2-9

 今までの努力と人生を否定されたヴィオレは、悲しみと混乱で呆然とすることしかできなかった。

 涙で視界がかすむ中、母親に料理を投げつけるコウスケの姿を見続ける。

 それを見ていると少しずつだが、心が持ち直した。

 同時にこれまでの怒りも沸々と湧いてきた。


「ねえ、私にも投げさせて……」


 テーブルの上にあった料理を一つ手にとった。


「バカ野郎!」


 はじめて使う汚い言葉と共に、それを力いっぱい母に投げつける。。


「バカ野郎!」


 悲しかった。

 悔しかった。

 でも、投げ続けるうちに、不思議な爽快感が湧きあがってきた。

 まるで両親から無視され続けたみじめな自分から、生まれ変わっているかのように。

 何回か投げたところで、コウスケが肩を叩いてきた。

 ヤバいからそろそろ逃げるぞっとジェスチャーしているようだ。

 それに合わせてヴィオレは手を止める。


「おい店員、本当は、俺らはこんなことするの嫌だったんだ。でも、この化け物に脅されて無理やりやらされたんだ。だから弁償は全部コイツにさせろ」


 コウスケの発言に思わずクスっとした。


「逃げっぞヴィオレ!」


 床に落ちた魔法録音箱を拾うコウスケに、昨日みたいにだっこして欲しいのでジェスチャーでお願いする。

 渋い表情を浮かべながらコウスケはヴィオレを抱きかかえた。


「泊ってた宿にいっぱいお金になりそうなものがあるの。貰いにいかない?」

「ギャハハ。今から行くぞ!」

「これからよろしくね。パパ」


 コウスケの元で生活することは不安だった。

 だが、それ以上にワクワクがおさまらなかった。

 新しい日々への期待に胸を高鳴らせて、満面の笑みを浮かべながらヴィオレはギュッとしがみつく。


「えい」

「そうよ、セレナその調子」

「こう」

「やった! そうよ! そう!」


 宿には自分の荷物やおカネをとりに来ただけだった。

 だが、気づけばヴィオレは妹に葉っぱを浮かせる魔法を教えている。

 この1つ下の妹は両親だと思っていた人たちの愛情をずっと独占していた。

 正真正銘のエルフだからこその年相応の幼さも、一歳しか変わらないはずの自分がハーフエルフであることの証明のようで、腹が立った。

 だから嫌な感情しかもっていなかった。

 顔を見たとき、もういなくなるので、何かきつめの呪いをかけたくなったが、


(お姉たん、まほうおちえて。セレナまほうがへたでみんなにバカにちゃれてるの)


 そう声をかけられて、心からわだかまりがスーッと消えた。

 葉っぱを浮かせる魔法ができるようになった妹は、幼児向けの魔導書を楽しそうにヴィオレに見せてくる。


「お姉たん、これとこれ、おちえて」

「うん、いいわよ」

「あと、これとこれとこれもおちえて」

「うーん、こんなにはちょっと時間がないかな。お義父さんとママに明日聞いて」

「やら! パパとママはおねえたんいじめるから嫌い」


 ヴィオレの瞳に再び涙がこみあげてきた。

 先ほどの涙とは違う熱い涙だ。

 胸もグッとくる。


「そう……なんだ」

「おねえたんどこかいたい?」

「ううん、大丈夫」


 涙をぬぐい妹に笑いかけた。



「パパ嫌いってえらい言われようですね」


 縄で縛りあげたヴィオレの義父に、コウスケは陽気に話しかけた。


「貴様、こんなことをして無事で済むと思っているのか?」

「すいません調子乗っちゃって。でも、旦那にも良い話があるんで機嫌治してくださいよ」


 ニヤニヤしながら、魔法録音箱をヴィオレの父に見せつける。


「これには、旦那の嫁の脂肪の化け物の不貞や非人道的な行為の所業が録音されてるんですよ」

「公開したければ勝手にしろ!」

「ものは使いようですよ。旦那はエルフらしくイケメンじゃないですか! あんな自称エルフの豚女と夫婦だなんて勿体ない」

「……」

「音声を都合よく編集して、妻が勝手にひどいことしたと然るべきところに提出するもよし」


「あえて世間に全部公開して、私は化け物の口車に乗ってとんでもないことをしてしまったと言って反省した善人アピールをするもよし」


「どんなやり方でも上手くやれば、カネを化け物に渡さずに、お嬢さんの親権も旦那にきます」


「……1000万G、今から金貨で払おう」

「ありがとうございます♪ 旦那、ほかにもいい話があるんですよ」


 強盗だけするより仲良くなった方が長期的に儲かるとふんだコウスケは、ヴィオレの義父に

徹底的に媚びへつらった。

 ゲス勇者と呼ばれる彼は、昔とは違い金持ちや権力者にはとことん弱いのである。

 なおここで手に入れた1000万Gはカジノにいき1日で全て溶かすことになるが、それは別の話だ。



 宿での一件が終わり、日はすっかり落ちていた。

 ヴィオレとコウスケは連れ立ってコウスケの自宅を目指す。

 コウスケは終始上機嫌だった。

 一方ヴィオレは、拗ねたように唇を尖らせていた。


「パパ、なんであの人をやっつけてくれなかったの?」

「俺に1000万Gもくれた素晴らしい人になんてこと言うんだ」

「娘がずっと酷い目にあわされていたのよ! それでも勇者なの!?」

「まだ俺の娘と決まった訳じゃねえ。100歩譲って本当に俺の娘だとしても、俺は勇者でもゲスな勇者だ。身内だからといってえこひいきをせずに、俺により多くの利益を与えてくれる方を慎重に比較検討して平等に守るのだ! ギャハハハハッ」

「最低……」


「着いたぞ! ここが俺の家だ」


 よくあるタウンハウスだった。

 ここに部屋を借りて住んでいるのだろう。

 しかし、1人で暮らしているにしては、部屋が広すぎるようにも感じた。

 だが、それよりもヴィオレは別のことが気になっていた。


(どうして灯りがついてるの?)


「おい帰ったぞ!」

「もー! 遅いよ!なにやってたの?」


 部屋の中から女の子が走ってきた。短い角が額に2本生えているので、ハーフ鬼(オーガ)なのだろう。

 田舎に住んでいたので魔族を見ること自体が珍しいのだが、それよりももっと気になることがあった。


 (もしかしての恋人? ううん、外見は私と同じくらいの歳みたいだし、もしかして……)


 コウスケの横には上品で高そうな服を着ている自分と同い年くらいのハーフエルフの女の子がいた。

 スカーレットはこの状況に一瞬困惑したが結論はすぐにでた。

(間違いない。この子はパパに誘拐されたんだ! どうしよう!? 早く家に帰さないと……。落ち着け。まずは冷静にパパを問いつめないと)



「「ねえ、パパ、誰この子?」」


 2人の声がハウリングした後、しばらく場は静まり返り……、


「「えええーーー!」」


同じタイミングで大きな声が部屋中に響いた。

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