2-8

 ヴィオレとの一件が終わり、午後からはは非番だ。

 面倒ごとに巻き込まれずに、ホッとしたはずのコウスケの何故か心は暗く沈んでいた。


「パパ―ッどこか連れてって!」


 そんな気持ちを知らず、スカーレットはじゃれてくる。


「……賭博場と娼館どっちか好きな方選べ」

「どっちも女の子を連れてく所じゃないでしょ!」

「賭博場には結構女いるぞ」

「ねえ、闘技場は? あそこなら私は試合楽しめるし、パパもどっちが勝つかおカネ賭けれるじゃん」


 突然、玄関をノックする音が聞こえた。

 来客の予定はない。

 不思議に思いながら出ると、そこには初老の男が立っていた。


「ヒセキ・コウスケ様ですね?」

「そうだけど」

「火急の用事がありまして馬車にご乗車ください」


 些細な動作から見るに剣術の心得があるようだ。

 馬車というのも気になる。

 どこかに自分を拉致するつもりなのだろうか?

 コウスケは金儲けとストレス発散のために、あえて誘いに乗ることを決めた。


「……分かった。悪りい、スカーレット、ちょっと急用が入ったわ」

「えー!」


 しめあげて自白させるときのために、小型の魔法録音箱をポケットに入れて馬車に乗り込んだ。

 初老の男は馬車を動かし始める。



「で、どこに連れてって俺を袋にすんだ?」

「とんでもございません。」



 馬車は食堂に到着した。

 どうやら貴族や大商人など上流階級が利用する店のようだ。


「奥さまはこの店の一番奥のテーブルです」


 連れてきた目的は拉致や暴行ではないようだった。


「ありがとよ……おらあ!」


 だが、まだ確証は持てなかったので、少しでも敵を減らす為に初老の男を殴って失神させた。 ついでに財布や身に着けている貴金属も奪う。


(こんなとこに連れてかれるなら身なり整えとくべきだったぜ)


 軽装できたことを後悔しながら、食堂に入り言われたテーブルに向かった。



 テーブルでは丸々と太った長い耳の生物が飯にがっついていた。

 一通りの国は見てまわったがあんな生物は見たことがない。

 レストランで食事をしているので知性はあるようだ。

 好奇心にかられながら挨拶をする。


「へへへ。お待たせいたしました。私がこの度呼ばれたものです」

「ぶふふ。久しぶりね」


 謎の生物はバクバク飯を食いながら、不気味に笑いかけてきた。

 声から察するに雌のようだ。

 その醜い姿に恐怖を感じて、顔がひきつった。


「は、はあ、どこかでお会いしましたか?」

「もう、とぼけちゃって♡」


 生物の横にはヴィオレがいた。

 こんな場でまた再会すると思っていなかったので、驚きを隠せない。

 表情を見る限り向こうも同じようだった。


「ヴィオレ、この人がヒセキ・コウスケさん、有名な人だから知ってるわね」

「ゲ、ゲス勇者だったの?」


 コウスケの名前を聞きヴィオレはさらに驚いた。

 どうやらコウスケを呼んだのはヴィオレではなく隣にいる謎生物のようだ。


(この生き物、このガキの親……なんだよな? 耳げえから。デブのエルフなんて初めてみたぞ……)



「へへ……世間じゃあそう呼ばれてんな」

「魔法好きらしいから知ってるかもしれないけど、この人はアナタが大好きらしいマーヴィー先生とも仲良しなのよ」

「一緒にパーティー組んでましたからね。昨日10年ぶりくらいに会いました」


 謎生物はコウスケとヴィオレの会話を聞かず飯を食いながら一方的に話しかけてきた。

 ヴィオレは暗い表情を浮かべている。

 どうやら昨日マーヴィ―とあったことを、話していないようだった。

 それとも話したが聞いて貰えなかったのだろうか。

 いやそれ以前に“好きらしい”という親らしからぬ言葉に、強い違和感を抱いた。実の娘に対し、ずいぶんと他人事だ。


(マーヴィ―の妄想通りみてえだな。だったらそれをネタにゆすってカネぶんどるか)


 心の中でほくそ笑みながら、魔法録音箱のスイッチを入れる。

 だが、ここで謎生物の口から予想だにしなかった言葉が飛び出した。


「で、お願いなんだけど、この子引きとってもらえないかしら?」

「え!?」

「ちょ、ちょっと意味が……」

「あらあ、そのままの意味よ。芋臭い鬼(オーガ)の女と3人で熱い夜を過ごしたじゃない。ヴィオレはその時にできちゃった子なのよ」


 テンパるコウスケと、青ざめるヴィオレを無視して、生き物はテーブルにあるものをムシャムシャ食べながら話続けた。


「あなた、昔はいい意味で有名だったから、一緒に寝たらステータスになったのよ。だからやらせてあげたんだけど、その時にこの子を身ごもっちゃって。でも、そのとき事業で成功した今の旦那とも付き合ってたの。で、玉の輿に乗りたかったから旦那の子供を妊娠したって言って、そのままできちゃった婚したの♪」


 とっさに、ヴィオレの瞳を見る。

 左目の瞳にすごく小さいが見覚えのある黒い炎の模様が浮かんでいた。


(マーヴィ―の野郎、これに気づいてやがったのか。だからずっと大爆笑を……クソたちが悪りい)


 ここで、肝心なことを忘れていたことに気づいた。


「……飯たのんでいいか?」

「いいわよ」


 せっかく高そうな食堂に来ているのに飯を食わないのは勿体なかった。

 支払いはゴネてこの謎生物にさせれば良いので、高くて美味そうなものをありったけたのむ。


「でも生まれたらハーフエルフだったから嘘言ってたのがバレちゃって。この子のせいでとんだ修羅場よ。そのすぐに旦那の子供を妊娠してなんとかなったんだけどね」


「違う……私はエルフ……ハーフエルフじゃない」


 青ざめた顔でヴィオレは呟いた。

 自身がハーフエルフで父と母どちらかが本当は人間であることに気づく年頃だ。

 だが、心情として認めたくなかったのだろう。


(それをこんな風に気持ち悪くカミングアウトされたんじゃたまんねえよなあ。この化け物、娘の前であっちの生々しいこと言うとかどんな神経してんだ)


「で、この子を人前に出さないようにしようって思ったんだけど、腹が立つことに目立つようなことばかりするのよ。旦那の財力と権力を使って目立つことを止めるように色々けしかけたんだけど無理! 悪い噂を流したりとか、いじめをするように圧力かけたりとかしたのに、とっとも大人しくならないのよ。だから邪魔で処分に困ってるの」


 生気がない瞳を浮かべて無表情のまま、ヴィオレは大粒の涙を流している。

 胸糞が悪いので今すぐぶん殴りたかったが、せっかくの高い飯と儲け話をふいにしたくない。我慢して運ばれてきたものを片っ端から食い漁った。


「だから俺に引き取れってか?」

「そう! 察しが良くて助かるわ」

「おめえの話が本当だっていう証拠あんのかよ?」

「この子ハーフエルフじゃない」

「お前ヤリマンだったみたいじゃねえか。俺以外の人間ともいっぱいやったんじゃねえのか?」

「……失礼ね」


(言葉につまりやがった。なるほど図星か。で、とりあえず俺に押し付けると)


「引き取らねえとは言ってねえぞ。見返りよこせつってんだ」

「300万G小切手でどう?」

「家庭を円満にしようってのに、その金額は安すぎだろ」

「500万Gでどうかしら?」

「5000万Gだ」

「ふざけないで!」


 魔法録音箱をポケットから取り出し、これ見よがしに見せつけた。


「ケチったら旦那の商売に差し障るんじゃねえか?」

「ふん! そんなもの」

「もみ消すのにもカネと手間はかかるぜ。楽に終わる方が良いだろ?」

「……3000万Gよ。それ以上は出せないわ」

「早く小切手くれや」


 謎生物はムッとした表情を浮かべながら、小切手を書き投げつけた。


「ふん! これで良いかしら」

「へへ。毎度」

「よこしなさい!」


 コウスケも魔法録音箱を渡す。

 ちょうどその時、巨大なホールケーキが運ばれてきた。


「ぶふ♡デザートが来たわ。嫌な事があった口直しに食べましょ」


 (カネは手に入れた。もうこの化け物は用無しだな)


「おらあ!」


 ホールケーキが上に乗った皿を手に取り、ケーキごと化け物の顔面に叩きつけた。

 化け物は椅子ごと後ろに転倒し後頭部を打つ。

 動かない。どうやら失神したようだった。


「てめえのどこがエルフだ! 汚ねえ脂肪の塊じゃねえか!」


 罵声を浴びせながらテーブルの上の料理を片っ端から投げつけた。


「てめえみてえな化け物とやるほど今も昔も女に飢えてねえわ!」


 ヒセキ・コウスケは転落したとはいえど勇者である。


「胸くそ悪りいことばっかり言いやがって!」


 女、子供、年寄りにはなにが会っても手をあげないことを信念としている。


「バカ高けえ飯がマジいのは全部てめえのせえだ!」


 だが、そんな信念など気分次第で簡単に放棄する人間に成り下がっていた。


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