第7話 転移者
話を軌道に戻そうか。そう彼女は言った。
私が何者かなんぞ、私にも、そして他の誰にも分からないのだ。
だから彼女は一旦、この不可解な謎を論点から外し、私のいたアパナ聖殿のことについて教えた。
「お前の仲間たちは王都へ連行された。アパナ聖殿の不法侵入と儀式行為の所為だろう。」
「アパナ聖殿とは私がいた場所ですよね。不法侵入は理解できます。しかし、儀式行為とはいったい何ですか?」
儀式行為。その言葉を聞いた瞬間、やけに嫌な予感が脳裏をよぎった。その漠然とした恐怖は、硝子の汚れが拭き取られるように、その姿は明らかになる。
そしてその恐怖の正体は、彼女の言葉によって姿を現す。
「以前のアパナ聖殿は天使降臨の儀式場だった。」
「天使…。」
「あぁ、そうだ。600年以上も前、魔族の侵略が激しかった時代だ。その時代に魔族に対抗するために行われた儀式が天使降臨だ。神の住まう場所。神の使徒である天使を下界へと降臨させる儀式。その場所がアパナ聖殿だったんだ。」
ひたひたと恐怖の正体が私へと忍び寄る。
「しかし、神の使徒の一人が反逆した。そいつは自分を魔王だと称し、魔族を従え、人間と魔族の大規模な戦争を引き起こした。この国の初代王であるミツゲツ・ヒイロが魔王を打ち倒しこの戦争を終焉させたが、多くの国の反感を買う結果となった。だから、アパナ聖殿に侵入することも、その儀式を行うことも禁止されたんだ。」
「ということは、誰かがこの現状を引き起こしたということですか?」
「あぁ、最初はお前たちがその儀式を行ったと思っていたが…。」
彼女は続けて言う。
「しかしなぁ、降臨の儀を行うことは無理なんだよ。結界が張られて容易に侵入できないし、遺跡には強力な魔物が存在する。それを突破したとしても無理だ。」
「それは…、どうしてですか。」
私はおずおずと聞く。
「まずは膨大な魔術師が必要になるからだ。降臨の儀をやっていた当時の記録では、諸侯から莫大な魔力量をもつ魔術師を20人ほど搔き集め、その命を犠牲にようやく1~2人の転移者を降臨させていた。それほどの力をもつ魔術師を集めることは困難だろう。」
それ以上に困難なことがある。と彼女は続ける。
「降臨の儀に使用する魔法陣はもうすでに存在しないんだよ。」
魔法陣とは架空の魔法で用いられる、あの魔法陣のことか。
「アパナ聖殿にあった魔法陣な破壊され存在しない。そして、その魔法陣の詳細を知る者も存在しないと言われているんだよ。だから、お前たちがその聖殿にやってきてその儀式を行ったとしても、転移者を呼び出すことは不可能だ。」
「そんな大切なことをなぜ、私に教えてくれなかったのですか!」
「そんな大切なことだからだよ。」
彼女の瞳は、私を見据えていた。
「お前たちは容疑者だから。…そう、以前の俺はそう思っていた。」
「だから俺は思うんだ。」
私の瞳を穿つ程の強烈な視線は、これから指し示す言葉の意味をありありと伝える。その視線を浴びた私は、無機質な大理石に囲まれたような窮屈さを感じたが、それ以上に、彼女から発せられるであろうその言葉の意味を受け止めるために、
そして、私の決意を汲み取った彼女は言う…
「お前たちがその転移者じゃないのか?」
……………私が、転移者?
「そして、こうも呼ばれている。この国では英雄と、他国では…。」
化け物と…。
私が化け物だって…?
いいや、そんなはずはない。私はただの高校生で、これといった才能のない一般人。そんな私が化け物だって?信じられる訳がない!いやっ…。
信じたくない。
意思を固めたつもりであったが、それは悉く破壊される。
この先、彼女から発せられるであろう言葉が、重く厚い壁のようにしか感じられない。先が見えない暗闇のように、頭上に重くのしかかる。
「私がその転移者だっていうんですか!まさか、そんなはずは…。」
「じゃあ、お前はどうやってあの聖殿にきたんだよ。」
「それは、授業のチャイムに間に合わなくて…。えぇっと、教室が光って…。そして、目を覚ますと…。」
「つまりは、お前は別の場所にいたが、その間どうやってアパナ聖殿まで来たのか分からないんだろう?ちがうか。」
教室からアパナ聖殿に来た、その記憶が存在しない。
別の方法を考えようと模索しても、その考えは彼女によって否定される。
「あと、もう一つお前が転移者であると証明するものがある。」
「それは、なんですか…?」
「お前のその言葉、日本語だ。」
西洋風の顔立ちでありながら日本語が異様に流暢なのが前から気になっていた。そういえば初代王であるミツゲツ・ヒイロは日本人のような名前だ…。
…まさか!
「俺の喋っているこの言語は転移者から伝わった言語だ。それが徐々にこの国に浸透して、こうやってこの国の標準語になっている。それを、この国の事を何も知らないお前が、なぜこの国のみで使用されている言語を流暢に扱えるんだ?」
「…。」
否定できない。
私は俯きがちにそう沈黙するしかなかった。
「俺だって信じたくはない。300年間も起きていなかったことが、今更起きたなんてな。しかしな、今ある事実は確実に、お前がこの世界に転移させられたという事を告げているんだ。」
「そんなことって…。」
「しかし、未だ謎は多くあるがな。あれほどの数の転移者を降臨させるために必要な魔術師をどうやって収集したのか。ない筈の魔法陣をどうやって用意したのか。そもそも来られるはずのないアパナ聖殿までどうやって来たのか。」
そして、なんのために転移させたのか。
それもこれも、アパナ聖殿を調べるまでは分からないがな。
彼女はそう言う。
底知れぬ絶望が私に覆いかぶさっているようで、土の中に埋没するように、ただひたすらに、うなだだれる他なかった。そうした私の瞳の色は、風のない冬の池や沼のように淀んでいた。
「これから、私はどうなるんですか…?」
私は、これからもうどうなってもいいと思わせる程に、心は衰弱しきっていた。
「多分、お前お求めるような結果は、得られないだろう。」
「もういいんです。」
もうどうなっても…
「ドンドンドンドンドン!」
部屋に地響きのような振動が鳴る。それは、突然の来訪者を伝えるものであった。彼女もそれを予想していなかったようで、苦虫を嚙み潰したように表情は、明らかに苛立ちの色を見せていた。
「あぁ!一体何なんだよこんなときによぉ!」
その苛立ちは雷鳴の如く声を尖らせる。
明らかに苛立ちを隠さないまま、大股で風を切るように扉まで近づく。
そして、扉の前に立ち、彼女は苛立ちを鎮めるように、深い深い息を吐く。
隙間から細く、そしてゆるゆると漏れ出すように、外の冷気が流れ込んでくる。
扉は、静かに開かれた。
「…はぁ、何のようだ。」
扉には兵士がいた。
彼女の艶やかな唇が品よくそこに収まっているものの、怒り抑えるようにぷるぷると震えていた。
私は兵士を覗き見る。
しかし兵士の様子がおかしい。
「そこにいる患者に用があって参りました。」
石膏が張り付いたように顔色の悪い男が、まるで人形のようにそこに立っていた。
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