1-7

 帰路についたスカーレットは嬉しい気持ちを隠し切れなかった。

 服などゴミ捨て場に捨ててあるものを拾って与えられたことしかない。

 それを抜きにしても本来殺さなければならない相手であるアイツと関わることが楽しい。

 だから最近では毎日通い詰めている。

 

 (いけない、こんなんじゃ! 早くゲス勇者を殺さなきゃ)


 楽しさや喜びをこの言葉で打ち消しながら、スラム街に帰ってきた。

 自分が住んでいるタウンハウスの扉を開ける。


「ちゃんと掃除しとけっていったのにどこに行ってたんだい?」

「マ、ママ……」


 そこには仕事中であるはずの母がいた。

 スカーレットはややこしいことになることを恐れながら買ってもらった服を服の中に隠し、平静を装おうとする。

 


「ご、ごめん今からするね」

「それが終わったら内職だよ。ったくアンタがとろくさい、怠け者のせいでウチには全然カネがないんだよ」


 振るえる手を必死に抑えながら部屋の掃除を始める。


「元をただせばこうなったのは、あのゲス勇者のせいだよ。アイツにさえいなければ今頃アタシは……」


 母はいつもと同じことを言いながら酒を飲み始めた。

 

「そ、そうだね。でも今日は帰ってくるの早かったね。お仕事はどうしたの?」

「ゴチャゴチャうるさいねえ!」


 母はいつものように酒の入ったタンカードをスカーレットに投げつけた。

 酒瓶はスカーレットの額にあたり、スカーレットは尻もちをついた。

 その時に服の下に隠していたコウスケに買ってもらった服が地面も地面に落ちる。

 スカーレットは激しくうろたえる。


「ご、ごめんなさい」

「無駄口叩いている暇あったら手を動かしな」


 母は服に気づいていないようだ。


「ふん、育ててやってる私への恩を忘れるんじゃないよ」


 回収するタイミングを考えながら掃除を続けることにした。


「ん?」


 どうやら母は服に気づいたようだ。

 スカーレットは動揺を隠しきれなかった。


「スカーレット! なんだいこれは!?」

「それは……」

「さてはアンタ私のカネをネコババしたね」

「ちが……」


 母は言葉を遮り、部屋の片隅にある木剣を手に取る。


「剣の稽古をだよ。準備しな」

「……」


 スカーレットはいつもの剣の稽古に身体を小さくして恐怖する。


「この疫病神が!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 いつものように母はスカーレットに木剣を振り下ろす。


「育ててやってる恩を忘れやがって」


 怒号を飛ばしながらいつもの様に何発もスカーレットに木剣を振り下ろす。


「お前とあのゲス野郎のせいでアタシの人生は無茶苦茶なったんだ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 打たれる度に、スカーレットはいつものように悲痛な叫び声を上げる。


「それなのに育ててやってる恩を忘れやがって!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 木剣でせっかんを続けながら、涙で顔がゆがむスカーレットを見下ろす。


「ふん、こんなもん買って色気づいてんじゃないよ」


 母はコウスケに買ってもらった服を床から拾い上げた。

 

「やめて! それだけはやめて!」


 そして、テーブルの上にあった照明用のろうそくを服にあてがう。


「ああ……」


 服はいきおいよく燃えていく。

 それを見たスカーレットは声を出す気力すら失い、ただ涙を流すことしかできなくなった。

 そんなスカーレットの表情を見た母は楽しそうに笑い始めた。


「ハハハ、いい顔だね」


 母の言葉は耳に入らなかった。燃えていく服を見つめながらスカーレットはただ涙を流す。


「私のカネをネコババしてこんなアバズレ臭いもの買うからこうなるんだよ」

「違う……」


 必死に力を振り絞ってか細い声で反論する。


「あ!?」

「お金をネコババなんかしてない」

「これは買ってもらったんだよ……」

「嘘いってんじゃないよ。アンタみたいなのに誰が服を買うんだい?」

「アイツが……アイツが買ってくれた」

「アイツって誰だい?」

「……ゲス勇者」


 この名前を出した途端、母はスカーレットの上半身をおこしつかみかかった。


「はあ!? 嘘ついてんじゃないよ!」

「嘘じゃない……」

「スカーレット! 本当にゲス勇者に会ったのかい?」

「ゲス勇者はいったいどこにいるんだい!?」

「セレッソ地区……」

「近くじゃないかい! どうしてアンタそれ知ってんだい?」

「え? みんな知ってて……」

「ああ! 知らないアタシはバカだって言うのかい!」


 母はスカーレットの上半身を床に叩きつけて顔を足蹴にする。

 そして再び剣術の稽古をはじめた。


「ふざけんじゃないよ!」


 母は先ほどよりもはるかに力を入れてスカーレットに木剣を振り下ろし続けた。

 いつもより身体中が痛い。でもそれ以上に服を燃やされたことが辛くてさけび声をあげることもできない。


「はあ、はあ……なんでアンタはゲス勇者に会ってたんだい?」

「アイツを殺して首をもってきたら喜んでくれるかと思って」


「じゃあ、なんで服なんて買ってもらってんだい?」

「……」

「ダンマリ決めこんでんじゃないよ! アバズレが!」


 この怒号のあと、急に静かになった。木剣も撃ち込まれない。

 スカーレットは恐る恐る母の顔を見る。

 

 笑っている。


 どうして笑っているのか分からなかったが、もう大丈夫だと思ったスカーレットはゆっくりと立ち上がった。


「そうかそうか、なるほど。アンタはゲス勇者の懐に入るために色目を使ってあれがその成果だったんだね」


 母は笑顔になっていた。


「なんだよ。そうならそうとはっきり言っておくれよ」


 だが、奥底の笑顔からなぜか今までにないほど恐怖を感じた。

 先ほど以上の恐怖にかられて、スカーレットはふるえる。


「ちょっと待っておくれ、 アタシの為に頑張ってくれてるアンタに良いものをあげるよ」


 母は奥に行き1本の剣をとってきた。


「この剣にはね、刃先が少しでも触れたら即死する効果が付与されているんだよ」


 楽しそうに話しながら母はスカーレットに剣を渡す。


「これで明日、ゲス勇者をグサっと刺しておやり」

「あらあらどうしたんだい? 振るえちゃって」


「……ママ、本当にアイツ殺さなきゃダメ?」


 自分の発した言葉にスカーレットは驚きを隠せなかった。

 いつもコウスケを殺すために会いにいっていたのに、どうしてこんなことを口走ってしまったのだろうか?


「あらあ、嫌なら別に良いんけど、誰のせいでアタシはこんな人生になっちまったんだい。そのうえ裏切られたらもう生きていけないよ」


 スカーレットが反抗したにも関わらず母はとても楽しそうだった。

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