1-10
ドアを開けて入ってきてすぐにコウスケは廃墟の壁にもたれかかり荒い息をあげる。
「ハハハ、てめえボロボロじゃねえか!」
「そんな状態でどうやって助けるんだ!」
魔族たちは、コウスケ見て大笑いし始める。
「なんで来たの……私の事なんかほっときなさいよ……」
スカーレットはコウスケを見て泣きながらつぶやいた。
中に入る前に少し様子を伺ったが、そのときは抜け殻のようだった。
泣く元気が出ていることを確認して安心する。
先ほどスカーレットの殺気がこもった木剣を全身に浴びたせいで身体中が痛い。
頭から結構な量が出血している。
加えて結構な距離を疾走したので肺が苦しい。
さらに加齢と不摂生で若い頃に比べて身体能力は格段に落ちている。
相手は弱そうだが不安要素ばかりだった。
(はあ、若いころだったら、こんな奴ら死ぬ一歩手前でも瞬殺できたのに……)
なので、いつものように過去の経験を活かしたゲスで卑怯なことをすることにした。
「はあ、はあ……」
「ギャハハハ」
(ッチ! 笑ってばかりいねえで仕掛けて来いよ素人が)
イラついたので、スカーレットへ今日の不満を言うことにした。
「おい、クソガキ! こんな奴らじゃ大したカネになんねえだろ! もっと規模がデカくて考え方もヤバくて、強いのがいっぱいいる本格的な過激派のところ案内しろよ!」
「こいつら魔族の中でゴミ過ぎて相手にされなくて、人間のところに労働にきたは良いがそこでも使いもんにならなくて、仕方なくくだらねえことやって日銭稼いでるだけのただのクズの集まりじゃねえか」
「てめえ」
コウスケの言葉に魔族たちは怒った。特に1人、今にも飛び掛かってきそうな奴がいる。
「で、ただのクズだとカッコ悪いから、優れている魔族を虐げる人間許せんとかもっともらしいこと言ってる自分に酔ってんだろ?」
飛び掛かりそうな1人に小馬鹿にした笑みをなげた。
「なに言ってんの!? お願いだから逃げて!」
スカーレットの悲痛な叫びが耳に入る。
「口だけのゲスが舐めんじゃねえ!」
案の定、小馬鹿にされた魔族は剣を突き立てて突っ込んできた。
「死ね! ゲス勇者!」
突き刺さる瞬間にコウスケは横によける。
剣はそのまま壁に突き刺さった。
「は!?」
ボロボロで壁に横たわってたコウスケが突然素早く動いたことに魔族は困惑する。
コウスケは後ろにまわりこみ後頭部を手でつかみ壁に叩きつける。
大きな音がして廃墟全体が揺れる。
魔族は顔を壁にめり込ませて動かなくなった。
「へへへ」
せせら笑いながらコウスケは軽快に体操を始めた。
身体中が最近で一番痛い。
久しぶりに運動したので息をするのも辛い。
しかし、魔族との戦争中のことを思い出せば、それでもこんなものは屁でもない。
「てめえ、怪我人のフリしてやがったのか」
相手の頭目らしき男はさらに怒っている。
フリではない。怪我人である。
だがお前らが弱すぎるからものともしないだけだ。
その意味合いを込めてもっと挑発してやることにした。
「まあ、頭数は10人くらいだから、5000Gだとして5万G。小遣いにはなるか」
頭目の唇はプルプルしている。効果がてき面でなによりだ。
「クソガキ! ジャンボパフェが食いてえつってたよな」
挑発ついでに不安そうな顔をしているスカーレットも元気づけてやることにする。
「すっげえ少ねえが、お前のおかげで臨時収入が入りそうだから奢ってやる。だからちょっと待ってろ」
コウスケは壁にめり込ませた魔族のポケットを漁り始めた。
「てめえなにやってんだ」
背後にモーニングスターを持った大柄な魔族がやってきた。
「ジャンボカフェおごってやるカネを調達してんのよ」
薄笑いを浮かべながらコウスケは返答する。
「なめんじゃねえぞ!」
大柄な魔族が怒鳴り、モーニングスターを振り上げる。
次の瞬間……。
「すいません、許してください!」
コウスケは振り向きざまに深々と土下座をした。
「な、なんだあ……」
コウスケの行動に大柄な魔族が戸惑いを覚えた瞬間、
「おらあ!」
股間をめがけて勢いよく頭から飛び跳ねた。
コウスケの頭が股間に直撃した。
大柄な魔族は泡をふきながら意識を失い崩れ落ちた。
「ヒャハハハ、これであと8匹くれえか」
「ふざけたことばかりやりがって……」
頭目の男はコウスケを見ながら血管がちぎれそうなほど激怒していた。
「お前らなにちんたらやってる! 全員で一気にたたんじまえ!」
頭目の男の号令で5人の魔族が一斉にコウスケに襲い掛かった。
「ひいい、怖いよお」
「俺が悪かったよう、許してよう」
コウスケはわざとらしい声をあげながら5人の魔族の攻撃をかわした。
「舐めんじゃね……足が動かねえ!」
「俺もだ」
「ゲス勇者てめえなにやりやがった!?」
5人の魔族の足は地面と一緒に凍り付き動かなくなった。
「へへへ」
先ほどポケットを漁って見つけたものをこれ見よがしに見せつける。
「フロストジェルじゃねえか!」
「てめえこれで俺たちを……」
フロストジェルはガラス瓶に入っている粘り気のある透明な液体で、表面に垂らすと凍り付き非常に強力な接着力を持つ。
時間の経過で溶けていくため効果は一時的だが、逆にそれが使い勝手が良いためによく使用される日用品のような魔法薬だ。
コウスケは逃げ回りながら魔族の足元にそれを垂らしていた。
動けない魔族たちを尻目に先ほど顔を壁にめり込ませた魔族のところにいき剣の鞘を失敬する。
そして…‥
「おらあ!」
「おらあ!」
首筋を鞘で叩き、1人1人気絶させていく。
「またせこいことしやがって……」
頭目は苦々しい目でコウスケを見る。
「近づくとあぶねえ! ここから弓と魔法でゲス勇者をなぶり殺しにしろ!」
弓を持っている魔族が狙いを定める。
魔法が使える魔族も杖を構える。
1人、1人ゆっくりと気絶させていくコウスケに矢と魔法の火の玉が放たれた。
「残念♪」
コウスケは矢を横によける。矢はまだ気絶していない魔族の左肩にあたる。
「があああ!」
よけた先には火の玉が向かっていた。それを先ほどとは別の魔族の襟を引っ張り盾にしてかわす。
「ぎゃあああ!」
「ヒャハハ」
「てめえ、よくも仲間を」
「ああッそれはこっちの台詞だ!」
「はあ!?」
「死んじまったら報奨金が3割も減るじゃねえか。気ぃ使いながら戦ってんのに台無しにしやっがて!」
コウスケは矢と火の玉があたり苦しむ魔族に、わざとらしいねぎらいの笑みを向けた。
「待ってろ。お前らの非情な親玉は俺がパクってやるからな」
馬鹿にするようにそう告げて、状況を確認する。
頭目を挟むように弓を持った魔族と魔法を放った魔族は立っている。
そのすぐ後ろにはスカーレットがコウスケをとても心配そうな顔で見つめている。
少し離れた位置には寝転がってうなだれている女の鬼(オーガ)がいる。
(あの女は多分戦えないだろうからだろうからあと3匹か)
弓を持った魔族と頭目はなにかをヒソヒソと話している。
このグループは、強い上下関係はなく比較的仲間想いのようだ。もう遠隔からなにか打ってくることはないだろう。
ただ、スカーレットを助ける為にはどうしても近づくしかない。恐らくその時に近距離から弓と魔法を放射して仕留めようする算段でもたてているのだろう。
もしくはスカーレットを盾にして脅すことを考えているのかも知れない。
そうなったら面倒くさいことこの上ないのでコウスケは打開できる方法を、周囲を確認し模索した。
(疲れるからできるだけ楽な方法はねえかなあ)
そんなことを考えながら周囲を見渡す。弓を持った魔族と、魔法を放った魔族の頭上にはそれなりの大きさのシャンデリアがあった。
人間ならばあれがあたれば大けがだろう。
だが魔族には傷すらつくかどうか微妙だ。
(頭の奴がクソガキを盾にしてゴチャゴチャ言ってくる前にこれでいくか)
先ほど倒した魔族の剣を2本拾い、それに魔力を込める。
コウスケはしょうもない魔法しか使えない。
だが魔力はこの世界の誰もが持っていて物に容易に送ることができる。それを動力に稼働する日用的な魔道具も多い。
あのシャンデリアは魔力を送ることにより火か雷の力で発光するタイプのようだ。
発光した状態で落ちたならばダメージは与えられる。
それにこの建物は古い。ここにある日用品魔道具は最近のものとは違い、送り込む魔力量を制限するコーティングが施されてない可能性が高い。
つまり多量に魔力を送りこんだものを落とせば一撃で倒せる可能性が高い。
そして勇者であるコウスケの魔力量は常人を遥かに凌駕する。
(まあ、こんなもんか)
必要な魔力量が剣に貯まったので、剣2本をシャンデリアに向かって投げた。
「ギャハハッどこ投げてんだてめえ!?」
同時に少し軽めに走る。
「おいおい走ってこっちに来るぜ」
「良い的だな。おい早く打っちまえ」
距離がだいぶつまったところで2人の魔族が弓と杖から矢と魔法を放とうとしたとき、それぞれの頭上に剣で吊り下げ部分が切られたシャンデリアが落ちてきた。
「「ぎゃあああ!」」
「は!? おい! なにが!?」
頭目はなにがおこったか分からず混乱しているようだ。
「邪魔だどけこらあ!」
「ごふ!」
走りながら頭目の首にラリアット打ち込む。
どうやら失神したようだ。
そのままの勢いで体勢を崩しスライディングをして地面を滑る。
滑りながらスカーレットを抱きかかえて保護した。
「ふっと」
そして壁に足をあてて滑りを止め、スカーレットを抱きかかえたまま壁に背をもたれさせて座り込んだ。
「ったく、てめえにボコボコにされたうえに、しんどい運動を久々にやらされて最悪だわ」
「ふん、私を助けに来たのはお金が欲しいからでしょ。感謝なんてしてないわよ……でも一応お礼だけ言っとくわ……ありがとう」
スカーレットは顔を真っ赤してぷいっと横を向く。
「ったく素直に礼も言えねえのかよ」
スカーレットは嬉しそうにぎゅっと抱きついた。
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