2-7

「ここまでくればもう安心だろ」


 露店をよく開く広場についた。

 ここでヴィオレを降ろし、腰を落とす。

 今日はなにもないので広場は閑散としていた。


「あなたとマーヴィ―先生はどういう関係なの?」



 コウスケはどう返答していいか口をつぐんだ。

 今のマーヴィ―と自分の関係はいったいなんだろうか?

 仲間、友達、かつてはそうだった。

 だが、今は身分がひらきすぎている。

 向こうは世界中から崇められる賢者様、自分は世界中から笑われているゲスな勇者だ。

 いつか借金をしにいくつもりだったので居所を調べてはいたものの、落ちぶれた自分の姿を見られることが恥ずかしく、今まで会いにいけなかった。


「……ガキの頃、一緒に喧嘩したり、魔法をかけあってイタズラしあったりとかそんな関係だ」

「友達ってこと?」


 久しぶりに会って昔のようにバカができて楽しかった。

 だが、今の地位や身分の違いをわきまえなければ。


「……んなわけねえだろ。身分が違うじゃねえか」

「というかあなた、魔法が使えるのね。今から見せてくれない?」

「しょうもないのしか使えねえからなあ」

「良いから見せて!」

「しょうがねえなあ」


 コウスケはヴィオレの顔の近くで手の平を広げた。


「くさ……なにこれ」

「屁の臭いを出す魔法だ」

「へ……⁉」

「あと他には屁の音のする魔法とか、足の裏の臭いを出す魔法とかそんなのを……」

「はあ……スティック無しで魔法を使うことができる人間族なんて世界中で名のあるごく一部の魔法の達人だけよ。人間族より魔法に秀でているエルフや魔族でもスティックなしで魔法を使うのは魔力コントロールが難しくてかなりの技量がいるのに」

「そうなの? すげえな俺」

「アハハ、魔法使えるなんて嘘なんでしょ。楽しかったから良いけど」


 話している間にコウスケの体力はだいぶ回復した。


「そろそろ行くか……」

「ううん、ここは宿の近くだからもう良いわ」

「そうだけどお前をちゃんと送り届けねえと……」

「もうだいぶ離れたから先生にはバレないでしょ。今日は楽しかった。本当にありがと」


 手を振りながらヴィオレは立ち去って行った。


(なるほど。バレたくねえってか)


 魔法加熱パイプを取り出して吸いながら、先刻マーヴィ―と話したことを思い出し始めた。



「あの子の魔道具見た?」

「ああ。全部安物、それにボロボロだ」

「いじめは確実に受けているわね。」

「魔法が上手いから調子乗った結果だろ。じゃなきゃ態々お前のところに見せにこねえよ」

「あの歳ではとてもすごい魔法を使うのに家庭の援助が一切ないのも気になるわ。経済的には余裕があるみたいだし」

「親は外面にだけカネかける虚栄心の塊みてえな奴で、本当はそんなにカネもってねえんだろ。ったく金持ちのガキだと思って媚売ってきたが、これじゃ面倒みてもカネなんてもらえねえよ」


 コウスケの話を聞き終えてマーヴィ―は、あきれた表情で口を開いた。


「教員としてのカンだけどあれは育児放棄されてるわね。だからいじめの相談が誰にもできない。で、これは完全な妄想なんだけど……多分、いじめはあの子の親がけしかけているわ」


 にわかには信じられなかった。

 妄想とは言っているが、マーヴィ―は根拠なくこんなことは言わない。

 だが、なにを根拠にそんな事を言っているのか分からなかった。


「俺にどうしろってんだ? 俺は王都の自警団員だ。管轄が違う。地方にいるあのガキを救うことはできねえ」


 それに問題は、管轄だけではない。


「さらにお前が言う通りなら地元ではかなりの権力をもってると思うから立証は難しい。できたとしても領主にも顔が利くかも知れねえからもみ消されるな」


 マーヴィ―は俯いて沈黙していた。


「てなわけで、そんなめんどくさくて金にならねえことに俺は関わらねえ。以上だ。そんなにあのガキ助けてえなら、お前が女王にでも言え。まあ大きな世の中のすっげえ小さなことだから解決するまで、すげえ時間はかかるだろうけどな」


 マーヴィ―は俯いて沈黙し続けていた。

 怒ったかそう思いながら見続けていると……


「ぷぷ、ぷぷぷ……」


 笑っていた。


「ぷぷぷ……呆れた。昔のアナタなら絶対にあの子を助けたじゃない」


 どこが呆れてるんだと、呆れながらコウスケは言葉を返した。


「時代がちげえよ。それがよめなかったから今はこのざまよ」


「おにぇぎゃい力をかちて……ぷくくくッ」

 「お願い力をかして」と言いたかったのだろう。


 いよいよ笑いに耐えられなくなってきたようだ。


「……はッ今をときめく賢者様が、ゲス勇者に力を借りたいってか。恥ずかしいからそんなこと言わねえ方がいいぞ」

「ビャハハハハッあははは!」

「てめえ、俺が自分のこと自覚してんのがそんなにおもしれえか?」

「それもあるけど、ぎゃはははッまあ良いわ、アナタ絶対あの子助けるから、ハハハハハ!」



(あの後ずっと笑いっぱなしだったな。一体なんだって言うんだ。まあいいか、もうあのガキと関わることもねえだろ)


 もう関わることもないガキが、どうなろうと知ったこっちゃない。

 そのはずなのに、魔法加熱パイプを吸い終えたコウスケの心には、何故かポッカリと大きな穴ができていた。




 世界有数の魔法使いで、連合王国に住むエルフの英雄、マーヴィ―・キュアノスが自分の魔法を褒めた。


(これで私の魔法を……ううん、私をほめてもらえる)


 両親と妹はヴィオレを部屋に残し、王都を観光すると言っていた。

 寂しかったが空いた時間を利用して行動したかいはあった。

 両親と妹はもう部屋に帰っているころだ。


「本当か!」

「ええ、こんなに早く見つかるなんて思わなかったわ」


 部屋に戻ると両親はすごくはしゃいでいた。

 なにか良いことがあったのだろうか?

 

「ヴィオレ」

「ママ、実は私ね……」

「明日はお母さんとお食事にいきましょう」

「え? お父さんとセリアは?」

「大きなお仕事が入って無理になっちゃった」


 なら、妹はどうしてなのだろか、という疑問がヴィオレの中にわいたが、結局うなずくことしかできなかった。



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