1-8

 翌日、スカーレットは早朝からコウスケを探した。見つけたのは昼過ぎ、人通りの多い場所だ。いつもならすぐに強襲するが、今日は隠れてコウスケが人通りの少ない場所に行くのを待つ。


 眠たそうな顔をしたコウスケは地区の裏通りに入る。

 ここはかつて街の中心になるような住宅街だったが、今は住民たちの高齢化が進み古い建物が立ち並ぶ人通りも少ない場所だ。

 腰にさした母からもらった剣に目をやってコウスケの前に出る。


「あ? クソガキなんのようだ?」

「な、なんのようって……決まってるじゃない」


 手の振るえがとまらない。


「ああ、俺を殺りにきたのか」

「そ、そうよ」


 心臓の鼓動も止まらない。身体中から汗も激しく流れている。


「ちょっと待っててくれ。今日はカジノに行くっていう大事な予定があるんだ」

「ふ、ふ、ふざけないでよ……今日は本気なんだから」

「なんでえいつもは本気じゃなかったのか?」

「今日は特にってことよ」


 コウスケはいつものようにひょうひょうと話す。

 それがスカーレットをさらに動揺させる。


「ところで今日も汚ねえかっこしてんな。俺が昨日買ってやった服はどうしたんだ?」

「ア、ア、アンタに買ってもらったもんなんか着るわけ……キャ!」


 柄を抜こうとしたそのとき、コウスケは懐にさしてある剣を奪いとられた。

 


「へへへ」


 勝ち誇ったかのように笑いながら、コウスケは鞘の上から剣を握りつぶす。

 スカーレットはそれを呆然と眺めることしかできなかった。


「おめえ、虐待されてるよな」

「なに言ってんの? そんな分け……」

「だってお前、今日あざだらけじゃねえか」

「これはママとの剣術の稽古……」

「稽古でこんな怪我はしねえよ」

「……」

「で、この剣で俺刺してこいってでも言われたんだろ」


 スカーレットは沈黙し、うつむく。


「自分で俺を殺りにくるなら分かるぜ。でもどんな恨みがあっても自分の子供を人殺しにしようなんて普通の親がするかねえ」


 うつむいたままコウスケの顔を伺った。


「今日はそんなおめえに良い儲け話があんのよ。子供を虐待してる親ってのは罪人だわな。だから俺が自警団としておめえのお袋をしょっぴいでやる」


 いつもと違い気を使っているとすぐに分かるたどたどしい作り笑いを浮かべている。


「しょっぴがれた後の生活も心配すんな。孤児や浮浪児の保護も自警団の仕事だから、俺も少しだけ教会に顔がきくんだよ。そんな中でもとびきり良い教会をみつくろって紹介してやらあ!」


 声色もそのせいかぎこちない。


「飯がメチャクチャ美味い教会とかあるぞ。あと王家や有力諸侯に顔が利いて良い職を斡旋してくれる教会もある。そこにいきゃ今より断然いい生活が待っている」


 なにも知らずに善人ぶるコウスケに心の底から強い怒りが込み上げてきた。


「どうだ? お前は素晴らしい人生を歩めて、俺も罪人を捕まえた報奨金がもらえる。お互いに得のある――」

「ふざけるな!」


 背負っている木剣を手に取る。。


「ママは虐待なんかしてない!」


 いつも以上に強烈な剣撃をコウスケに放った。


「ママはクズでノロマな私のために毎日剣術を教えてくれてるんだ!」


 頭上、顔面、肩、腰、モモ、身体中のありとあらゆる部分に剣撃を打ち込んだ。


「ママは魔族の軍の中でも親衛隊に入れるかも知れないほどの凄腕の剣士だったんだ!」


 打ち込む度ににぶい大きな音がする。

 血もあたりに沢山飛び散る。


「それなのにアンタに戦場で乱暴されて私ができてしまったせいで人生が滅茶苦茶になったんだ!」


 不思議なのはコウスケだ。いつもの様に助けを求めて逃げ回ることなどせずに、なにもしゃべらず正面から打たれ続けている。


「アンタが! アンタが皆悪いんだ!」


 そして悲しそうな目でスカーレットを見つめ続けている。

 そのことがよりスカーレットを逆上させて、剣撃はどんどん激しくなっていった。


「はあ、はあ、ハア……」


 打ちつかれて手を止めたその時、コウスケの身体が地面に崩れ落ちた。

「え? 嘘?」


恐る恐るコウスケの顔を伺う。

瞳孔が開いている。

 心臓にも手をあてる。

動いていない。

 

 殺した……。そう確証した瞬間に押しつぶされそうな恐怖と罪悪感に襲われた。


「あ……ああ……」


 耐え切れずこの場から逃げ去った。


 ◇


 走り去ったのを確認したコウスケは絶命を擬態する魔法を解除する。

 魔法は得意ではないのでこんないたずらに使うようなものしか使えない。

 だが、ものは使いようだ。などと悠長に思っていたのもつかの間、身体中を強烈な痛みが襲う。


「くうう、痛てえ」


 だいぶ距離が離れたのでスカーレットの尾行を開始する。

 尾行しながらポケットから魔法加熱パイプを取り出して吸いながらこれまでのことを整理し始めた。

いつもなら見つけ次第自分を襲ってくるスカーレットが今日に限って遠目から自分を見てコソコソ伺っていることには違和感があった。

 おそらく本腰を入れて自分を殺しにきたのだろうと考えたが、あんなものまで持っていたことは予想外だった。

 あの剣は未だに人間との和解、共存を拒む魔族の原理主義者が粛清や自爆攻撃によく使う魔道具だ。

 標的の近くで剣を抜いて持っているとき、少しでも恐怖や罪悪感などのためらいの気持ちがあると大爆発を起こして標的と持ち主の両方をこの世から亡き者にする。

 状況から察するに、母親とかいう奴はスカーレットのそういう気持ちを理解した上で最初から2人とも爆死させるために剣を渡した可能性が高い。


 次に母親について考えてみる。

 まず自分は魔族との戦争中にレイプや、それと誤解されるようなことはしてない。

 そもそもスカーレットが自称していた年齢から逆算して、母親が身ごもったであろう年齢は魔族との戦後、コウスケが調子に乗っていた時期のはずである。

 コウスケへの恨みとやらは母親がスカーレットに嘘を吹き込んでいることは間違いない。

 もっと言ってしまえばあんな剣を渡している時点で実の母親であるかどうかすら疑わしい。

 とは言ってもどこかでその母親とは面識があったのかも知れないし、スカーレットが自分の子供である可能性は0ではない。


 次にこの件の背後にはなにがいるのかも考える。あんな魔道具を持ち出す時点で背後にいるのは魔族至上主義の過激派だろう。だが、一言に過激派と言っても規模はまばらで主義主張も微妙違う。どんな相手が背後にいるのかはまだ分からない。

 この後スカーレットはおそらく母親とやらのところに戻るだろう。

 だから、このまま遠くから尾行して母親を捕まえて情報を吐かせる。

 運が良ければ結構な組織にあたって高い報奨金がでるし、その中に賞金首が入れば懸賞金も出る。


 最後にどうしても腑に落ちないことが頭をよぎった。

 何故、自分を狙ったのかだ。

 アイツは口ばかりのただのゲス、

 強かったのは他の勇者パーティーのメンバーでアイツはそれに寄生していただけ、それが今のコウスケが社会から受けている評価だ。

 かつて自分を恐れた魔族たちもその例外ではない。

 過激派たちの間でもあんなゴミは殺す価値もないと言われていると聞いたことがある。

 わざわざ狙う理由が本当に分からない。


「ああ、めんどうくせえ」


 スカーレットは中流住居とスラム街の間にあるまだ開発されていない開けた場所に入る。

 ここは平らな場所で草が生い茂っている以外はなにもない。

 相手を見失うことは少ないがこちらに気づいてしまう可能性も高い。

 コウスケはもっと距離をとるために足をとめる。

 途端にスカーレットが心配になってきた。

 母親とやらは元々スカーレットをコウスケ共々爆殺するつもりだったのだ。

 距離を開けたせいで、かけつけるタイミングが遅くなればどうなってしまうか分からない。


「クソガキ、てめえを保護した報奨金ももらう予定なんだ。だから死ぬんじゃねえぞ」


 心の中は若い頃にスッカリ忘れてしまったはずの感情がうごめいていた。

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