1-9
ママの言いつけをちゃんとこなした良いことをした。
スカーレットは何度も心の中でそう言い続けた。
しかし、激しい後悔と悲しみで埋めつくされてしまい、どうすればいいか分からず走り続けた。
気づけばここはスラム街と中流階層の住宅街の間にある原っぱにいた。
ここにはまだ解体されていない比較的大きな廃墟がポツンとある。
走り疲れたスカーレットはここに座り込んだ。
「なんで、なんでこんなことに……」
目に涙を浮かべながら呟いたその時、
「キャーッ」
廃墟の中から大きな物音と母の叫び声がした。
(え? ママ? でも、ママはいま仕事中のはず)
疑問に感じながらも、もしもの時は自分が助けなければと考え、スカーレットは木剣の柄を強く握りながら壊れた窓から廃墟の中を覗き込んだ。
◇
「役立たずのクソ女が!」
殴られて地面に倒れ込んだスカーレットの母を魔族の頭目の男は怒鳴りつける。
「なんでだよ! 私たち魔族をこんな目に合わせたにっくき勇者を見つけて殺したんだよ」
「なにがにっくき勇者だ! あんなゴミ誰が殺せって言った!」
頭目の男は怒鳴りながらスカーレットの母の腹部を強くけりあげる。
横にいる魔族の男もそんな母を見てニヤつきながらしゃべり始まる。
「だいたい見つけたとかお前どんだけ情弱なんだ? ゲス勇者がセレッソ地区でみっともねえことばかりして細々と生きている事なんてヴェルジュに住んでるなら普通うわさで聞いたことあるだろ」
「じゃ、じゃあなんで誰も殺さないのさ?」
「仲間が強かっただけのアホのゲスだから殺す価値もねえんだ! 普通分かるだろ!」
「どうせ昔の私怨だろ? 軍で使い物にならなくてクビきられて、活動でもこんな風に役立たずで……」
「おい、その話知らねえから教えてくれ」
別の魔族の男が横にいる男に話しかける。
「おいおい有名な話だぞ。役立たずでバカにされてたから一発逆転狙ってゲス勇者を殺そうって思って色目つかって近づいたんだよ。アレして素っ裸になってるときにグサってやるつもりだったんだと」
「マジか!? それでどうなったんだ?」
「あっちがはじめてだからどこで殺せばいいのか分からなくて、テンパってるうちに最後までやっちまったんだと」
「ギャハハ傑作だ! これが本当のやる前にやられるだな! ってことはコイツのガキって」
「いやそれは分かんねえ。こいつあの後すぐに今の仕事についたからな」
「なるほど、人間の客との間にできたガキかも知れねえのか」
悔しさに満ちた表情で母は吐き捨てるように言う。
「なにさ人の過去を面白がって……私に軍資金を稼いでもらってるくせにえら……」
再び頭目の蹴りが母の腹部に入る。
「軍資金ならここにいる奴全員なにかしらやって稼いでるだろうが!」
何度も母に蹴りを入れながらリーダーの男は怒鳴る。
「てめえは人間並みに役立たずだから身体売ってしか稼げねえんだろうが!」
笑い続けながら横の男が口を開く。
「ところで、お前が今回の件で俺らに与えた損害はざっと530万Gだな。どう穴埋めすんだ?」
「どうしてそんなにかかるんだい?」
「あの爆散する剣が30万G、非合法の娼館とまとめたお前のガキの値段が500万Gだ」
「はあ!? どうしてあんなガキが、そんなに高いんだい? ふざけんじゃないよ!」
「ふざけてんのはてめえだ!」
頭目の男はさらに力強く母の腹部を蹴りあげた。
母はむせ返りながら必死に口を開く。
「だ、だっておかしいじゃないかい。アタシの取り分は50万Gだろ? 不公平じゃ……」
「てめえがちゃんと飯食わせて、毎日殴って傷もんにしなけりゃ1000万Gはいけたんだぞ!」
「50万Gやるだけでも感謝して欲しいな」
「ったくやっとあんなガキでも買い取ってくれると見つけたのによ。ただでさえ非合法の娼館でもガキ買ってくれるところはヤバすぎるから少ねえってのに」
「それより今頃ゲス勇者とガキが派手に爆死してるころじゃねえか? こりゃやべえぞ」
「ああ、コイツのせいで足がついて衛兵や自警団が俺らを……」
「大丈夫だって。あの剣も今ごろ爆散してるって。もし破片が残ってても闇ルートでは結構出回ってるもんだから俺らを特定できねえよ」
◇
「そんな私は……なんのために」
全ての様子を見たスカーレットは絶望に満ちた声でつぶやく。
(ママは私を愛していなかったし、愛するつもりなくて、ただ利用しただけ……)
スカーレットは自分のなにもかもが無価値であると感じ、絶望へと沈んでいく。
(私はアイツの命だけ奪ったただの人殺し……)
母の口車に乗ってコウスケを手にかけてしまったことの罪悪感も絶望にさらに拍車をかけた。
耐えきれなくなり、地面に崩れ落ちる。
そして悲痛な声をあげることもできないほどの悲しみに襲われ続けた。
「なんの音だ? お前ちょっと見てこい」
廃墟から母を蹴っていた男の声がした。
腰をついてしまった物音が聞こえたのだろう。
人がこちらに近づいてくる足音も聞こえる。
逃げることはできるかも知れない。
だが、逃げる気力がでてこない。
(もうどうでもいい)
スカーレットは絶望に身を任せた。
◇
「え!? マジかよ!」
「カシラ! 見てくれ!」
音が聞こえた窓の外に偵察にいった魔族たちは興奮がおさまらなかった。
死んだと思っていた売り物のガキが生きていてなぜかここにいるのだ。
しかも、逃げたり抵抗したりする素振りは一切ない。
急いでガキを捕まえて廃墟に戻る。
「おいこれはあのガキじゃねえか!」
頭目の魔族の男は大いに喜んだ。
「ハハハハ、これは幸運だな」
「母親似のヘタレのクズで本当に助かったぜ」
他の魔族たちもそれにつられて喜びはじめた。
だが、その中で唯一、倒れ込んでいるガキの母だけは違った。
「こんなところで油売ってゲス勇者に会いにいくこともできないのかい」
ガキはそれを死んだような目で聞き流している。
そのガキの様子に母はさらに怒りを覚えた様でさらに残酷なことばをガキに浴びせた。
「本当に役立たずだよ。産まなきゃよかった」
この言葉にもガキは死んだ目をしたまま反応しない。
しばりあげようとかとも思ったがそんな心配はなさそうだ。
頭目の魔族は上機嫌で口上をたれはじめた。
「まあ、これで人間どもをぶっ殺すための活動資金がちゃんと手に入った訳だ。めでて……」
頭目の横にいる魔族の男に木片が投げつけられた。
木片は顔面に命中し、男は流血ととともに気を失う。
「なんだ!?」
木片が飛んできたドアの方向に一同は視線をおくる。
「はあ……横にいるボスみてえな奴にあてたかったが上手くいかねえもんだな」
そこにはドアを開けて屋敷に入ろうとするコウスケがいた。
「てめえゲス勇者!」
「どうしてここが!?」
「そこのクソガキつけてきたに決まってんだろ」
コウスケはだるそうに言葉を返す。
「なにしに気やがった!?」
「なにしにって俺は一応勇者だからな」
口調はだるそうなままだった。だが、その瞳は鋭い怒りに満ちていた。
「そこのクソガキ助けにきたに決まってんだろ」
声色は相変わらずだるそうだった。
しかし、言葉からは強い怒りが伝わってきた。
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