第20話 第二戦
場は術者であるアルアレの気絶により凍結こそ解除されていたものの、水浸しのままでろくに場を整えることもできていない。
順三にとっては足場が悪いままで、太一郎はこれを容赦なく利用した。
つまりは足場を、踏み込む先を確認しようとした一瞬に。
「──【
足から強烈な刺激が這いのぼり、視界が白く明滅した。
【断風】【纏捷】【渦埋】……といった須川の扱う風魔法ではない。
属性魔法でもっとも速度に優れる、雷魔法だった。完全に、風で来ると思ってしまっていた順三は度肝を抜かれる。そしてその隙に付け込まれ、無詠唱の【断風】がもろに左腕に命中した。
先の氷柱による傷が抉られ、激しく出血する。
「がぁああ!! あ、……か、はっ、」
「しばらく会ってない間に俺も成長してるってワケ。シビれるだろ? なあ? なんとか言えよホラ【迅雷】ッ!!」
太一郎の杖先が光り、青白い雷電が火花のように水面へ散って毒蛇のごとく順三の足に絡みつく。
先の戦いにより水浸しになっていたことを利しての戦法。
いや、ともすればこうなっていなかった場合は自分たちで同様の環境を生み出していたのかもしれない。そう思うほどに迷いなく隙が無い。
基礎術である【迅雷】で詠唱が必要ということはやはり、自身の長く修業した風魔法と異なって上級術は使えないのだろうが。筋肉が痙攣して行動不能になる【迅雷】を足元の水越しに受けるのでは、いよいよ厳しい。
とはいえ電撃、距離が開けば減衰するはず。
氣力を振り絞って順三は甲板を蹴りつけ、開始位置よりなお下がって決闘場の縁ギリギリへ移動した。
予想通り、ここまでくれば足元を這い上る電流はない。震える手で刀を握りなおす。
そこへ飛来するのは、慣れた無詠唱の【断風】だ。
「おお、反応が速ェ速ェ。ガキのころからコレで遊んでやったもんな? やっぱ体が覚えてるんだな~」
連続する風の刃。左右に体を振り、斬撃で弾いて相殺する。
だが、近づけない。杖を二本操る太一郎は左右の手を常にどちらか甲板へと向けており、接近すれば即座にまた【迅雷】で動きを止めてくるだろう。
単純ではあるが効果的な戦法だった。なにせ初撃で傷を抉られた順三は、出血がひどくなってきており時間経過だけで追い詰められてしまう。
「よぉ間抜けの愚弟。『選挙の三バン』って知ってるかァ?」
「……知ら、ない」
「地盤看板鞄つってな。要するに知名度と後ろ盾とカネが要るんだよ。逆に言やァ、それが揃ってりゃ選挙なんてのは開票前に八割方決まってンのさ。帝國議会の連中もみィんなそう」
【断風】の連打を止めずに語り、けれど左右の杖腕を時折入れ替えて牽制も忘れない。
軽い調子で話しているが、その話術に巻き込みつつも己の拍子は崩さない。それが、この須川太一郎という男のもっとも優れた戦闘能力と言える。
「戦も同じだ。準備が八割だ。テメエは開始位置についてから戦が始まると思ってやがるが実際は、違ェんだよ。そこについた時にゃ──もう終わってるようにすんのが、戦ってモンだ!! ハハハハハ!!」
密度と速度を増していく【断風】。
もちろん接近して撃ってくる格之進ほどの攻撃密度ではないが、しかし距離が開いている分だけ太一郎は緩急と軌道の変化を混ぜてくるのが厄介だった。
わずかに手前で
変化に富む風魔法の特質を生かしつつの切り崩しは、それ単体でも十二分に脅威と言える腕だった。だというのに、太一郎は持ち前の慎重さによって策を弄しこうして順三を嵌め殺そうとしている。
順三とはちがう方向だが、これも戦いに真剣である、と言えた。
……腕が下がる。
左腕はもう使えそうにない。
右手のみで振るうのがつらくなり、逆手に持ち替えて刃の重さに前腕と肘を添わせるような切り方に変える。だがこれもいつまでもはつづかない。
「死ね! 順三! テメエごときが俺の、邪魔を、してんじゃねェェッ!!」
太一郎に罵声を浴びせられる。
客席の人間たちの、死を見られそうだという興奮が高まっていくのがわかる。
死だ。
死が、そこまで迫っている。
あの日の、師匠のように。
「──、────」
だがそのとき、涼やかな音が耳を貫いた。
なんだろうか? このように順三に届く音というのは。
いや音ではない。
これは──
「順三様! どうか、勝って!!!!」
声援だ。
モニカの、声だ。
そうだ。
『あの日の、師匠のように』と言うならば。
いまの自分だって──
背負ってるものが、ある。
師が順三の命を背負ってくれたように。
今度は自分が、モニカの命を背負う。
「お、おおおおおおおおおぉぉ!!」
迫りくる【断風】を切り捌いて、そのときの姿勢が前のめりになった瞬間、膝を抜いて始動する。
力むのではなく脱力して重心移動を済ませてからの踏み込みであるため、初動はつかめない。太一郎もさすがに一歩目には反応できなかった。とはいえ、詠唱は始まる。
「【迅────」
二歩目は踏んだ。だが三歩目に移る前に放たれる。【未不差】で上に飛べば落雷に遭う鳥のように落とされ、まっすぐ進めば火に入る虫のように焼かれるだろう。詠唱は半分まで終えている。太一郎は順三の移動に合わせて杖を向けるだけでいい。
ならばどうする?
そのどちらでもない選択を突き付ける。
逆手に構えた刀を地に突き立てる動作を見せつけ、この足場を、
「──雷】ッッ!!」
踏まない。
けれどただ直進するのでも、ない。
柄頭を足場に飛び上がると見せかけて、順三は突き立つ刀の峰を
全力前進の踏み込みをまともに受けた刀身は、回転しながら太一郎へ迫る。
杖先から放たれた電撃と甲板の水のあいだへ割り込み、
「なっ──」
「終わりだ、太一郎」
腰から抜きざま振るった鞘で、苦し紛れに向けられた杖先をへし折り。
返す一撃で、順三は袈裟に斬る軌道を首筋に叩き込んだ。
「勝負あり!!」
順三は、膝から崩れた。
#
「てっきり【未不差】を使うのだと勘違いしてしまい、慌てました」
モニカは駆け寄って手を貸してくれながら、そう言った。
「たぶん、一度見てる以上太一郎なら【
「いまはそのことは結構です。すぐにお休みください順三様。侍従長、回復を」
「はっ」
自陣に、足を引きずるようにして戻り。壁を背にするように身を投げ出して甲板に座った順三と、モニカと侍従長。三者はもつれあうようにして身を寄せ、少しでも回復の時間を取ろうとした。
侍従長の生体魔法をかけてもらう順三だったが、怪我の程度を見る彼からは即座に告げられる。
「すべてを癒すことは困難です。左腕の傷の悪化に加え、電流で焼かれた筋肉と皮膚組織……とくに高圧で受けたのだろう足裏は、よくこれで駆け回れたものです」
「どの程度までならば、治すことかなうのですか」
モニカの問いに、言葉に詰まる。しばし時間をおいてから侍従長は「足は全力で十歩駆けるまで。腕は一度、刀を振れる程度まで。それ以上は……」と濁した。
すでに彼は額に汗して術をかけてくれている。生体魔法は、術者自身の消耗もかなり激しいようだった。アンコロールのときも、五分程度の施術のあとで疲弊しきっていたのを思い出す。
順三は目を閉じる。
──あと一戦。
それだけ持てばいい。
この場の決闘相手を退けてしまえば、もう法の上でモニカは手出しされない。
「……それでは困ります」
心中に順三が浮かべた言葉へ答えるような物言いだったので、思わず目を開く。
正面ではモニカが、順三をまっすぐに見つめていた。いやにらんでいる、と言ってもいい。
「順三様。此度の戦いで、きっと学ばれたことでしょう……政治の、政治家の力を」
「え……? あ、ああ……はい」
「あなたのわがまますら読み切って、
「はあ……」
急によくわからない話題を振られて生返事をしてしまったが、しかし、考え込む。
格之進と太一郎、それにミナリオや外務省の人間。どれもが策謀をめぐらし、戦いの前から戦いに備えていたと言える。
それを学んだ。文字通り痛感した。
……で、それが、なんなのだろう?
「
青の瞳に涙が溜まる。
ああ、と順三は理解した。
先を考えてくれているのだ。
政治の手管についても学び、より屈強になって。その上で順三が向こうの世界でも隣に居てほしいと、そう考えてくれているのだ。
では、一戦だけ持てばいいなどとは言えない。
この先も守り抜けるように。
死力を尽くしてこの身を生かさねばならない。
「……はい。ともに、参ります」
「約束ですよ」
「かならず」
順三は誓った。それでようやく、モニカは複雑そうな表情だったが、笑顔の片鱗を見せてくれた。
ふと、その背後の客席と、その向こうに見える銅鑼を確認する。
いまのところ脇に控えている者はなく、鳴る様子はなかった。
「……しかし、三戦目は早めに来ること、ないようですね」
「省庁の威信がかかる場で、破落戸と同じ手は取れないのでしょう」
「なるほど」
「それに、場の空気も変わってきております」
「?」
言われて見回すと。
意気消沈している格之進はさておき、さっきまで血に飢えた嗜虐の様相を呈していた客席が……すっかり、静まり返っていた。
否、先ほどまでと比べて静まっている、というだけなのだが。
どこか、順三への視線に先と異なるものが向けられているように感じた。
まるでそれは、谷部たちが怪人を相手にしたときのような。
自分より強き、恐れるべき者への視線。
「剣士に対する見方が……変わってきているのかもしれません」
すでに二名の魔法士を打ち破り、残すは外務省が連れてきた一名のみとなっている現状。
順三の戦いぶりに、観客たちも少しずつただの血の見世物でないと感じ始めているようだった。
この場はきちんとした命の奪いあいであり、
つまり剣士は、魔法と互角以上に戦い命を奪うに足る存在だと。認識に変化が現れ始めているようだった。
「まあ、妾は最初から存じておりましたが。いかに順三様がお強いのかを」
ちょっぴり自慢げに言うので、順三は思わず笑ってしまった。
……そうこうしているうちに、生体魔法の重ね掛けが終わる。
侍従長の見立ては正しく、たしかに左腕は一度は刀が振れる程度。足も歩くくらいは支障ない程度まで回復していた。全力の疾駆も、十歩は可能だろう。
相手次第だが十分に戦える。
「ありがとうございました、侍従長さん」
「ご武運を」
一礼する順三に同じように返して、彼は下がった。
最後の戦いに、向かわねばならない。
たっぷりと間をおいて、銅鑼が鳴った。
決闘場の枠内に順三は進み出る。迎え撃つ相手も、彼方よりきたる。
どんな相手であろうと、モニカのためにくだしてみせる……
そう考えていた順三だが、現れた人影を見て固まった。
「……え?」
立ち尽くしていたのは、陣羽織に袴の日ノ本らしい出で立ち。表情を読まれないためにか能で用いる
そこまではいい。それだけならば、なんの異様もない。
けれど彼の腰には、杖がなかった。
差してあるのは──漆塗りの鞘に納まり、菊花を模した鍔を嵌めた、
「刀……」
男が身をかがめる。面に陰が落ちる。
右足を前に、左足を引いた姿勢。
静かに両の手が、鞘と柄に伸ばされてゆく。
抜刀の構え。
知らず、吸い寄せられるように、順三も同じ構えに至っている。
魔法至上主義の現代、その世で政を動かしている一端のはずの外務省の人間たちが、なぜ剣士をここに呼んだのか。そも、なぜこんな廃刀令の世にまだ剣士がいるのか。そして、なぜこの剣士は……対峙しているだけで冷や汗がやまないほどの、凄まじい闘気を放てるのか。
疑問は無数にあった。
どれもが気にかかった。
けれど順三は挑む。
「須川順三、参る」
宣言に、小尉は返さない。
ただ気迫のみが、
審判の放った【箭火】の火花が音を立てたかどうかという機で、柄に手をかけた。
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