陰キャな俺にギャルが「オッパイ揉ましてあげる」と提案してきて、いつの間にか童貞を奪われていた話

ジェネビーバー

第一話 いきなり「オッパイ揉む?」と言われたら性欲よりも驚愕が勝るよね

「俺とつきあ……」

「ごめんなさい!!」


 春うららかな4月の風と雲ひとつない快晴日。少し暑い日が差し込む放課後の時間帯は、学園の屋上で告白するには持って来いのシチュエーション。

高校生ならば誰しもが憧れる夢の光景だろう。だがしかし、俺の人生で初めての告白は最後まで言えず仕舞いのまま終わりを迎える。


 眼前では同級生の村上ハルカが深々とお辞儀をしていた。俺が告白未遂を行った相手である。

彼女は頭を下げているせいか、ストレートロングヘアーな黒髪が重力に従い垂れ落ちたままで顔色を伺うのは難しそう。

いや、万が一顔が見えた所で「陰キャに告られたキモっ!!」みたいな渋顔をされていたら傷に塩のオーバーキルだけどさ。

想像するのを止めよう。考えたら死にたくなってきた。


 このまま村上さんの頭部を眺めていた所で失恋の事実は覆らない。気持ちを切り替えないと。

 俺は深呼吸を一度して、「ありがとう」の一言を告げようと村上さんに声をかける。


「あの……」

「さようなら!!」


 二度目の言葉もカッティングされた。せめて喋らせて……。


 村上さんは別れの言葉を一方的に伝えて、俺に背を向けて走り出す。

彼女を呼び止める単語は出てこず、その腰まで伸びる艶やかな黒髪が揺れるのを呆然と眺めるしか出来なかった。


 そのまま村上さんは校内へと続く扉を開いて姿を消して、俺だけが屋上で一人ぼっちになる。

 ポツンと残るのは失恋の味のみ。無味無臭だけれど、しっかりと味わねば。


「中学生の頃からの初恋が終わった……」


 腰に手を当てながら天を仰ぐ。空は青いなぁ……。


「あはは……甘酸っぱさより、胃が痛むな」


 お腹が内部から刺されているみたいで痛いな。

 人生で初めての告白でドキドキしてたのにさ、よもや最後まで言えずに終わるとは驚きだ。

「アンタと同じ空間に居たくない」レベルじゃないと言葉を遮らないよな、普通は……。


「やっぱり無茶だったよね。ゲームみたいに好感度が見えたら楽なのにな~」


 ところがどっこい、ここは現実。

恋愛ADVの如く画面に浮かんだ3つの選択肢を選ぶだけで好感度が上がり恋人関係になれるのなら、全人類は強者男性となろう。


だがしかし、好感度が可視化された能力を世の男性諸君が持ってみろ? 味を占めるのはコミュ強のみだ。

おおよそヴィレッジヴァンガードの前でたむろしているナンパヤリチン共の成功率が加速するだけである。

つまるところ、話しかける勇気が無ければ好感度はゼロのままなのだ。


「一目惚れとはいえ、いきなり告白するか?」


 下手なラブコメも裸足で逃げ出す禁忌な行動力に苦笑する。


 ちょうど一年前、中学3年のクラス替え。

割り振りされた新しいクラスで、俺は座席表に従って着席し、スマートフォンを眺めていた。


 教室内ではクラスメイト達の騒がしい声が嫌でも耳に入ってくる。

友達と離れ離れになって悲しいだとか、「あ、〇〇も同じクラスだったんだ」等のセリフ群は、青春コンプレックスを携えた俺にはTwitterDMのママ活案内くらいの価値観でしかなかった。


暇をつぶせるのは顔の見えない相手のみ。

スマホを片手に140文字で吐き出される同士達の呟きTwitterを指先1つで接種する方が性に合う。


 上から下へと流れる文字群と拮抗するほどの騒がしい教室。

耳に突入してくるアオハル単語に耳を防ぎたくなる。

理由なんて分かりきっているけどさ。クラスメイトの明るい雰囲気が、友達すら禄に作れない俺へ現実を見せつけてくるからだ。


 誰かに話しかける勇気もなく、逃げる先はインターネットの世界だけ。

そんな惨めさに包まれながらスマートフォンの操作を続けていく。

すると、自席の右隣を通り抜けた女子が俺と体を当ててしまう。その衝撃で俺の手からスマホが抜け、地面へと落ちてしまった。


 幸先が悪いな……。


 床に着地した我が愛機を拾おうと手を伸ばすと、「あ、ごめんね!!」っと、その娘は俺より早く身をかがめてスマホを拾い上げてくれた。


 まるでアニメキャラみたいな耳に残る優しい声色。

黒髪は絹みたいに繊細で真っ直ぐで、2次元みたいだと息を飲んでしまうほど。

そんな容姿に見惚れたまま絶句していると、彼女は立ち上がり俺にスマートフォンを差し出してくれた。


「はい、影島かげしまくん。ごめんね」


 スマートフォンが乗る柔らかな女子の手。

長い黒髪から顔を覗かせてきた幼さが残る笑顔は、どの映画を観た時よりも鼓動を跳ね上げさせてくれた。

作り物じゃない、本物の高鳴り。


 それが、村上ハルカとの出会い。

 俺こと、影島 彰人あきひと、人生で初めての恋であった。


 その後は、彼女と話す為に勇気を出す生活が始まった。

朝早く登校して、その後に教室へ入ってきた村上さんに「おはよう」と挨拶をした。

すると彼女はニッコリと微笑んで「おはよう」と応えてくれるのだ。

それだけで幸福感に包まれるくらいだから単純な男である。

仕方ないだろう。今まで恋どころか友達も居なかったのだから。


 それから徐々に村上さんと会話をする機会を増やしていった。

廊下ですれ違った時は簡単な雑談をした。

朝早く登校して運良く教室で二人だけになった時は、他愛のない話をして盛り上がったのは良い想い出だ。


 中学をぼっちで過ごしてきた俺にしては目覚ましい成長だったと思う。

恋の力って凄いなとバカみたいな思考を抱くくらいにね。


 だが、村上さんにとっては俺の存在なんてクラスメイトの一人にすぎなかったのだろう。

彼女は誰に対しても笑顔で接してくれる、いわゆる優しい人だったのだ。

だからこそ、告白する勇気は沸かず、友達とも言えない微妙な関係のまま中学を卒業。

幸い、高校は同じだったので、そこで頑張ればいいや……なんて甘い思考回路になっていた。


 え? じゃあ何で入学してから間もない4月後半でいきなり村上さんに告白したかって? それは前の日に遡るわけでして。


 俺は昨日、寝る前に日課であるtwitterのTLを眺めていた。

ソシャゲのガチャ更新情報やら、リツイートで回ってきた面白いネタや神絵師の投稿にいいねをしたりなど、暇を潰していたのさ。


 今日も平穏で不変。そんな風にぼんやりと考えていたら、とあるツイートが目に入ったのさ。

 それは同年代の相互フォロワーさんが「童貞捨てました〜」なんていう投稿。


 はいはい、ウソツイートね〜、なんて思ってたけど、彼が包み隠さず彼女との体験談を語り始めた物だから疑惑の念は見事に消え去った。

童貞が嘘をついてまで語る虚偽体験など惨め以外の何物でもないのだから。

その発言が本物の情報だと分かるのも、アニメやゲーム好きの同士だからこそである。


 まあ、羨ましかったよね。俺は顔の見えない相手に対して劣等感や嫉妬、焦りが沸き起こり、冷静さを失った。

同時に、ふと脳裏によぎったのは村上さんの顔。

彼女だって早いうちに彼氏を作り……その手の行為だってするはず。

それを思い浮かべてしまい、「俺も何か行動をしないと!!」なんて短絡的な行動に移してしまったのだ。


そして、過程をふっ飛ばした告白を実行して今に至る。

身の丈に合わせて、画面越しに恋をしていれば良かったのにね……。


 初恋の回想が終わり、失恋の感情が訪れたのか目頭が熱くなる。


「あ~涙と鼻水が出てくる」


 セーブ&ロードが出来ない人生の悲しさなのか、振られた辛さなのか。荒ぶる感情。春が鼻を刺激する。


「クシュン……」


 いや、花粉だコレ!! ぴえん じゃなくて鼻炎だ。

 悲しんでいる場合じゃねぇよ。どうりで日光浴日和なのに屋上は誰一人として居ないわけだ。


 俺は脚に力を入れて、校内へとダッシュする。花粉塗れる空気を切り裂きながら駆け抜けて、扉まで無事到達。

やや錆びついた重苦しい扉を開いて中へと避難し、安堵の息を漏らす。

外はマスク無しでは生きられない厳しい世界だった。

まあ、内部も変わらない苦しさが待っているけどね。


「教室に戻ろう。現実が待っている」


 眼下に広がる校舎へと続く階段。ここを降りれば元通りの陰キャ生活だ。

しかし、最初の一歩目が踏み出せない。何故なら、俺の平穏を脅かす存在を認識してしまったからだ。


 屋上から3階へと続く階段の踊り場。

一人の女生徒が壁にもたれかかりながら、仏頂面でスマートフォンを操作している。

眉間にシワを寄せ、目を細め、「話しかけたら○す」というオーラが半端ない。怖ぇ……。


 いや、恐れ慄く理由は別にあるけれど。原因は女生徒の見た目にある。

 髪は肩まで伸びるセミロングヘア。色は薄めの真珠色に染めている。

顔立ちは整っており、ツリ目を強調するためか目元にメイクを施していた。あとはファンデーションを行っているくらいだろうか。

化粧は薄めだが、高校生にしては目立つ部類だ。

指先にはピンク色のネイルが施してあり、僅かだが尖っている。スマートフォンとか操作するときに不便じゃないかと考えてしまうのは野暮かもしれない。


 背丈は160cmほどと女子にしてはやや高め。学校指定のブレザーを着用しておらず、白いワイシャツと、その上にゆるゆるのサイズが合わないベージュカーディガンを羽織っている。シャツの第一ボタンは外し、紺色チェック柄リボンはだらしなく下がっている状態。規則正しさとは程遠い。

スカートの丈は校則違反とぎりぎり短さ。悪戯な強風でも吹いたらパンツが見えてしまいそうだ。生憎、屋内であるけれど。


 とまあ……俺が視界に入る女子へ恐れを抱く理由も、ここまで語れば分かるだろう。いわゆるオタクの天敵、ギャルである。

 ましてや不機嫌コンテスト一等賞な顔を作っているんだ。目だけで人を殺せるよ。


 さて、どうしたものか……っと、その場で佇んでしまう。絡まれたら怖いし、何処かに行ってほしい。そう願いつつ、女生徒をジッと見つめる。



 ……。

 ……。


 でけぇ……。オッパイがすっげぇな。なんだあの暴力的までに実った胸部は?


 この場からの脱出する手段が思いつかずストレスキャパを超えたのか、それとも初恋が終わり性欲だけが残ったせいなのか。

俺の視線はいつの間にかギャルの体型をまじまじと観察するフェーズへと移行していた。


 胸はD~Eカップくらいはあるだろうか。シャツは立体的な放物線を描いている。カーディガンの下ボタンは締めているので、より胸が強調される形だ。そのまま言葉にするなら、カーディガンからオッパイが零れ落ちてると表現すべきか。

おまけに、短いスカート丈から見えるふっとい太腿も完備されているという贅沢仕様ときた。


 揉みてぇ……。太腿に挟まれてぇ……


 思考がピンク色に染められていく。だが、彼女の不機嫌顔のおかげで煩悩は一瞬にして消し飛んだ。


 いかん、いかん。正気を保て。

 万が一でも視線がバレてみろ?

 ギャルが「キモオタが卑しい目で見てたんだけど~」なんて告げ口するに違いない。誰にチクるって? そりゃあイカつい野球部の彼ピッピだろうさ。


 きっと、彼ピに物理的な鉄拳制裁を食らわされた挙げ句、顔面青あざだらけにさせられて、裸土下座をする未来が待っているに違いない。

彼女を怒らせたのならば、残りの高校生活は人権を失うだろう。


「(ただ通り抜けるだけ。そうだろ?)」


 俺は呼吸を整え、下り階段の一歩目を踏み出した。

冷静に考えてみれば、ギャルが嫌そうな顔をしてた所で、俺には全く関係ない。

ただ、踊り場を通り過ぎるだけ。こちらから喧嘩でもふっかけない限りは安全。そう、安全!!


 心の中で自身に言い聞かせながら、階段を順調に降りて踊り場へと脚を踏み入れる。

後はギャルの前を通り過ぎて、3階への下り階段を進むだけ。


 俺は震える脚を動かし、階段の踊り場に居るギャルの前を針職人の如く慎重に通り抜けた。

 耳に入ってくるのはギャルがスマートフォンの画面を激しくタップ……いや、叩きつける音。


 人の怒りって溢れ出すのだな~。そんな緊張からか、気づけば息を止めていたらしい。

 3階への下り階段を目にした途端、俺は息を大きく吐き出した。

 おお……よもや階段に感動する日が来るとは思わなんだ。


 さてと、これで特別な一日はお終い。そのまま階段を降りようとした瞬間……。


「ねえ?」


「アッ、ハイ」


 ギャルに左肩を掴まれて呼び止められた。油断しきっていたので、思わずカタコトな返事をしてしまう。

 俺の一日、お終いじゃありませんでした。寧ろ、これから終わるけどね。


 ど……どんなリアクションをすれば正解なのだ? ああ、いけない。手汗がじんわりと広がってきたぞ。

1つでも動きを見誤れば、即ち死なり。


思考をフル回転させて逃げ切る策を練り上げるが、足りない脳では何も思い浮かばないという結論に至る。

うむ、コミュニケーションは苦手なのだ。


 ここはまず大人しく従うべきであろう。俺はゆっくりと左へ首筋を曲げると、頬に少し鋭利な感触が伝わってくる。


 人差し指を立てて、振り向いた相手の頬を突く。この世でも最も安価なイタズラ。

 それをギャルにされた。


「え……あ……?」


 俺はてっきり言葉という暴力の類を想定して身構えていたので、あまりにも予想外なプレイに頭が真っ白になる。

あ、えっと……どんなリアクションが正解なんだ? 俺は答えが見つからず口をパクパクさせるのが精一杯だった。

あれだ……餌を求める金魚みたいな。


 そんな俺の表情に、ギャルは最初こそキョトンとした顔を作る。その数秒後、彼女はダムが決壊したみたいな笑い声を響かせた。


「あはははは!! ちょ……ごめん」


 ギャルはお腹を抱えて真っ白な歯をみせながら大爆笑。

 もはや元気の塊。不機嫌な月曜日を吹っ飛ばすくらいの勢いだ。


「やべ……あはは、おもしろぉ」


 俺は呆気にとられたせいで、次の単語が出てこない。

そもそも、何もしていないのに大笑いするギャルに対して、どの言葉が適切なのでしょうか?

頭の教科書に載っていません、先生。


「えっと……」


「あ~、ごめん、ごめん。普段からつるむダチ以外から笑われるのは気分が悪いよね」


「あ、いえ。別に気にはしてない……デス」


「ん、そうなん? なら、いっか」


 喜びエネルギーを放出しきったのか、ギャルは満開笑顔から微笑みに表情を切り替える。そして、何かを考えるみたいに人差し指を上に立ててクルクルと回し始めた。


「つーか、影島くんさ~。さっき、ハルカっちが階段を降りていったけど、何かあったん?」


「あ、それは……」


 言えるはずもないだろう。万が一にでも素直に暴露した翌日には、前菜感覚で笑いのネタにされるだけだ。

 というより、俺の名前を知られている。ごめんなさい、ギャルさん。俺、君の名前を知らない……。


 しかし、ギャルは俺の心象など気にせず問い詰めてくる。


「そんで、影島くん。実際の所はど〜なのよ?」


 嘘をつく術などなく、俺は唇を噛んで目を反らしてみせた。

これ、実質「何かありました」って顔色で答えているもんだよな。

どうやらギャルも気づいたらしく、右手を顎元に添えて名探偵じみたポーズを取る。


「う~ん、その表情、怪しいな~。誰も居ない屋上。ハルカっちの逃亡。その後に現れた暗い顔の影島くん。

 分かった!! 告白してフラレったっしょ!?」


「んん……!?」


 ご明察だよ、名探偵ギャル!!

 まだ癒えぬ心にはクリーンヒット。俺は唇を噛みしめ、眉間にシワを寄せてしまう。


「え、マジ……?」


 ギャル本人はネタのつもりだったのだろう。思わぬ大的中の波乱展開に彼女の笑顔が沈み、驚愕の表情へと変貌する。

いっそのこと笑ってくれた方が良かったよ。

彼女は拝むみたいに両手を合わせて謝罪をしてきた。


「あ~、その……。ごめん!!」


 真剣に謝られると、胸が痛む。不幸せのおすそ分けってやつか? 申し訳なさすぎる。

 俺は声をなんとか振り絞りながら、ギャルに向けて言葉を振り絞った。


「あ、うん。大丈夫、デスノデ」


「影島くんの表情が大丈夫じゃないっしょ。落ち込んでるのに気づかないで、笑っちゃって嫌なやつじゃん、アタシ」


 俺の方が嫌なヤツだけどね……。さっきまで貴方を「気に入らない相手を彼ピにボコらせる人」って勝手にイメージしてました。

 人を想う優しいギャルさん、ごめんなさい。


 心の内で彼女に謝罪し、気まずい表情を浮かべていると、ギャルは「失恋で落ち込んだ同級生」として目に映ったらしい。

 そんな勘違いからか俺を元気づけようと、彼女はパワー溢れるガッツポーズを取りながら提案をしてきた。


「そうだ!! テン上げなことをすれば気分も盛り上がるっしょ!!」


「え、いや。本当に平気なので」


「TikTokで動画を上げたり!!」


「やってないです……」


美味うまくて映えなスイーツをインスタにアップとか!!」


「インストールすらしてません……」


「あー、えっと、えっと……!!」


 何だこの優しすぎて胸を穿つ空気感は!?

ギャルさんの提案をことごとく「出来ません」と返して本当にゴメンナサイ。

仕方がないもの。俺は陰キャの雑草で、貴方は太陽で日陰を知らないのだから。あまりにも住む世界が違いすぎる。


 このままだと彼女の善意で死にたくなってしまう。今すぐここからベイルアウトをしなければ。


 俺は3階へ続く階段に視線をロックオンした。

さあ、逃げようっとした瞬間、ギャルに両肩をホールドされて捕縛される。

今度は何を提案されるのでしょうか!?

唾を飲み込む隙さえ与えてくれぬまま、ギャルは天地がひっくり返る提案を大きな声でしてきた。



「アタシのオッパイ揉む!?」



「はぁぁぁ!?」



 人生で1番大きな声を張り上げちゃったよ。コンテストならインターハイが狙えるね。そんな大会あるか知らないけど。


 いや、思考放棄している場合か。

 今、何と?

 は……オッパイ?


 困惑しつつも、ギャルの胸へと視線移動しそうになるのを必死に抑えながら、真っ直ぐに彼女を見つめる。

 案の定、彼女の顔面は茹でたみたいに赤く染まっており、唇をプルプルと震えさせていた。

 やっぱり、咄嗟に出た言葉だよね。


「あ~、えっと……」


 彼女は一歩、二歩と後退り、ポケットの中から何かを取り出して押し付けてきた。


「ゴメン、影島くん。今の無し!! これで許して!!」


 そのままギャルは俺の横を駆け抜けて、3階へと続く階段を駆け下りた。

瞳に映ったのは赤く染まった彼女の横顔。耳に入るのは遠のく足音。押し付けられて手元に残るのは、チュッパチャップスのチェリー味。


「煽ってんのかな?」


 童貞にサクランボを押し付けないでくれ。

ため息を1つ吐き出しながら、袋の梱包を解いて、口へと運ぶ。口内に広がるのは甘酸っぱい味。

人生で初めて味わった失恋の味が上書きされていく。


「俺の名前、覚えてくれてたのに、俺は君の名前を知らないよ」


 影島って名字を知っているのならクラスメイトだよな。

彼女は最初こそ不機嫌そうな表情だったのに、俺が失恋したと知ったら優しくしてくれて。

なんだか、とても申し訳なくなってしまう。


「ああ、酸っぱいなぁ……」


 チェリー味はかなり甘酸っぱく感じた。その原因は瞳から零れ落ちた涙が口に入ったからである。

飴を全て舐め終わった後、その事実に気づくのであった。


………

……


 その日の帰宅後、俺は自室で入学式に配られた座席表を確認した。

もちろん、探している人物は放課後に出会ったギャルさん。

ご丁寧に表は写真つきだったので、彼女の氏名はすぐに判明した。


 桜井さくらい 蒼乃あおの


 それが彼女の名前であった。


 想像していたよりも、ずっと綺麗な名前に感動しつつも、「アタシのオッパイ揉む!?」という大胆な発言と豊満な胸を思い出してしまう。

いかん、いかん……。煩悩なんて消え去ってしまえ。俺を励まそうとしてくれた人に邪な考えをもってどうする。


しかし、どう抗っても俺は性欲旺盛な男子高校生。苛立ちを覚えた下腹部の竿は本能に敗けてしまう。

そのまま決行した自慰行為は、背徳感からなのか普段よりも濃いのが出たのは内緒である。


 どうせ二度と話す機会は訪れないだろう。

そんな風に思考を巡らせながら「ふぅ……」っと脱力感に侵食されて、夜はふける。


 まさか、この日をきっかけに桜井さんと長い付き合いになるなんて、想像もしていなかったけどね。

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