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 スカーレットが食べたいといったカフェに入り席に座る。

 ジャンボカフェは食べるなと強く念押ししたからその心配はないだろう。

 だが、それ以外にも高いものをたのまれてはかなわない。


「今日はカネがねえからあんまりたのむんじゃねえぞ」


 ふてくれさた口調でスカーレットにそう念押しする。


「アップルパイ3つとクリームソーダ」

「あんまりたのむなって言っただろうが」

「だから6つのところ3つに我慢したんじゃない」


 出てきたアップルパイをスカーレットは美味しそうに食べ始めた。

 ここで、コウスケは今まで疑問に感じていたことを聞いてみた。


「……なあ、お前の母ちゃんってなんの仕事してんだ? こうやって俺に会ってることは知ってんのか?」


 コウスケは疑問に思っていたことを今日もまた聞いた。

 スカーレットはいつも同じボロボロの汚い服を着て腹を空かせている。

 まともな家庭環境で養育されているとはとても思えなかった。

 スラムに住んでいる貧民だとは思うが、それでもこれは度がすぎている。

 なにより母親のことが気になった。

 スカーレットとはそれなりに会話をするようになり色々なことを聞いたが、母親と家庭環境のことに話を触れると一緒に住んでいるということ以外、逆上してなにも喋らないのだ。

 いや、剣術は魔族軍で凄腕の剣士だった母親から教わったという話を聞いたことがある。

 だが、これは嘘だろう。

 スカーレットの体力や運動能力は、とても12歳の女の子だとは思えない。

 魔族の中でも身体能力が特に秀でた部族である鬼族の血が入っていることを考慮しても異常なほどに化け物じみている。

 反面、剣術の技術的なことは全くできていない。

 母親が魔族軍の凄腕剣士だということは勿論、本当に母親と暮らしているのかすら疑わしい。


(まあ、最近は泣いて逃げならそれとなく剣技の色んなことを教えてやるのが楽しいから良いんだけどな……はあ!? なんでそんなんが楽しいんだ? 商売邪魔されて俺はこのクソガキのせいで大損しているのに)


「次はチェリーパイを2つください」


 コウスケが1人で葛藤する中、スカーレットはコウスケに聞かれたことを完全無視して食事を続けていた。

 ここで我に返ったコウスケは伝票に目をやる。

 書かれた金額を見て冷や汗をかいた。


「だからもう食うなつってんだろうが!」


 だが、スカーレットはコウスケを気にとめることなく、食事をやめない。

 それに腹が立ったコウスケは嫌味を言ってやることにした。


「おい、そういやお前、いつも同じ汚ねえ服きてるよな」

「それ女の子に言う事!? 最低!」

「なにが女の子だ。カマトトぶりやがって」

「アンタのせいでママは貧乏なんだから仕方ないじゃない」

「誰が言ってたんだそれ?」

「ママ」


(だったらママとやらは、なんで俺に養育の金よこせとかなんで言ってこないのかねえ)


 このママが実在するかどうか分からない。

 だが、実在しているのだとすれば自分にふりかかる不幸なことは全てコウスケのせいにしてそれをスカーレットに吹き込んでいるように感じた。



 カフェを出る。随分高くついたがそれでも途中で食うのを止めさせたおかげでいつもより少しだけ金が残っている。

 3日後には基本俸給がでるので、なんとか当面生活はできるだろう。

 コウスケは以前からずっと思っていた提案をスカーレットに伝えた。


「おい」

「なに!?」

「服買ってやらあ」

 

 スカーレットはしばらく沈黙した。その後、真っ赤にした顔を背けながら返事をする。


「……いらない」

「遠慮すんなよ」

「こ、こ……これ以上アンタに借りを作りたくないの」


 スカーレットの顔は一段と赤くなる。


「かん違いしてんじゃねえぞ。おめえみてえな汚ねえのと、歩くのが恥ずかしいだけだ」

「最悪」




 近くの服屋に入り、一通りのものを眺めたあとスカーレットは一番気に入った服を指さした。

「あれがいい」


 店内で一番身軽で動きやすい服だ。お洒落ではあった。ただ、可愛いというよりはかっこいいボーイッシュな服だった。


「散々迷った末にこれかよ」

「な、なに? なんか文句あるの?」


 服を買ってもらう嬉しさからかスカーレットの顔は服屋に入ってからずっと真っ赤だ。


「自称女の子なのに随分と色気がねえのが欲しいんだな」

「ふ、服にはそんなに興味がないのよ」



 スカーレットが指さした服と他の服の値段をいくつか比べてみる。

 どうやら店で一番値段が安いものを選んだようだ。

 先ほどカフェでコウスケに言われたことを気にしているらしい。


(いや、単純に色気より食い気優先なだけかも知んねえな)


 そんなことを考えながらコウスケは会計を終わらせて服をスカーレットに渡す。


「おらよ」

「あの……」


 真っ赤な顔で下をむきながらスカーレットはモジモジしている。


「あ? なんだ?」

「あ、あ、ありがとう……」

「へへ。かわいらしいところあるじゃねえか」

「か、勘違いしないで! アンタにお礼言うのなんてこれで最初で最後だから!」



 真っ赤な顔から大きな声を出すとスカーレットはすごい勢いでコウスケから走り去っていった。

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