第18話 盤外戦術


 船の上が法の及ばない領域だとて、省庁の人間がコケにされて黙っているはずもなかった。


 彼らは即座に調べ上げ、日ノ本の法が通じないとはいえ「婚姻年齢について異世界は『定めがない』のであり、『規定する法がある』わけではない」と述べてきた。


 無法は法と認めないというわけである。これで順三たちは硬直させられた。


 またそこに加えて、今度はミナリオから異世界のとある法を持ち出された。


「《決闘法》です」


「果し合いですか」


「ああ、良い言葉ですね。『果し合い』。闘い決めるより、互いに為すべきを果たし合う。戦への名づけとしてはそちらのほうが適切と感じます」


 モニカはころころと笑って言った。


 つまりは、戦って決めるという制度。異世界にはそうした制度が現存しており──あまり利用されてはいないようだが──これをして、「順三は婿にふさわしくない」と排除する動きになった様子だ。


「『王族が婚姻相手を選べる』との機構システムを悪用して、王家が自分に利する家を恣意的に選び結びつきを強めるなどをできないようにするための措置。婚姻相手がふさわしい者かどうかを、周囲が見定めるための措置。それが決闘法です」


「つまり、武力で婿の立ち位置を奪うと」


「ええ。なんでしたら、かつてはそのため専門の武力に秀でた家柄すらあったほどですよ?」


 冗談なのかわからない顔で彼女は笑う。


 ともあれ、送り込まれてくるのはそれほどの力量の使い手と見て相違ないだろう。


「裏で外務省とミナリオ……父が手を組んでいると推察されますので。父の意を汲んで故郷の手の者が来るか。はたまた日ノ本が自身らに利するようにこちらの人間を送り込んでいらっしゃるのか。そこは、定かではありませんが」


「いずれにせよ俺がその相手を倒せば、済むわけですね」


「左様です。……ではそろそろ、その後の身の振り方についてもご相談しておいた方がよい頃合いかもしれませんね」


 モニカは遠い目をする。


 さらっと言っているが、それはつまり順三の勝利を疑っていないということなので、少々こそばゆかった。


「その後ですか」


「さすがに、妾の故郷までお連れするわけには参りませんでしょう?」


「え。俺はそのつもりでしたけど……」


「え……」


「え……?」


「「ええ……??」」


 互いに固まった。


 それから順三、モニカの順番にあわてた。


「いえ、ちがうんです。本当に婿になろうとかそういう厚かましいのではなく単純にモニカさんが夢を成し遂げるまでを見たいだけで」


「いえちがうのです。順三様を遠ざけたいわけではなくむしろ共に居ていただきたいのですがさすがにお連れしたいというのはわがままだと存じただけで」


 互い、ずれたところで相手のことを思いやっているようだった。


 きょとんとして、放った言葉が染みわたってから、今度はどちらともなく笑う。


「あっはは……なんだ。そんなこと気にしてたんですか」


「ふふ……順三様こそ」


 それで、もう言葉は要らないようだった。


 二人は互いに、己の道を相手に重ねている。身の振り方をいまさら考えるまでもない。


「勝ちますよ」


「存じております」


 そして、果し合いの日が迫った。



        #



『決闘場』として向こうが示したのは甲板の上。


 もとより軍用艦であるそれは広さこそ足りていたが魔砲門カノンや諸々の戦に用いる道具が設置されていたため、まずこの撤去に時間を要した。


 そうして作り上げたのは、四方を十五間約二十七mずつに区切った空間だ。


 魔法士同士が戦うには少々手狭と言える空間だが、順三からすると踏み込むには遠く近づくには難い、そのような距離感である。もちろん、彼が剣士であり遠間の戦闘手段がないことを理解していての設定なのだろう。


 また、それに加えて。


 果し合いだというのに、相手を変え三度に及んで同日に戦うことを、順三は強いられた。


「……三回、戦わなくてはならないんですか? モニカさんの御父上の送り込んだ者と、うちの実家の送り込んだ者と、外務省の送り込んだ者と」


 この言葉に、モニカは片手でこめかみを押さえる。


「決闘法への申し込みをあえて同日とすることで、同日に三度の場を設けるように制度の隙を突いた……との見立てですね……まさかそれぞれの派閥で、それぞれに婿入り候補者を立ててくるとは」


 申し訳なさそうに目を伏せる。


 さすがにこれは、彼女の読みを上回る出来事だったらしい。


 決闘法にもとづいた順三への果し合いの申し込み。これの日付を、どうやらミナリオ・須川・外務省の三者で同日に申し込むよう仕向けたらしい。


 結果、モニカが受理するにあたって「届いた順に戦う(最初に順三に勝利した者が権利を得るためだ)」という裁定はなされたが、同日にすべての候補者と争うこととなってしまった。


 ただでさえ猛者を送り込まれてくるであろう戦いで、三連戦である。


 さしものモニカも不安げに、順三を見つめていた。


 ミナリオは狙ったわけではないだろうが、須川と外務省の送り込みはまちがいなく恣意的なものだ。


 こうした、制度の穴を利用する手管を思いつくのは……おそらくは、須川の血。格之進あるいは兄である太一郎か興次が、外務省の人間にも入れ知恵したものと思われた。


 彼ら外務省の望む結果、すなわち外交を有利にするには、順三を仕留めるため結託するのが早道だ──と。そのようにそそのかしたのだろう。


「モニカさんのご実家から送り込まれた決闘状を見てから、同日に自分たちも申し込んだ。そんなところでしょうね……とことんまで、俺を追い詰めたいんだな。あのひとたちは」


「妾が気付くべきでした。順三様に、このように苛烈な戦いを強いてしまうとは」


「いや、どうしようもなかったと思います。俺に対する実家の目は、とことんまで極まっているでしょうから」


 家の恥であり、また自分たちをここまで貶めた原因たるモニカに一矢報いたい。その意志で食い込んできたにちがいない。


 順三は肚をくくった。ことここに至っては、父と兄との確執を避ける術は存在しない。


「やるしかないのでしょう。であれば、あとはやり抜くだけです」


 宣言し、順三は助真の仕込み杖に手をかけた。




 順三たちが出向いた甲板で、歓声が上がる。


 多くの人間が、押しかけていた。決闘場を囲むように席がつくられ、押し合いへし合いしている。


 観客は、この騒動に関わる者もいればそうではない者もいる。関わりある者は外務省から須川から、この一帯の魔法士に連なる者。またはミナリオの手の者なのであろう、貴迦人たち。


 あとは近隣からやってきた、お祭り好きな連中だ。


 見れば、新聞記者なども詰め掛けており万年筆片手にくわっと目を見開いている。最前列で。


「……なんで、こんなことに」


「申し訳ありません順三様。どうやら周辺にも漏れてしまったようです」


「なにがです」


「……剣士が、魔法士に挑むということが」


 なるほど。熱狂ぶりの理由もわかるというものだ。


 どうやら順三は、そのへんの人々からすると博打の大穴というところらしい。


「今回はこの船上で、日ノ本の廃刀令も及ばない場での戦いとなりましたので。剣というものをご存じでない現代の人々が、一度拝見したいものだと押しかけてしまったようです」


「あるいは、俺が魔法でやられるところを見てみたいのでしょうね……」


「それは……その。ええ。おそらくは」


 モニカは言葉を濁したが、この熱狂はどう見ても血を求める熱狂だ。


 処刑が娯楽の時代もあったという。血のたぎりを見ることは、どの時代でもひとの愉しみであるのかもしれない。


「まあ、関係ないですよ。やることは同じです、誰が見ていようと」


 順三は腰の業物に信を重ねて手を置く。


 客席のなかに、憤怒の形相でこちらをにらむ格之進と興次を見ても。いらついた顔で外務省席からこちらを見る、太一郎の姿を見ても。


 この場の誰一人、順三に期待をせず無残に殺されることだけを愉しみにしているのだとしても。


「天にも運命さだめにも、神にも仏にも選ばれなかったとしても。俺はあなたに選んでもらったなら、それだけで戦える」


 宣言して、順三は場に挑んだ。



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