第二話 女子にグイグイ来られてドキドキしない奴は仙人かもしれない

「最低保証のSRだけぇ……」


 ああ……頑張って溜めた無償石が溶けていく。


 夕日差し込む放課後の教室。茜色に染まる自席にて。俺はスマートフォンを片手に渋い声をひねり出していた。


 何故、辛いかって? 今やっているソシャゲのガチャで50連を回してお目当てのキャラが出てこなかったからさ。

残り引けるガチャは50連のみ。ここで諦めて引くか、それともガチャを引くべきか。

どちらの”引く”を選択するか、思考が右へ左へとシャトルランを繰り返している。

現実の辛さから逃避行のつもりだったのに、確率という事実が追い打ちをかけてくるのは勘弁してほしい。


「欲しい物は手に入らないものだなぁ……」


 スマートフォンの画面に映し出される『10連ガチャを引く』のボタンを押さずに、一言ぼやいてみせる。


 昨日は村上さんに告白……未遂のまま終わり、更にはギャルこと桜井さんに絡まれるというイベントを2つ体験した。

陰キャ人生において瞬間最大風速にも程がある。


 ある意味これも青春なのか?

 それにしては、あまりにも灰色モザイクすぎる青ハルである。


 ほら、耳をすましてごらん? 豊かな高校生活の音が聞こえてくるよ。


 グラウンドからはバッティング音と汗水混じる運動部の掛け声。

 廊下から鳴り響く名も知らぬ金管楽器の音。

 この教室だけが、くすぶった陰キャの匂いが充満している。


「俺の人生、青春度合いの色合いがモノクロ寄りすぎる……。

 せめて胸の感触だけでも知っておくべきだった」


 ”アタシのオッパイ揉む!?”


 思い出すのは昨日に告げられた、桜井さんの問題発言。

あれは、きっと夢か幻覚の類だろう。陽の光を知らない日陰者に神様が与えてくれた気まぐれなイタズラ。

今もこうしてソシャゲの爆死に苦い笑いを浮かべているだけで幸福なのだろう。


「村上さんと桜井さん。どちらも昨日あった出来事を言わなかったんだよな」


 俺は今日一日を何事もなく過ごせた。

 告白してフラレた事実。陽キャの話のネタとしては良い肴だろうに、現実は想像と真逆だったのさ。

登校してもクラスメイトは俺に視線を向けるわけでもなく、いつも通りの雑談をしていた。

つまり、桜井さんと村上さんは俺の告白に関しての内容を言いふらさなかったのだ。


二人が人の不幸を拡散する人物ではないと信じていたつもりだが、僅かでも疑惑の念を抱いたのを謝罪したい。

村上さん、桜井さん、ごめんなさい。


「おかげで、これからも独りぼっちで安心して過ごせる」


 昔から人見知りの引っ込み思案。そのスタートラインに戻っただけ。

告白なんて気合をいれなければ不可能な行為を行えたのも、きっと”尊敬”があったからだ。

それが俺の原点。いつも勇気を奮い立たせてくれたのは漫画、アニメ、ゲーム……いわゆる次元越しの英雄達だった。


「だから、村上さんに告白なんて……したのかな」


 視線をスマートフォンの画面から窓際へと移す。輝く夕日は眩しすぎて目が潰れてしまいそうだ。

 俺にとって、物語に出てくる主人公達はいつだって太陽みたいに明るい存在だった。今となっては苦しめる対象となっているけどさ。


 幼少の頃、漫画やアニメのヒーローに憧れた。

だけど、幼稚園の皆が同じく英雄志望で、心がざわついて嫌だった。「僕は特別じゃない」って認めたくなかったのかも。


 小学生に上がっても英雄への憧れは消え失せず、「僕も皆から称賛される主人公になる!!」なんて意気込んでさ。

勉強も、運動も、賢明にこなしてきたけれど、必ずクラスには秀でた本物のヒーローが存在する。

圧倒的な格差に心はボッコボコ。俺は何にもなれない凡人なのだと、現実を初めて味わった。


 中学生になる頃には、同級生達は次元越しの英雄達に尊敬の眼差しを向けなくなる。

変わりに、それぞれの分野で活躍する人生の先輩達に夢を貰うわけで。もちろん、実在している人物さ。

そして、その憧れを挑戦に変えるべく、皆がそれぞれの進路を目指して行動を始める時期でもあった。


 俺だけは努力を諦め、友達も作らず、読んだラブコメ漫画に影響されて「こんな恋をしてみてぇ」と非現実に逃避行。

 おかげで出来上がったのは、告白未遂で青春を終えた陰者である。


「あはは……これからの高校生活も孤独が充実しそうだ」


 結局、俺は主人公にはなれやしなかったというわけさ。名も与えられぬモブ以下というわけ。

 傷を癒やしてくれる存在もなく、ソシャゲの残り石を全て注ぐ気すら起きなくなった。


「そろそろ帰ろうかな……」


 昨日の出来事が強烈に印象に残っていたので、今日も何かあるかと変な期待をしてしまった。

夕方になるまで教室に残っていても、結果はガチャと同じみたい。

レアイベントの排出は終わってしまい、ノーマル……平穏な日常だけが続いていく。


 いい加減諦めよう。ため息を吐き出して、スマートフォンの電源を切ろうとした瞬間、廊下から足音が聞こえてくる。

こちらの教室に向かって来ているのは確かだ。

単純に通り抜けるだけだろうか? それとも俺が居る教室に?


 そのまま聞き耳を立てていると、足音の主は教室扉前で歩行を止める。どうやら教室に用事があったらしい。

さしずめ忘れ物とかを取りに来ただけだろう。


どうせ俺とは無縁の話。スマートフォンの画面に再び目線を移してソシャゲの残り石の数をぼんやりと眺めていると、扉の開く音が聞こえてくる。

いや……それだけなく、元気な声も同時に響いてきた。室内に充満した陰鬱な空気を吹き飛ばすくらいのね。


「あれ~、影島くんじゃん~!!」


「アッ,ドモ……」


 目立つメイクに派手な髪色。教室内に入ってきたのは桜井さんだった。

彼女は右手をヒラヒラと動かしながら挨拶をしてきたので、俺は軽く会釈を返す。

ガチャ結果は散々だったけど、現実の方でレアイベント来ちゃったよ。


 変な期待感に高鳴る心音。そんな内情なんて露知らず、桜井さんは真っ直ぐに俺の自席へ近付いて来て、前の座席に座り込む。俺の机を挟んで向かい合う形だ。

そして、彼女は机に肩肘を乗せながらニタニタと笑みを作りあげる。


 あの、そんなに見つめられると目を反らしたくなるのですが。

 それとも、俺から切り出すべき案件なのか? 俺は何とか口を開こうとしたが……


「……あ、エット……ゲホゲホッ」


 駄目でした。一日中、ろくに会話をしていなかったので喉がカラカラ。おかげで咳き込んでしまう。

いや、毎日家族以外とはまともに喋っていないけどさ。

そんな俺の様子を眺めながら、桜井さんは感情のギアを一段階上げて、大笑いの顔に切り替えた。


「あはは!! 影島くん、何を緊張しているのさ~。

 ライオンに睨まれてるわけでもないし。アタシは肉食動物かっての。ガオッ〜」


 そのまま彼女は両手の指を曲げて前に出し両爪を立て、口を開けたリアクションをする。いわゆるガオーポーズである。

 現実で……拝めるとは思わなんだ……。


 あまりの2次元的な光景に、俺は脳の処理が追いつかなくなったのか思考がショート。

 桜井さんの「お~い、だいじょうぶ?」っという声が聞こえてきて、再び現実へと意識を戻す。


「あ、大丈夫です」


「そうなん? 顔が赤いけど?」


「そういうものです」


「なんか分からんけどOK~」


 桜井さんは質問を止めてサムズアップをする。スルースキル助かります。

 ぶっちゃけ桜井さんのガオーポーズが可愛かったです……なんて伝えた所でキモがられるオチが待っている。心の内にしまっておこう。


 あれ? そういえば、なんで桜井さんは俺と話をしているんだ?

 彼女から話しかけてきたから、俺に用事があると考えて大丈夫だよね。


 俺は唾を飲み込んで喉を潤してから問いかける。


「その……桜井さんは何で教室に?」


「それな~。実はさ、今日バイトがあってね。

 17時からなんだけど、暇でしょうがないってかさ」


「えっと、バイト先って近いの?」


「ゲキヤバってくらいに近いよ~。ここから徒歩10分くらいにスーパーがあるっしょ? そこがアタシのバイト先~」


「な、なるほど……」


 そのスーパーなら俺でも知っている。よく母から学校の帰宅ついでに買い物を頼まれるので利用頻度は高い。

 確かに学校最寄りの駅で暇を潰した後に、スーパーへ戻るには距離が遠すぎるし、学校で適当に時間を潰すのが楽なのかもしれない。


 桜井さんはわざとらしく眉間にシワを寄せながら唸ってみせた。


「バイトの時間までダチと過ごすとさ、つい話し込んじゃうから遅刻しそうになるのよ~。駅前だとバイト先からも遠いしさ。

 だから、バイト時間まで空き教室で過ごしてるってわけ。一人でね。

 今日もいつもみたいに教室で過ごそ~なんて思ってたら、なんとビックリ。影島くんが教室に居たってわけよ。

 やっぱ誰かと話してないと暇すぎて死ぬわ。助かった~」


 桜井さんはお腹を抱えてケタケタと笑い声をあげる。

俺は貴方と会話しているだけで緊張で死にそうですけどね。

感性の違いに水と油を連想していると、彼女は急に真剣な表情になり、俺の瞳を真っ直ぐ見つめてきた。


「それに影島くんには謝りたかったしね」


「えっと……」


 困った。彼女に何かされた記憶がない。まさか「オッパイ揉ませてあげられなくてゴメンね」の謝罪でもあるまいし。

 俺は首筋に手を回して原因について思い出を辿っていると、桜井さんも釣られて暗い表情になってしまう。


「あ~ゴメンね。変に困らせちゃって。

 謝りたかった内容ってのは、昨日の階段での話」


「……んん?」


 やはりオッパイ揉ませてあげる発言についてですか!?っという言葉が喉まで出かけて、ギリギリで飲み込む。

 違う。違うでしょ? おそらく村上さんに告白した方の話だよね。


 俺の表情はさぞかし複雑さと僅かな煩悩を携えていたのだろう。

 桜井さんも察したのか、顔を赤らめながら両拳を作りブンブンと振って否定する。


「違っ!! オッパイについてじゃなくて!!」


「変な考えをしてごめんなさい……」


「あ~、アタシが謝るつもりだったのに、影島くんに頭下げさせちゃったじゃん。こっちこそゴメン。

 その……ハルカっちにフラレた話。それについて謝りたかったの」


「桜井さんが……謝る必要って?」


 改めて思い返してみても、彼女が謝罪をする必要が見当たらない。なんかしたっけ?

 そんな俺の顔つきから桜井さんは気持ちを読み取ったのか説明をしてくれる。


「昨日、階段の踊り場で影島くんを引き止めたでしょ?

 あの時は”影島くん、随分と酷い顔しているな~”なんて軽い気持ちだったんだよね。

 なんとな~く、気になって呼び止めたら、その……口をパクパクさせて驚いた顔をするものだから」


「笑ってしまったと?」


「ほんとゴメン!!」


 桜井さんは頭を下げて謝罪をしてみせた。

 そういえば桜井さんは言っていたな。”落ち込んでるのに気づかないで、笑っちゃって嫌なやつじゃん、アタシ”っと。


 そもそも俺が可笑しなリアクションをした時、桜井さんは失恋の話は知らなかったはず。

それに、俺自身は怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。

彼女が事態を深刻に捉えて、謝罪を述べてくれるのは不思議な気分だ。


「桜井さん。俺は気にしてないよ」


「ん……。でもさ、失恋した時ってキツイっしょ?

 それなのに笑いものにされたら、更に辛いっていうかさ……」


「なるほど……」


 桜井さんは心の底から申し訳なさそうな表情を向けてくる。やはり俺とは感性が違うな……と実感してしまう。


 彼女にとって恋愛というカテゴリは、それだけ繊細に取り扱わなければならないのだろう。

相手の恋が成就すれば自分の恋愛みたいに喜び、失恋すれば同じ痛みを共有する。

そういったコミュニティで育ってきたからこそ、失恋した者を笑ったのは重たい罪なのだ。


 なんで一般人の恋愛観について想像できるかって? 大学生の姉から教わった……という名の一方的な愚痴で聞いたからだ。信憑性は薄いけどな。


 まあ、それでも俺にとって今回の失恋は「フラレた!! この恋はお終い!!」程度の軽い扱いなのだけれどね。

 昨日、涙を流してスッキリしたので、悲しみは殆ど無いに等しい。残っているのは未練くらいだろう。


 すると、どうしたものか……。

俺が言葉だけで平気と伝えても、桜井さん自身は納得しないだろうし。

自分としても彼女が優しくしてくれた手前、心にわだかまりを残してほしくはない。

しかし、これといった妙案が浮かばないのも事実。


 俺が思い悩んでいると、桜井さんが両手をパンっと叩いて提案をしてくれる。


「そうだ!! 影島くん、勝負しない?」


「すみません、殴り合いはちょっと……」


「あはは、アタシはゴリラかっての。

 そうじゃなくてね。勝負ってのはさ、アタシが友だちと仲良くなる為にやる遊びみたいなもん。

 ジャンル問わず、何か勝敗がつく勝負を行って、敗けた方が勝てた方の願いを叶えてあげるってやつ」


「つまり賭け事みたいな?」


「そんなかんじ。勝負を通して相手を知って、交流を深めるのが目的。

 あ、もちろんだけど、勝者の望みは無理の無い範囲でね」


 一瞬、「勝ったらその体を好きにさせてもらおうか、ゲヘヘ……」っと脳裏に浮かんでしまった。誰か俺を殺してくれ。

 俺は煩悩を振り払ってから、確認をする。


「桜井さん。勝負をする意図は?」


「あえて言うならアタシのエゴかな。

 影島くんは失恋について気にしてないって言ってたけど、アタシ自身が失恋した人を笑ったのを許せないんだ。

 だから、影島くんと仲良くなって、君を知れば、本当に大丈夫って分かるかな~って思ったの。

 なんかワガママでゴメンね」


「いや……寧ろ、安心したかな」


 桜井さんと出会ってから二日目。短い期間で相手の性格も知らないのに優しくされる方が不気味である。

彼女なりの自己満足が理由だとしたら、逆に信頼できるというものだ。

それに、俺としてはギャルと放課後に過ごせるなんて、物語の世界みたいでワクワクするし。

こんなチャンスを棒に振るわけにもいくまい。


 俺が了承の意味を込めて深く頷くと、桜井さんの沈んでいた顔つきに明るさが再び戻る。


「ありがとう、影島くん。そうなると、あとは勝負内容だね」


「普段はどんな勝負をしているの?」


「う~ん。コインの裏表当てとか、明日の天気予想とかかな~。なるべく平等なやつね」


 意外と考えているのだと感心してしまう。

まあ、これでスポーツとかの体動かす系を提案されてきたら、それこそ却下案件だけど。

あれだな。格ゲーで初心者相手に経験者が一方的にボコすみたいな現象と同じだ。相手と仲良くなるどころか絶交へのルート一直線。


 となると、運の比率が高い勝負にするのが好ましい。

 それこそ、ガチャみたいな運ゲーとかがいいだろうな。


 ……。


「そうだ、ガチャだ」


「ん? 影島くん、何か思いついたん?」


 俺は自身のスマートフォンを机に置き、とある画面を表示する。

 『10連ガチャを引く』

 そんな表示がされていた。


「影島くん。これってソシャゲのガチャ?」


「うん、当たり。それより、桜井さんもゲームするの?」


「ううん、やってない。ダチ友達がプレイしてるから知ってるかんじかな〜。

 あれっしょ? ガチャガチャ引いて、目当てのキャラとか出たら当たりって扱い」


「そういうこと。ここに今、石が……つまりガチャを50回引ける状態にある。

 これでSSRの当たりが出るか出ないかを賭けるってのはどう?」


「お~、それっぽいし」


 元々、ガチャを引くべきか悩んでいたが、こうして桜井さんと喋れているのはツキが周ってきている証拠。

調子づいている今だからこそ、SSRが来るのではないかというオカルト兼ジャンキーじみた提案だった。

しかし、桜井さんは俺の思惑なんて知らず、あっさりと承諾をしてくれた。


「勝負はそれでいいよ~。

 そんで影島くん。当たるのと外すの、どちらに賭けるの?」


「桜井さんが選んでいいよ」


「いいの? でも、アタシってソシャゲについてよく分かんないんだよね~。

 そのエスエスアール?ってのが当たりだよね。どんくらいの確率でくるの? 30%くらい?」


「1%だよ」


「はぁ!? え、低っ……。どうりでダチが当たらね~って、叫ぶわけだ」


 桜井さんは口元抑えながら「怖っ〜」と気持ちの良いリアクションを返してくれる。

そうだよね~。一般人の感覚からしてみれば排出率1%は狂気の世界だろう。こうして考えるとエグい低さだなぁ……。


 10連課金をすると3000円ほどなので、50連は1万5千円相当の価値。

 桜井さんに伝えたらどんな反応をしてくれるだろうか? 気にはなるが勝負どころではなくなるので真実は喉元に留めておこう。


「桜井さん。確率は伝えたし、当たるか外れるか。どちらにする? もちろん、外れるのが確率として高いけど」


 おそらく「外れる」に賭けるのが安牌だろう。俺だってそうするよ。

しかし、桜井さんは肩を揺らしながら、ゆっくりと口角を上げて宣言してみせる。


「当たるに賭けるっしょ!!」


「え……? いいの? さっきも言ったけど、当たる確率1%だよ」


「大マジだし。だって、可能性が低いのに賭けたら楽しいっしょ?」


 悪戯っぽく微笑む桜井さんをみて、俺の心が、ざわっ……ざわっ……っと高鳴るのを感じる。

 このギャル……圧倒的ッ!! 圧倒的なギャンブラー気質!!


 おそらく彼女的には「盛り上がればいいっしょ!!」的なノリなのだけれど、

 俺目線ではギャンブル漫画の登場人物にしか見えなくなる。おかげさまで気分が高揚してきた。


「ククク……。ならば、俺は”ハズレ”に賭けよう」


 笑いを抑えようとしたら、それっぽい言葉遣いになってしまった。あのアゴとハナが長い絵柄の特徴的な漫画のキャラみたいな。


そんな元ネタなどミリ知らずな桜井さんは「影島くん、テンション上がってきた?」と心底嬉しそうな顔つきになる。

なんだか少しだけ恥ずかしい。ソシャゲについて語る時、饒舌になっていたからだろうか。

だが、おかげさまで空気も温まってきた。勝負開始を合図するように桜井さんが人差し指をピンっと立てる。


「そんじゃ、さっそくガチャを回すっしょ。

 でも、これって影島くんがやっているゲームだから、アタシが回すのは変か」


「遠慮せずに桜井さんが回していいよ。寧ろ、物欲が無いくらいが丁度いいくらいだし」


「なんかダチと同じ発言すんね~」


 どうやら桜井さんの友だちも物欲センサーを信じている同類だったらしい。

 だって無欲な時ほど当たりが出やすいんだもの。信仰だってするさ。


 方や桜井さんは気にする様子もなく、『10連ガチャを引く』のボタンへ指を伸ばす。


「影島くん。回すよ~」


 俺が無言で頷くと、彼女はスマートフォンの画面をタップする。

まずは始めの10連ガチャ。軽快なBGMと共にキャラクターシルエット10体分並び立つムービーが始まる。

この段階では結果が分からないが、演出としてキャラの背景が虹色に変化すると、SSRの排出が確定という仕様だ。

流石に初っ端からSSRは来ないだろうけどな。


 そんな考えを巡らせながら苦笑まじりに画面を眺めていると、10キャラ分の背景が変化する。どうせSR確定の金色でしょ?

 なんて経過を見つめていると……。


 1体目の背景が虹色に輝く。6体目も虹色に。レア以上確定の10体目も虹色に変化する。

 ちょっと待って?


「はぁ!?」


 SSR3体確定の演出に、俺は思わず椅子から立ち上がってしまう。

 せいぜい1枚だけだと思ったのに。


「うおっ? どうしたん、影島くん?

 アタシ、何かやっちゃったん」


「あ、ごめんなさい……。桜井さんは心配する必要ないよ。大丈夫だから」


 俺の驚愕声に桜井さんは目をパチクリとさせる。それが普通の反応だと思う。

逆に、俺の内心は沸き立つ熔岩みたいに熱くなっていた。

1%の確率を3回も引き当てる奇跡を目の当たりにしたのだから仕方ないだろう。

陰キャにとっては美味しいスイーツよりも映える現象。よもやTwitterで羨ましがられる側にまわるとは思ってもみなかった。


「すげぇや……」


 体に力が抜け、椅子へと腰が吸いこまれていく。

スマートフォンの画面はムービーが終わり、ガチャ結果が映し出されていた。

演出通りSSR3枚。うち1枚はピックアップ中の欲しかったキャラである。無欲って凄い……。


 とんでもない結果に俺が呆けていると、桜井さんは状況が飲み込めないのか震えた声を漏らす。


「えっと……。これって当たるとマズかった感じ?」


「あ、ゴメン。放心しちゃうくらいの大当たり。本当に凄いやつ」


「マジ?」


「大マジです」


 首を縦にコクリコクリと数回動かし頷いてみせると、彼女の曇りがかった顔色がみるみると太陽が差したみたいに光が灯る。


「よっしゃぁ!! じゃあ、喜んじゃうし~~!!

 それにSSRって出てるから勝負もアタシの勝ちっしょ。イエーイ!!」


 桜井さんは両腕を上げてバンザイをしながら、今日一番の笑い声を室内に響かせる。

 よく知らないソシャゲのガチャ結果なのに楽しそうだな〜。おかげで俺も釣られて頬を緩ませてしまった。


「お〜? 影島くんもいい顔で笑えるじゃん」


「あ……」


 ヤバイ、笑ってしまった。キモくなかったよな?

俺は咄嗟に口元を抑えると、桜井さんは「照れない〜照れない〜」と白い歯を見え隠れさせながら伝えてくれる。


少なくとも、彼女的には俺の笑みは良い形で瞳に映ったみたいだ。

俺はホッと安心して笑顔を崩すと、桜井さんはニタニタと悪ガキみたいな顔を向けてくる。


「さてと……。アタシが勝ったし、願い事は何にしよっかな〜」


 そうだ……SSR3枚ぶっこ抜きの衝撃で忘れていたが、これは勝負だった。

当たりを引き当てた桜井さんの勝利。敗者は大人しく言う事を聞かなければならない。

さあ、桜井さん。貴方は何を願う。俺は覚悟が出来ているぞ。


 俺は自分のリュックから財布を取り出すと、桜井さんはツボに入ったのか腹を抱えて体を震えさせる。


「あはは!! アタシは昭和のヤンキーか。

 お金なんて取らないよ。金銭関係はトラブりやすいからね〜」


「いや、飲食の奢る系を想像してたのだけど……」


「あ〜、そっちか。でも、今はお腹空いてないからいいかな。それに願い事は決まってるしね」


 どうやら先程悩んでいたのはフリだったらしい。

 そのまま彼女は「そんじゃ、影島くんにしてもらいたい願いを発表しま〜す」と軽い口調で俺に告げてきた。



「アタシと友達になって下さい」



 ……ん? 



 んん……!?



「ほぁ!?」


 あまりにも予想外の展開に俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 いやいや……なんでぇ!? 今までの会話で俺と友だちになりたい要素がどこにあったかなぁ!?


 慌てふためく俺の顔が可笑しかったのか、桜井さんは机を数回ほど軽く叩きながら愉快な感情を作りだす。


「ははは!! 影島くん、びっくりするくらい驚くね。アタシ、変な提案をしたつもりじゃないけど」


「あ、いや……」


 俺は次に出すべき単語が思いつかず、下唇を噛み締めてしまう。

桜井さんの言う通り、友だちになって下さいなんて提案は、陽キャにとっては普通なのかもしれない。

単純に俺が友という概念に対して、無駄に意識を高く持ちすぎているだけだ。


 目の前で首をかしげている彼女。クラスでは誰とでも話しているのをよく目にする。

いわゆる友だちを作るのに零距離で詰め寄ってくるタイプ。俺とは真逆である。

そんな俺の思考を読み取ったみたいに、桜井さんは両人差し指を頬に当てながら答えてくれる。


「そんな硬い顔するなし~。アタシが誰かを騙せる人に見える?」


「いえ……全く見えません」


 というか、これで桜井さんが俺をおちょくる為に嘘を吐いていたとしたら、10年くらいは人間不信になりそうだ。

そう思えるのは、眼前で裏表のない喜びを常に浮かべる彼女を信じたいと思っているからなのかも。


 少し話しただけでコレである。我ながらチョロくてキモいな。

 そんな暗い思想とは真逆に、桜井さんはよく通る声で高々と宣言をする。


「アタシの目標はクラスメイト全員とダチになる!!って感じ。

 だから、あんまし深い意味とかないよ~。色んな人と仲良くすると楽しいかなって思い付き100パーで動いてるだけだし」


「あ、そうすか……」


 どことなく安心したような、ちょっと残念な気持ちなような。

何となくだけど、桜井さんの行動にも理由があって、今日の交流に繋がっているのだと実感した。


 昨日、階段の踊り場で俺に話しかけたのも「クラスメイト全員と友だちになる」という目標を達成するために行ったのだと考えれば自然だしね。

まあ……俺が失恋した直後に声をかけたのは事故みたいなものだけど。


 これで陰キャに話しかけるギャルの真実も判明。

 俺は短い息を吐き出すと、桜井さんは握手を求める形で右手を差し出してきた。


「そんで、影島くん。アタシと友だちになってくれる?」


「勝負で敗けたしね。俺には断る権利は無いよ」


 俺は右手に付着した汗をハンカチで拭いてから、桜井さんの手を握りしめる。


「あはは、影島くんの手。湿ってるし」


「ごめん……」


 拘束力のない契約は呆気なく終了する。

 お互いに手を離すと、桜井さんは自身の両指を絡めて上へと向けながら背伸びをした。


「んん~、だいぶ時間も潰せたっしょ。

 そんじゃ、アタシはバイトがあっから出ようかな」


 気づけば夕日は沈まりかけ、空が黒色に染まりつつある。

 そういえば、桜井さんはバイトがあるって言ってたな。

 教室の壁掛け時計に目線を移すと短針が17時前を示していた。


 彼女はリュックを背負い、足早に教室入り口扉前まで向かっていく。

そして、扉に手をかける瞬間、首だけを俺の方へと向けた。


「影島くん。また放課後の時間、暇つぶしに付き合ってよ。

 バイトは月、水、金にあるからさ~」


「あ、うん」


「言質とったかんね~。そんじゃ、また2日後~」


 俺の返事に桜井さんは満足げに頷いて「バイバイ~」と手を振りながら教室扉を開いて姿を消す。

しまった……サラッと言うものだから思わず了承してしまった。それに、次の約束まで。

そんな俺の感情と連動しているのか、胸の辺りが忙しなく振動して肌が揺れてしまう。体が熱い……。


 白ワイシャツの胸元あたりを掴んで体温を確認していると、教室に向かってくる足音が再び聞こえてくる。

 今度は一体、誰だ?っと開きっぱなしの扉を睨んでいると、桜井さんが顔を覗かせた。


「やっば~。扉、開けっぱだったし~」


「戻ってきた……」


 教室扉の閉じ直しを気にするギャル。育ちがよすぎる。

彼女は扉を途中まで閉じかけて手を止めて、そのまま顔だけを出してきた。

あれだ、映画シャイニングのポスターみたいな。


「影島くん。1つ伝え忘れてた~」


「な、なんですか?」


「ゲームについて話してる時の影島くん。すんごく良い顔だったよ~。

 好きな気持ちが伝わってきて、アタシまで楽しかったし」


「……っ!!」


 桜井さんの言葉に俺の頬に熱さが一瞬にして駆け抜ける。

それは一体、どんな表情だったのでしょうか? 鏡が無いので知る術はないのがもどかしい。


 ああ、くそ。恥ずかしいな……。今だって、きっと顔が真っ赤なんだろうな。

 現在、俺はどんな顔をしているのだろうか?

 どんな表情かは分からないまま、桜井さんはニコニコとした笑みで告げてくれる。


「恥ずかしがんなし~。友だちを知りたいって思うのは普通っしょ?」


 その言葉を教室に残し、彼女は扉を閉じて今度こそ姿を消す。

扉越しから聞こえてくる足音はどんどんと離れていき、その音が再び戻ってくることはなかった。

取り残されたのは太陽の光を満遍なく浴びた陰キャの体だけ。


 俺は両手で顔を伏せながら欲情した猫みたいな声を響かせた。


「あ~、あ~~!!」


 昨日、フラレたばかりなのに、今日一日で簡単に心が持ち直している自分が気持ち悪くて仕方がない。

あくまで桜井さんは暇つぶし程度で話しただけ。そこに特別な感情なんて何処にもない。

脳みそでは分かりきっている。だけど、いつまで経っても俺の体温は上昇を続けている。


 自惚れるな。そんなのだからキモいんだろうが。もっと自己を否定しろよ、俺。


 何度も、何度も、心に訴えかけるが、心の片隅では桜井さんとの”次”を楽しみにしている自分が居た。

今日は水曜日。桜井さんと話せるのは2日後の金曜日。

日はすっかりと落ちていたのに、俺の熱は未だに冷める気配が訪れないのであった。

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