1-5

 王都随一の巨大な商店街であるフラワー通り商店街。中流階級がよく利用するこの場所は買い物だけではなく、デートスポットや家族でのおでかけの場にもよく使われる。


「ハハハ」

「もう、やだあ」


 この場所で一組のカップルがデートを楽しんでいた。


「ねえ、今日なにが食べたい?」

「えーそうだねえ……」


 ウインドウショッピングを楽しんだ後は家で夕食、そんなことを考えながらカップルは楽しく歩いていた。

 そこに背後からニヤついた口調の不気味な声をかけられる。


「そんなおめえら良いもの売ってやるぞ」


 驚いて振り返る。

 そこには変な絵が描かれた卵がいっぱい入ったボロカバンを下げた男がニヤニヤしながら立っていた。


「キャッ!」

「ゲ、ゲス勇者……」



(よっしゃ獲物がかかった!)


 コウスケは考えた設定を思い出しながらしゃべり始める。


「これはな、俺と同じ勇者パーティーにいた今をときめくS級冒険者である剣聖が入るだけで焼け死ぬことで有名なフレアロック・バレーにいって倒したS級モンスター、イグニスファングドラゴンの卵だ」


 棒立ちする2人を尻目に意気揚々と話しを続ける。


「この卵、滋養強壮と精力増強にすっげえ効くのよ。今晩はこれを食って2人でハッスルすりゃ、やべえくらい楽しめること保証してやらあ!」


 カップルの男が気まずそうに口を開いた。


「鶏の卵に変な絵を描いただけじゃ……」

「はあ!? でも、なかなか出回らねえもんだからそう思うのは無理ねえか。本当なら相場で1個100万Gはくだらねえものだが1個特別に1万Gで売ってやる」


 続いてカップルの女性も口を開く。


「ほ、本当だとしてどうしてそんなに安くなるの?」

「そりゃおめえ、偉大なる勇者でパーティーリーダーであった俺様に剣聖が安く卸してくれたから……」


 カップルはドン引きしていた。

 だが、このままいけば心が折れて絶対に卵を買うとコウスケは確信していた。

 テンション高く押し切ろう。そう考えて口を開こうとしたその時、にぶい音がすると同時に後頭部に目が飛び出してしまいそうな強い衝撃が走った。


「いてえ!」


 なにごとかと思い後ろを振り向く。


「また詐欺をして! いい加減にしなさい!」


 そこには木剣をかまえたスカーレットが立っていた。


「ゲ! クソガキ! てめえまた商売の邪魔を」

「今日こそ殺してやる!」

「ひいいい……助けてくれええ」


 コウスケは情けない声をあげながら周囲を逃げまどう。

 そんな二人の姿を、カップルは呆気にとられながら、既に見慣れた街の人間は愉快そうに眺めていた。


「なんなの今の……」

「ああ、アレはこの辺りの名物だよ」


 詐欺、ゆすり、物乞いの真似、のぞき、痴漢、勤務をサボって賭博や飲酒、こういったことをしていると必ずスカーレットは木剣を持ってやってきた。

 それが出会った日から毎日続いているのだ。第三者の目から見ればきっと面白い名物に見えるに違いない。


「この」

 

 12歳の女子が打てるとは思えない連続剣撃をスカーレットは浴びせてきた。


「ぎゃあ」


 油断してその一撃をくらう。


「ひいいい」


 しかしすぐに体勢を立て直し、逃げだした。


「いい加減私に殺されろ!」


 逃げるコウスケを、スカーレットは追いかける。

 そして距離をつけると激しい連続剣撃を何度もコウスケに見舞った。


「ギャハハ! ゲス勇者、毎日娘が殺しにくるとはざまあねえな」

「日頃の行いが悪りいからだ」


 面白がって笑う通行人に、

 コウスケは剣をよけながら反論する。


「バカ野郎! 娘ってのはコイツが勝手に言ってるだけだ!」


 突きを身体を反転させてよける。


「俺には」


 上段の横振りを、身体を反って回避した。


「おぼえがねえ」


 次に足元を狙った横振りを飛び上がってよける。


「ぎゃあああ!」


 が、着地に失敗をして足をひねって転倒してしまった。



「ギャハハハハッ」

「てめえら! 笑ってんじゃねえ!」


 転倒したコウスケを多くの通行人たちは指を指して笑った。

 そんなコウスケの頭上にスカーレットは再び面を入れた。


「あべしッグフ……」

「やった!」


「ひいい……俺が悪かったあ……」


 もう逃げきれないと観念したコウスケはスカーレットに泣きつきはじめた。


「今日こそママの無念を晴らしてやる」

「命ばかりはお助けをおおお」

「覚悟!」


 そう言ってスカーレットが大きく木剣を振り上げたとき、


 ぐううううう。


 スカーレットのお腹は大きな音を鳴らした。

 腹の音がなると同時にスカーレットは木剣を背にしまい始めた。

 同時にコウスケも泣き叫ぶのをやめて立ち上がる。


「ねえ、今日はあそこのカフェのジャンボパフェが食べたい」

「あ!? あんなバカ高けえもんおごるカネなんざねえよ」

「いいじゃんケチ」

「てめえが商売の邪魔するからだろうが」

「なにが商売よ! 詐欺しようとしてたくせに!」


 コウスケを殺せるかも知れないという寸前にまで追い詰めたとき、いつもスカーレットはお腹を鳴らしてしまっていた。

 お腹がなるとスカーレットは、何故かコウスケを殺すことをその日のうちだけはあきらめるよになっていた。

 一方のコウスケもスカーレットのお腹がなったあとはいつもなにかご飯をおごってあげていた。

話し合ってルールを作ったわけではない。

自然とこれが2人の日常になっていた。

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