第四話 友達のバイト先に行くと真面目に仕事しすぎてて申し訳なくなるあの感じ

「(俺は何を期待しているんだ。キモすぎるだろ)」


 客がピークを迎えるスーパーにて。俺は母さんに頼まれた買物を行っていた。

目的である卵とサラダ油をカゴに入れて商品の確保は難なく終了。

あとは会計を済ましてお終い……なんだけど。


 俺はレジ近くに移動すると「桜井さんは、居ないよな?」っと、首を左右にキョロキョロと動かしながら確認してしまう。不審者すぎる。

そもそも桜井さんからバイトの業務内容を聞いていない。

レジや品出しとかの表業務をしているとは一言も聞いてないし、バックヤードで働いている可能性もある。会えるのを期待するな。


 頬をセルフ平手打ちして、みみっちい欲を払い落とす。

 そもそも最近は無人レジも導入されたし、レジでばったり……なんて平成初期の漫画じゃあるまいし。


「早く会計を済ませて帰ろう」


 有人レジは機械慣れしていない世代が並んで混雑しているし、無人レジ一択だな。

 俺は迷わず人混みが少ない機械決済のセルフレジへと移動をする。

いつもみたいにスマートフォンの電子決済で会計を終わらせて買物は完了。そう考えていたが、どうやら神は気まぐれらしい。


 店員が不在だからこそ、文字とおり無人レジと呼ばれる。しかし、その概念に足を踏み入れる店員が一人存在していた。


「おばあちゃん、ここの操作パネルをタッチしてね~」

「お嬢ちゃん、ありがとう」


 その店員さんは整った笑顔を作りながら、操作慣れしていない白髪の御婦人にセルフレジの説明をしていた。

うむ、困っている人を助けてあげて偉い。などと、俺は心の中で若者を称賛するオジサンみたいな謎のなりきりをする。

だがしかし、そんなロールプレイは簡単に吹き飛んだ。

なぜかって? その店員さんが桜井さんであったからだ。


 学校の出で立ちとは正反対で、シワのないシャツにフィットタイプのベージュパンツ。その上にエプロンを装着している。

目立つ真珠色の髪は纏めており、三角巾でしっかりと隠してある。おかげで派手さはある程度軽減されていた。


 先程までは「桜井さんと出会えるか」などと欲望にまみれていたが、いざ彼女の働いている所を目撃したら、恥ずかしい気持ちで満たされてしまう。

真面目に働いているのに、邪魔しちゃ悪いよな。


 俺は彼女の居る位置から一番遠い無人レジに向かい決済を開始する。

桜井さん、営業スマイルだったな~っと考えながら商品バーコードをスキャンしていく。しかし、ここで問題が発生した。

全ての商品をスキャニングし終えて、レジ画面に表示されたのは合計694円。スマートフォンの電子マネーの残高は600円しか残っていない。


「チャージし忘れてた」


 微妙に足りねぇ。周囲を見渡すと、気づけば他の無人レジも一杯になっていた。

今からチャージしてるとレジが詰まるし、現金決済に変更しよう。えっと、決済変更ボタンは……どこだ?


 戻るボタンの位置が分からず操作に手間取っていると、右隣から親切心と悪戯心の割合7:3な声が聞こえてくる。


「お客様、何か操作方法でお困りでしょうか〜?」


 もう、声だけで判断できますよ。声のした方向に目線を移すと、案の定桜井さんが学校でみせる種類の顔つきで俺を眺めていた。

予想は出来ていたし、ここでダベると他のお客さんに迷惑だよな。

俺は素直に助けを乞う選択をした。


「あの、現金決済に変更したいのですが」


「かしこまりました。戻るボタンは画面右下にございます」


 彼女も仕事中とのこともあり真面目に返答し、画面右下にある左矢印のアイコンに触れる。すると決済選択画面に戻った。


 これは分かりづらい。てっきり「戻る」とか「決済選択」と記載されたアイコンを想像していたので、意味が記載されていない矢印UIの不親切さを恨んでしまう。設計者を呼んでこい。


そんな文句を口に出さず飲み込んで、せっせと現金決済を完了させる。俺は感謝の意味を込めて桜井さんに軽く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「また何かございましたらお申し付け下さい。ご利用ありがとうございました」


 彼女も丁寧にお辞儀をした後、にっこりと営業スマイルを向けてくれた。

 学校とは違う雰囲気を携えた友人の姿は格好よく瞳に映る。


 少しだけ話したいな。そんな気持ちをグッと抑え、最後に一言告げた。


「あ……蒼乃、頑張れ」


「あんがと、彰人」


 桜井さんは緩んだ顔を一瞬だけみせて、その後はすぐに仕事の顔つきに戻す。

そして、俺に背を向けると、他の無人レジで操作に悪戦苦闘しているお客さんの元へと駆け寄っていった。


 頑張れ、蒼乃。


 俺は心の中で再びエールを送り、荷物をまとめてレジを後にする。

 スーパーを出ると、日は既に落ちきって、街灯が夜道を照らしてくれていた。


「よし、今度こそ帰るか」


 言語化出来ない満たされた気持ち。どことなく体が軽くて心地よい。

 俺は軽やかな足取りで家までの道を進むのであった。



 ……とまあ、そんな引きで終われば完璧だったのだけれどさ。

しばらく歩いていると、もう1つのイベントが俺の心にスパイスを加えてきたんだ。


「あれって、村上さん?」


 長い絹みたいなストレートな黒髪がなびく後ろ姿。見間違いじゃないよな。

出来すぎた偶然ではないだろう。ここは学校近くだし、部活や遊び終わりの生徒が駅まで帰宅する光景なんて珍しくもない。彼女もその一人だというだけの話だ。


 変に気にする必要もないし、俺は村上さんにフラレた身。ただの同級生は大人しく去るべきだったのだろう。

しかし、どうしても気になる人物がそこには存在していた。


「高峰くん、冗談はやめてよ~」


「冗談じゃなくて本気なんだけどね、村上さん」


 村上さんはクスクスと微笑みながら、隣に居る人物と楽しそうに会話をしていた。

 それが気になる存在。


 簡潔に状況を説明するなら、村上さんはイケメンと歩いていたのだ。

 制服は俺の通う学校とは違う。他校の生徒だろうな。


 彼氏……なんだろうか?

 真実を探りたい好奇心に敗けて、俺の帰宅は先延ばしにされるのであった。


………

……


「村上さん、楽しそうだな……」


 空は僅かに茜色を残し、等間隔に並んだ街灯が人々を等しく照らす夜の刻。

俺は村上さんと彼氏(仮)の様子を離れた位置から観察していた。

現在、二人は立ち話をしている真最中。村上さんは彼氏らしき人物と仲睦まじげに談笑をしていた。


 何で村上さんの彼氏だと断定するのかって? 二人の会話している時の表情が穏やかだったからだ。

顔見知り程度の間柄ではないと遠目でも分かるくらいにね。

それに彼氏(仮)の容姿も妄想を加速させてくれる要因なのかもしれない。


 身長は175cm以上はあるだろうか。小柄な村上さんと並ぶと大きさが際立つ。

顔の作りは整っており、輪郭は細めで美系の部類。

髪色は薄茶に染めており、ツリ目と合わさりやや威圧感があるが、目元の泣きぼくろと柔らかな笑顔が見事にバランスを保っていた。

短所にお釣りが返ってくるレベルでね。


 総称すると、彼は世間一般で言われるイケメンと呼ばれる人種であった。

俺でさえ「コイツはモテるな」と、妬ましさより称賛が先に思い浮かぶくらいである。

ゴメン、やっぱ嘘。俺もイケメンに生まれたかったです……。羨ましい。


 脳内で「だからお前影島は見た目も中身もパッとしないのだ」と指摘されそうな醜悪さが輝きを増していく。

おかげで俺の瞳に映る二人が対比的に眩しくて仕方がない。


 誰かの特別になれるわけでもないのに、俺は未練がましく村上さん達の会話に聞き耳を立てた。


「村上さん。前に遊んだときは、すぐに帰っちゃったね。もしかして、ボーリング嫌いだった?」


「ううん、違うよ高峰たかみねくん。体を動かすのは好きだよ。だけど門限があったから……」


 村上さんは申し訳なさそうに首を横に降る。


 うん……たった1会話だけで脳キャパ案件なのだけれど。


 まず、イケメンは高峰という名前だと判明。どうやら以前、村上さんと遊びに行ったらしい。羨ましいぞ。

俺なんて1年かけて彼女と何とか会話をする仲になったというのに。おかげさまでドスローペースが浮き彫りになる。消極的すぎるだろ、俺。

過去を振り返ると恋に対して悠長だった現実を突きつけられ顔が熱くなる。情けなし……。


しかし、高峰さんは俺の精神を休ませてくれない。

彼は村上さんの門限があるからという崩れぬ城塞理由に果敢にもアタックを仕掛ける。俺だったら諦めてるね。

食い下がるのは醜いもの。だが、それはクリーチャーだからこその引き際であり、イケメンには適用されない。


「じゃあ、今度は家に来ない? 村上さんの家からもそんなに遠くないし。あるいは村上さんのお家でもいいからさ。それなら門限も気にしなくていいし」


 そうきたかぁ高峰さんよぉ……。まさかの自宅デートの提案。

あまりにも大胆な策……だが村上さんの「門限」というルールをかいくぐるには最善策。


 こやつ、女慣れしておるな? 失敗したらごめんねと謝罪で済むし、成功すれば女の子を密室空間へと引きずり込める。

 顔立ちの良い男だからこそ許されるトライ&エラーだ。


 俺が女だとしたら言葉に詰まって「あ……ァ……」と何処ぞの顔無しみたいな反応しながら流れで押し切られてしまうかも。

 さて、村上さんはどう回避する? もはや二人の関係性よりも回避のやり取りを楽しんでいる自分がいた。


 村上さんは瞼を一度閉じて考える仕草をした後、手に持っていたエコバックを示すみたいに両手で持ち上げてみせた。


「ごめんね。下の妹と弟に夕飯を作ってあげないと。お父さんもお母さんも毎日、遅いから。これが門限の理由」


「う〜ん、そっかぁ。それじゃ仕方ない」


 理由を聞き、高峰さんも首筋に手を当てながら頷いた。


 おお!! 村上さんが防衛に成功したぞ!!

家族の事情を持ち出されたら、流石にどんな男でも押切るのは難しい。

無理やりにでも踏み切れば、好感度はだだ下がり必至であるからだ。


 軍配は村上さんに上がったな。そう思ったのも束の間、高峰さんは別の方面から食らいついてきた。


「ならさ、今度、料理を教えてよ。

 俺さ、いっつも料理すると焦がしちゃってさ~。

 たまには母に美味しいもんを作ってあげたいんだよね」


 ゲェ……!! ここでまさかの”料理”部分を攻めてきよった。

それに「村上さんの手料理が食べたいな」と頼まない辺りが絶妙すぎる。

まあ、それくらいなら……なんて許容してしまうギリギリの提案だ


 どうして首を縦に振ってしまいそうかって? 村上さんはここまで2度の断りをしているからだ。

1つ目は遊びに行った際、門限を理由に帰宅したこと。

2つ目は自宅デートのお誘いに家族が居るからと回避したこと。


そうなると3度目となるお願いは中々に断りづらい。なにせ相手のお誘いを尽く回避してきたからだ。

なにより母の為という人情に訴えかけるやり方と隙もなし。

故事の三顧の礼とも言うべきか。三国志で諸葛亮孔明も劉備の3度目となる訪問で心が折れたくらいである。


 それは現代でも通用するのか、村上さんは「困っちゃうなぁ……」なんて愛想笑いを浮かべていた。

これは善意が揺れ動くのも仕方がない。

だが、高峰さん的には計画通りなのだろう。彼はすかさず両手をパンっと拝むように合わせて頭を下げた。


「村上さん、お願い。次の空いている日時でいいからさ。

 母の日に手料理を振る舞いたいんだ」


「それなら、まあ……。いいかな?」


「ありがとう、村上さん!!」


 彼は日輪みたいに明るい笑顔を瞬時に作り上げ、村上さんの手を握りしめた。

一挙一動がまるで仕込まれているのではないかと錯覚してしまうほどの交渉術。

本当に母のためかぁ?っと疑ってしまうのに、彼の笑顔が怪しい匂いを吹き飛ばしてしまうのだから恐ろしい。


 そんな高峰さんの明るさを前にして、村上さんは呆れなのか自分自身の甘さに対してなのか両肩を落としてみせた。


「なんだか根負けしちゃった。今度、LINEで予定を送るね」


「ありがと~。それで何度もお願いをして申し訳ないけどさ、俺と村上さんが会っているのを秘密にしてほしいんだ。

 もちろん、学校の誰にも」


「え? なんで?」


「料理しているのを秘密にしたいんだ。昔、郊外学習の自炊で失敗してさ、同じ元中学の友人に今でもバカにされるんだ。

 村上さんの学校にも俺と同じ中学の友人が居るし、噂が広まって欲しくないというか……」


「ふふ……それなら仕方がないか。恥ずかしい想い出を掘り返されるのって気持ちよくないもんね。

 私達が会っているのも、高峰くんに料理を教えてあげるのも、秘密にしておいてあげる」


「恩に着るよ。そんじゃ、せめてものお礼に荷物を持ってあげる」


「そうやって私の家に上がり込む計画でしょ~」


「あはは~、バレたか」


「ふふ……ホントだったら、お料理教えてあげる約束は無しね」


「ごめんなさい、冗談です」


 彼は冗談混じりの顔つきで頭を軽く下げた後、村上さんのエコバックを受け取り歩きだした。

 その後に村上さんも続いていく。綺麗な黒髪を街灯に照らしながら。


 そんな二人の後ろ姿をポツンっと眺める男子高校生が一人。俺である。


「彼氏ではなかったけど、いい雰囲気だったなぁ……」


 たった数分ほどの会話。高峰さんと村上さんの表情。

これだけで「ああ、この二人は最終的に付き合うのだろうな」と漠然と考えてしまうくらいの空気感だった。

そして、俺の中で気持ちの整理がついたのか、ストンっと何かが落ちる感覚を覚える。


「そっか……。村上さん、気になる人が居たから、俺の告白を断ったんだな」


 先程のまでの高峰さんとのやり取りを観察しただけで、ある程度は察しがつく。

あの雰囲気は数日で出せる仲の良さではないからだ。

それこそ桜井さんみたいに誰とでも距離を詰められるギャル属性ならまだしもだけど。


「俺も積極的になろう」


 顔こそ高峰さんみたいにはなれないけれど、あの躊躇のない攻める姿勢は見習うべき所がある。

初恋は中学最後の1年をかけたが、結果は意中の相手に会話をする同級生の関係で終わってしまった。

次こそは……勇気をもって一歩踏み出してみようと心に誓う。


「何が次だよ。実質、すでに恋をしていますと宣言してるようなものじゃないか」


 あまりにも惚れっぽいな。そう思わずにはいられない。

 夜道に佇む俺の赤くなった頬を月明かりが照らしてくれるのであった。

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