第19話 決闘、仕合

 対戦を告げる銅鑼どらが鳴る。審判が、この決闘に際しての取り決めを朗々と語り始めた。


「この銅鑼の音で両者、開始線へ出るように。仕合を遅延させるようなおこないは失格とするため、くれぐれも銅鑼を聴いたらすぐ前に出ること。

 銅鑼の後、決闘場の枠内に入っていたなら決着まで出ることは許されない。魔法士は杖を構えて、そうでないものは得物を抜かず、手を触れずに開始すること。開始の合図は審判である私の【箭火】だ。

 なお初戦で終わらなかった場合は場を整えるため第二戦は三十分の間を挟む。第二戦で終わらなかった際、第三戦の前も同様に時間を取る。以上、双方良いか」


 順三はうなずく。相手となるミナリオ勢、須川家、外務省班は答えないが、審判は聞こえていたと判じたらしく復唱はしなかった。


 開始位置を示され、名乗りと共に出るようにと指示がある。


 審判が前に出て、両陣営から仕合に出る者を招いた。


 初戦の相手となったのは、ミナリオからの刺客だった。


「須川順三。推して参る」


 一礼してそう告げた順三に対し、とくになにか返してくる様子はない。


 身の丈こそ順三と同程度であるが、裾を引きずるような黒の外套と、そこから連なる被り覆いフゥドが頭を隠している。


 ゆったりとした袖を重さを感じさせない速さではためかせ、突き出した骨ばった手がワンドを構えた。


 しわがれた苦味のある声で、順三を蔑んだ言葉を発する。


『刀剣……未開の蛮族らしい得物だな。どれ、ひと思いに一瞬で殺してやろう』


『……名前を名乗っては、いただけないんですか?』


 異世界との流儀のちがいかとは思ったが一応たずねてみる。すると、男は順三が異世界語を話したことに顔色を変えた。


『未開の民が我らの言語を口にするか? 不遜だぞ』


『そういわれましても』


 敵を知り己を知れば百戦危うからず。いずれ魔法とも戦うことを企図されていた阜章流の剣を研ぎ澄ますため、順三は実家の蔵から魔法書を読み漁り、またその過程で異世界語も習得していた。


 だがこれを気に入らないらしい男は、不快そうに鼻で笑って順三を杖で示した。


『なんたる屈辱。我らが祖国の誇る美しき言語が貴様らのような愚物の口より漏れるとは、おぞましいにも程がある。いますぐにその口を閉ざしてやろう……このアルアレ・ヤムドの名において』


 しかし流れで名を聞くことはできた。


 順三はひとつうなずき、腰に差した仕込み杖の柄に手を近づける。


『行きます』


『くたばれ蛮族』


 開始の合図として、審判の男が天へ【箭火】を放った。




 順三が刀を抜き放ち、バシャンと十字鍔が展開される。駆けだす。


 それと同時にすでにアルアレは魔法を放っていた。……『刀は納めた状態で開始する』という取り決めもあり、構えるまでに連撃を挟まれてしまうのは仕方がないとはいえ不利だった。 


【襲水】の連弾。


 杖先からほとばしる水の玉は数珠繋ぎと言って過言でないほど連続して放たれており、ぐるりと螺旋描く杖の軌道に乗って順三の周囲にばらまかれた。


 ヤムド。その名の通り、どうやら彼も暗殺者アンコロールと同じ流派……いや宗家なのだろう。技の位が段違いだ。


 瞬く間に水びたしになっていく甲板。動き回って近づいて斬る算段の順三に対して、まず機動力を削ぐ狙いか。


「【叉跨】!」


 出し惜しみせず、アルアレが足場を潰しきる前に加速。前の足と腕の構えを餌に、後ろ足によって想定外の方向へ跳ぶ移動術で攻める。


 ところがアルアレは順三を見ておらず、杖先が傾ぐ。


 どこへ?


 狙う先は、足元だ。


『【凍憑ジェイダ】』


 詠唱の意味を察して、即座に順三は跳躍を停止する。


 とたんに足元の水のほぼ全域が、びしりと凍結した。


 水魔法の上級術。それは水の状態変化を操る。まともな足場をすべて奪われ、順三は行く先がなくなった。


『身動き取れまい!』


 ここで続けざま、凍結していなかった一部の水が持ち上がる。【襲水アークァ飛燕イルンド】も無詠唱で使えるらしい。それも、アンコロールと異なり六つの激流だ。


 わずかにでも受けること、あるいは刀で切り伏せて近づくことも封じられた。凍結させられれば身動きも刀の振りも遅くなり、次手で確実に終わる。


 足場を奪い選択肢も奪う。


 組み立てられた戦術が、順三に牙を剥いた。


 襲い掛かる六条の水の鞭を前に……


 順三は身を沈めて突撃の姿勢をとった。


 これを破れかぶれの無鉄砲と思ったか、アルアレはにやりと笑う。


『死ね!』


 迫る三条の鞭、この隙間を潜り抜けるように跳躍。


 だが次の足場はもちろん、凍結して滑りやすい。わずかでも体勢を損ねれば残る三条が身を穿つだろう。


 そう理解しているからこそ、順三は剣を逆手に構えて振り上げた。


 放つは、第四の技。


「阜章は相手の障りとなり、障りを超える」


 阜章流────【未不差みずさし】。


 順三は飛翔した。


 驚き惑い、アルアレの【飛燕】は順三が往くはずだった虚空を薙ぐ。


 あり得ざる跳躍。


 起こり得ないはずの、高さを伴う八艘飛び。


 理由は、刀を手放したことにある。


(──水面に刃を沈めるがごとく、切っ先を垂直に地へ差し込みその刀の柄を足場に跳躍する)


 まともな足場がないとき、越えられない高さの障害に遮られたときに使う技。


 甲板に切っ先を叩き込み刀の柄頭を足場と成し、順三は真上という人体の死角を取る。


 腰から右手で抜いた鞘で、落下の勢いを乗せた一閃。


 唐竹割で頭を打ち抜かれ、アルアレは前のめりに気絶した。


「……っぐ、」


 しかし、勝ったはずの順三はうめく。


 敵もさるもの。ただでは落ちなかった。


 即座に放った杖先からの無詠唱【襲水】を【凍憑】の詠唱で凍結させることで、杖の延長に鋭い氷柱つららを構築していたのだ。


 空中ではさしもの順三にも避けきることかなわなかった。左前腕に刺さった氷柱が、どくどくと血を流させている。


「勝負あり!」


 審判が宣言した。負傷を抱えながらも、順三はアルアレに一礼して自陣へ戻る。




        #




「順三様……」


 陣に戻ると、モニカが不安そうに口許を押さえていた。


「さすがに、向こうも本気の人間を送り込んできてますね……無傷とはいきません」


 貫通しかけているのか、前腕はひどく痛む。神経をやられていなかったのが不幸中の幸いか、指は動くようだった。


 これを見て、モニカが横に呼びかける。


「すぐに手当てを。侍従長」


「心得ております」


 ステッキより杖を抜いた彼が、生体魔法により回復を試みる。緑の光が傷口を包み、じわじわと傷をふさぎ始めた。


 ところが、そこで後ろから声がかかる。


「順三。怪我の治療は時間食いそうか?」


 振り返れば、決闘場の左線前に陣取る観客の前を歩きながら近づいてくる太一郎が居た。


 軽佻浮薄が服を着て歩いているような表情で、首をかしげつつ歩む。長身に派手な羽織と長着。革の長靴ブウツ腰帯ベルトを身に纏い、腰に二本の杖を差した、見慣れた姿だった。


「……太一郎さん」


「おうおう、久々に会ったのにずいぶん他人行儀じゃねェか……イヤ、そう呼ばせるようにしたの俺だっけ? まあいいや。ともあれ、初戦で負傷か。出だし良くねェな」


「なにか、用件ですか」


「次の相手は俺だぜ。挨拶くらいしてェだろ」


 まさかの発言に、順三は目を丸くした。てっきり、格之進が敗れた以上、須川流の手の内を知る順三にはそれ以外の人間をぶつけてくると思っていたのだ。


 それが、太一郎が出張ってくるとは。予想外ではあるが、ある意味でわずかに安心する。まったく未知の相手より、幾分戦術を組み立てやすい……。


 戦い挑む者としてそう考える順三の前で、歩みを止めない太一郎はつづける。


「いやァ、俺としちゃ初戦で無傷のテメエとヤリ合いたいトコだったんだがな……大丈夫か? 傷は生体魔法で治るようだが、失血は戻らねェだろ?」


 決闘場の線際で足を止め、水浸しになった場を腕組みして眺める。それから不意に、顔をこちらに戻すと神妙な面持ちで言った。


「だからよ。ついては俺との二戦目だが──こうしよう・・・・・と思ってな」


 太一郎は右手で腰から杖を抜く。


 幼少期から染みついた反射で、とっさに避ける体勢に入ろうとする順三。だがそんな彼を見ながら苦笑して、太一郎は杖を向けた。


 己の。


 左腕に。


「警戒なんざァ必要ねェよ。対等・・にしてくってだけだ……」


 びゅぉ、と風が吹き荒れる。


 血が舞う。


 太一郎の袖が鋭く切り裂かれ、その内にある左前腕が、無詠唱の【断風】を受けて血を噴き上げていた。


「なにを……!?」


「太一郎、なにをしている!!」


 順三の声と、客席から立ち上がった格之進の絶叫が交差する。


 そんな二人を杖持つ右手を開くようにして押しとどめながら、痛みに顔をしかめる太一郎はつづけた。


「っく、く。対等、っつったろ。これで俺も血ィ抜けた。ちょうどいいだろ」


「そんな、一体どういうつもりで……」


「どうもこうもねェよ。自分テメエに負けられねェってだけだ。俺が勝ったときに言い訳されちゃ困るんだよ。怪我があったからだの腕が無事であればだの、うるっせェことチマチマ言われたくねンだ」


 腹の底から見下した声で、貌をゆがめて太一郎は言う。


 ぼとぼとと、左腕からは血が滴る。彼は鬱陶しそうに、左の二の腕へ布を巻き付け出血を押さえようとしていた。格之進は立ち上がったままでうろたえ、自分を不利にした太一郎と、憎むべき順三を交互に見ている。


「治療が終わったら上がれ。兄である俺がじきじきに、血祭にあげてやる」


 そして太一郎はきびすを返す。


「条件を対等にした」と、それだけを告げに来たのか。


 去り行く背中に、たまらなくなり。


「侍従長さん」


「はい、順三様。なんでしょう」


「兄の怪我も、治せますか」


「?! 順三様、それは」


「このまま決闘に挑ませたら、ひょっとして『自傷により、瑕疵けちがついた』と、兄はともかく須川家が決闘の前提を反故にするかもしれませんし。それになにより……すみません。俺が、あの状態の兄と戦う己を許せないと思うんです。せめて止血だけでも」


「それは……」


 侍従長はモニカを見る。


 ややあって、悩んだところもあったようだが、彼女はうなずいた。


「……順三様のおっしゃる通りにしてくださいませ。たしかに、前提を反故にされる可能性も否めませんので」


「……かしこまりました」


「すみません」


 順三は頭を下げる。


 ひとまず自身の傷は、表面に膜が張った程度だが塞がった。先に太一郎の血を止めなくては、あのままでは失血がひどい。


 順三は自陣に向かう太一郎に声をあげた。


「太一郎兄さん! 止血だけでも」


「要らねェよ」


「でも!」


「俺の選んだ対等だ」


 足を止め、振り返りながら順三をにらむ。


「文句があンのか」


「……ある。だから、無理にでも治してもらう」


 侍従長に会釈して、順三は自分の治癒を止めてもらった。そして並んで、決闘場の枠線脇にいる太一郎のもとへ向かう。


 面倒くさそうに、接近する二人を見ていた太一郎は右手で頭を掻きながらハァーとため息をついた。


「バカじゃねェのか、テメエ。まだ腕治りきってねンだろ」


「まあ、完全じゃないですけど。でもこっちの方が大事だ」


「あっそ。まったく……」


 言葉を切って、太一郎は右腕を下した。


 す、と目を細める。


 そこに。


 順三は、かつてさんざんに自分を虐げ【断風】で幾度も己を刻んできた頃の、兄の目つきを思い出した。



「お前マジでバカだな」



 負傷していると思って、警戒の外だった左腕。


 それが伸びてきて、順三の袖を引っ張った。え、と思う間もなく、順三は体勢を崩される。


 たたらを踏んで一歩。


 決闘場の枠線を、超える。


 そこで銅鑼・・が、重く低く轟いた。


「!? 二戦目は時間を置くはずでは」


 モニカが慌てる。だが場の空気が待ってくれるはずもなかった。


 銅鑼が鳴った以上、開始位置につかなければ不戦敗の烙印を押されてしまう。すでに太一郎も線を越えており、決闘場に入った以上はもう決着まで出ることが許されない。


 ちらりと見やれば、猪を思わせる大柄な男がにやにやとしながら銅鑼の横に控えていた。太一郎はそちらを見て、にやりとしている。


 はめられた。順三の治療を中断させて、決闘を不利にさせるための策だ。


「じゃあ、兄さんのその、左腕は……」


「袖ん中に豚の血袋仕込んどいただけだァな。ハッハハ、でも怒んなよ? 『仕込み』を使ってンのはお互い様、だろ~??」


 頬が裂けるような笑みを浮かべ、太一郎は袖ごと血袋をちぎり取ると客席に放り捨てた。血を浴びた観客が悲鳴をあげる。そのなかには格之進も混じっていた。この仕込みを、明らかに知らない顔だった。


「敵を騙すには味方から、ってな。親父殿の熱演の甲斐あってテメエも騙されてくれたワケだ」


「あんたは……あんたって人は!」


「なぁにナメた口利いてんだクソガキ。ぶっ殺してやるからさっさと開始位置行けよバァァカ」


 せせら笑う太一郎は、両手に杖を抜いた。


 順三も腰の刀に手を近づける。


 審判が、やむなくといった顔で杖を掲げた。


「開始!!」

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