してくれると思ったのによ。クソ野郎が、ツラおぼえたからな)
後から闇討ちする為に顔を見定めながら、コウスケは必死に頭を下げ続けた。
「なにをしている?」
「デミトリウス副団長!」
その時、知った顔がこの庁舎からでてきた。
「ゲス勇者が、公務を妨害しておりまして」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。すぐに立ち去らせます」
「立ち去るのはお前達だ……」
「はい?」
「この場から早急に立ち去れと言っているのが、分からんのか!」
「は、はい! 申し訳ありません!」
衛兵たちは戦々恐々としながら引き上げていく。
(ざまあ見やがれ。でも、復讐はさせてもらうぜ♪)
「勇者様、お顔をあげてください」
「ありがとうございます、副団長閣下」
「その様な物言い、おやめください」
コウスケは、戦争中に、デミトリウスの命を救ったことがある。
その事で、コウスケに心酔した彼は、戦時中裏方として支え続けてくれた。
戦後、彼の実直さを見込んだコウスケは、デミトリウスを補佐に任命し一緒に領運営に携わってもらった。
だが、酒池肉林に溺れた怠惰な生活をおくったためコウスケは追放。
一方で、デミトリウスは領に残り、大きな成果をあげた。
その功績が認められ、王都衛兵隊の副隊長として数年前に栄転。現在に至っている。
歳はコウスケより1つ下、この年齢では大抜擢の人事である。
今の互いの立場なら、コウスケを見下しても良いのだが、デミトリウスは昔のように敬意と礼を払って接してくれていた。
「しかし、今の身分というものがありますので」
「私が現在の立場につけたのは、あのとき勇者様に助けて頂き、引き上げてくださったおかげなのです。あの様なことが無ければ今ごろは勇者様も……」
「古い話です」
コウスケの言葉に、デミトリウスは気まずい表情を浮かべて話を変えた。
「失礼いたしました。ご用向きをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「子供を2人も養うことになってしまいまして、そのおカネが……」
「かしこまりました。なるべく報奨金が多く出そうな容疑者の情報をお伝えいたします。少しお待ちください」
「目ぼしいのはいるんで、その情報を頂ければ大丈夫です」
カネと立場がある人間にとことん弱いコウスケは、みっともないほど、へりくだりながら話を続けた。
「先日、しょうもねえ魔族のチンピラを10人くらい捕まえまして。そいつら未遂に終わったんですが、ガキを非合法の娼館に売り飛ばそうとしていたんですよ」
「その調書は拝見させて頂きました」
「ガキをスケベ目的で売買してる連中をパクったら、すげえ報奨金が出ますよね。その情報を頂ければ嬉しいなと」
「おっしゃる通り、かなり大きな事案でしたので、私どももすぐに動いたのです」
「あげちゃいましたか。あー、もっと早く動いておけば……。ん? でも、発表されてないですね。なにかあったんですか?」
「末端の従業員は捕ました。しかし、とり仕切っていた者たちには、顧客リストを持って逃げられてしまいまして」
「ありゃま」
「そこから足取りがつかめず今に至ります。お恥ずかしい限りです」
「なんと申しますか、随分と相手の手際が……」
「ええ。どこからか分かりませんが、情報が漏れています。今、その調査をしているところです」
「それは私の手には負えないですね。何も知らずに出しゃばってすいません」
「いえ、私どもの不手際ですので。変わりに、麻薬密売組織の情報などいかがですか?」
「ヤクですか!? 下手したらさっきのより稼げそうですね! ありがとうございます!」
デミトリウスに深々と頭を下げる、コウスケ。
殊勝に頭を下げながらも、これから得られるであろう多額の報償金額を思って、自然と口もとはニヤついていた。
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