小野田翠
早く歳をとりたい。今すぐおばあちゃんになって、縁側でお茶を飲みながら本を読んだり、編み物をしたり何時間もかけて一冊の本を何度も読み直ししたりしたい。生きる上で必要な事、何もかも全て吹っ飛ばして、早く戦線離脱したい。そう思ってもやはり歳をとり若さを失った私を想像すると、不要品になりそうで怖くなる。見た目やお金、仕事にプライベート。目まぐるしく私の頭を支配する漠然とした悩みたち。全てを捨てられるなら、もうこの際生きていようが死んでいようがどちらでもいい。とにかく、悩みを全て捨てたい。そこら辺に浮遊し、実体が見えない空気のように私は消えてなくなりたい。そんな存在でありたい。だからこそ、今の状況は苦痛の何物でもないのだ。「普段は何をされてるのですか?」「ご趣味とかありますか?」あってまだ1時間もたってないのに、彼について自信を持って言えることが1つある。私とは合わない。きっと、優しくて誠実で「いい人」なんだと思う。誰にとっても「いい人」。私が1番苦手なタイプだ。見ていて虚しくなる。いい人なんて都合がいい人の略だとしか思えなくなっている私の心はきっと荒みきっている。それを再認識させられる事も含めて屈辱的な時間なのだ。純粋で悪意なく人を傷つけて居ることに気が付かない彼らに腹が立つのだ。分かっている。私が間違っている事も私の性格が悪い事も。この世の中で誰よりも私自身がその事を理解してる。何度も何度も溢れ出そうになる気持ちや言葉を必死に飲み込む。言葉を何度も反芻し噛み砕いていく。正確には溶かしているのかもしれない。嫌いだと思う人にすら嫌われたくないと体に自然と力が入る。嫌いと言う勇気が無く愛想笑いを浮かべその場を凌ぐ。私は卑怯なのだ。自分に嫌気が差して直ぐに今この場所全てに嫌悪感が募っていく。いっその事愛も心も性格もお金で買えればいいのにとか馬鹿なことを考えてしまう始末だ。なりたい自分とか希望とか夢とか熱を持って話してくる人も、自身の努力を輝かしいものだと思い込んでる奴も、私には合わないのだ。そう、嫌いではなく合わないだけ。そう言い聞かせ距離や壁を上手く作りコントロールする。これが私の精一杯の気遣いなのだ。他人は好き放題言う。「自分を大切にしろ」とか「自己犠牲は美談じゃないんだよ?」とか。なのに、自分を大切にすると「自己中な考えは身を滅ぼすよ」とか「もっと周りに気が使える人になりなさい」とか言う。分かってる。自分が不器用なのだ。世間一般の人が求める普通を私はこなせない。そう思う度に早くこの状況から逃げたいと思う。早く終わらせて次に行きたい。
「えっと、、、大丈夫?楽しくない?」その声にハッとする。あ、そうだ今私はマッチングアプリで知り合った、、、名前なんだっけ。まぁいいや。知らない人と会っている。なんで会うことになったのか、、、あー、そうだこの人、やたら会おうとしつこかったのだ。断るのも面倒くさくなっていいですよとか言ってしまったんだ。ため息を堪えて、「そんなことないですよ?」と微笑む。昔から何故か人からそこそこ好かれる私は自分が可愛く見える方法を理解した。それにつれて気持ちは徐々に歪んで行った。分かってるよ。こういうの好きなんでしょ?この人が今日私を好きになって必死に夜を誘おうとする所を想像する。鳥肌と共に、ワクワクしてくる。どんな風に断ろう。どんな反応するのだのう。明日から連絡取れなくなる私に今彼は何を期待しているのだろう。「あ、良かった。つまらなかったかなーって思ったよ」そう安堵する彼はこの数日後、いや数時間後かもしれない彼はどんな人に変わるのだろう。私の心にある物を吐き出せる人が欲しいと思う反面、誰にも知られたくない気もする。ミステリアスで実体を感じさせない完璧な私を捨てたくない。それから、どれくらい時間が経っただろう。頼んだはずのアイスコーヒーは生ぬるくなり氷をも既に飲み込みコーヒーと水の層を作っていた。グラスは汗を一滴もかいていないのに、そこには水溜まりを作る始末だ。私はクーラーで冷えきった体に生温いコーヒーをストローで流し込む。今はこの温さが有難い。こういう時お酒は飲まないようにしている。彼らの思う壷になんてしてやらない。それに弱いわけではないが、お酒は何となく怖いと思ってしまう。ソワソワしている彼がチラつく。「そろそろお店出ますか?」そう伝えると「あ、そうですね!えっと、お会計。。。」実にスマートでない。そんな彼に心の中で点数を付ける。これで何度目の溜息だろうか。吐き出したい息を飲み込み、「おいくらですか?」と訪ねる。「あ、いや、ここは、僕が。大丈夫です!」といいお会計に向かった彼。こういう時なんと言えば正解なのかは未だに分からない。ありがとうと受け入れても、いや申し訳ないと少し反抗してみても、どっちも正解でない事がほとんどだ。それでも、払う気のない私は彼に反抗しつつも受け入れたふりをする。そして結果半分のお金を彼にこっそり渡すなど出来るはずもない。店を出るなり、それとなく駅に向かって歩く私を彼は止めたりはしない。隣を付かず離れず着いて少し手の甲で私の手に触れてみたりする。「良かったらもう一軒行きませんか?」そう聞く彼の純粋な眼差しを私は直視出来ない。見たら断れないと分かっている。だから、彼の手を見て「明日朝早くて。。。今日は、すごく楽しかった!また休みの日分かったら連絡するね!」と察しがいい人なら直ぐに気が付かれそうな建前を並べてみる。彼の言葉を待たず「じゃあね!」と背を向け歩き出す。こんな日は気分は悪くない。失う前に手放す感じ。求められて応えない私は今世界で1番輝いている。そんな気がする。そんな時はいつもよりも死に恋焦がれる。今誰かが後ろから私目掛けて刃物を突きつけてくれればと思って後ろを振り向いても、それらしき人はいない。さっきの彼が逆上して襲ってきてたらと思ってみたりしても、何も無い事に少しガッカリしてみたりするの。夜に溶けて月が私を飲み込んでくれればいいのにとさえ思ってしまう。もう、病気だ。
「不幸でも売ってお金つくれば?」その声が不意に私の耳に刺さる。ガヤガヤした雑音の中で、はっきりとその言葉だけを認知出来た。「いや、あれは都市伝説だから」そう言って笑ってる彼女たちは、いかにも今どきな子達だった。派手で流行りものを身にまとい、少し頭の悪そうなそう姿は滑稽だった。何となく不幸を売ると言うワードが忘れられなく、検索をしてみる。都市伝説サイトが1番にヒットしてしまうくらいに信憑性のないものは無い。それでも興味が尽きず調べる手が止まらない。検索ワードを少しづつ変えながら何度も調べる。するといくつかの記事が出てきた。手紙を送った数日後メールで振込先などを聞かれ返信すると翌日提示された金額が振り込まれていたというものだった。ありえないと思いつつも頭から離れない。ドラマチックな展開を妄想してはバカバカしいと頭を振る。でも、もしも本当にそんな事があるとしたら、どういう人物の仕業なのだろうと考えてしまう。
私の知り合いでそれらしき人を当てはめて妄想してみた。イマイチ実態のない人を空想するのは難しかったが、1人だけ似た人物を思い出した。昔アリの巣を埋めてアリの道を妨げだりしていた人。時には道端で死んでいる猫や鳥を枝のようなものでつついて、「死んでるのか」と呟いた。幼き頃の行動が全てを物語る訳ではないし、今はきっとあの人も立派な大人だ。そんな事があるわけが無いと思いつつ期待する。長い髪は手入れがされていないボサボサだったけど光沢感があった。白くて細い手足からは想像できないほど、頼もしいと思うほど凛とした背中だった。他の人とはまるで違う、どこか虚ろで、人の気持ちを試すようなことの無い純粋さがある矛盾しているのに疑問に思わせない不思議な人だった。凄く居心地が良かった事だけは強烈に覚えてる。私の軸にきっと今もなっている、フィーリングの正体なのかもしれない。
だからこそ、私の想いを何となく書いてみたんだ。信憑性がないからこそできることもある。いや、ほんの少しだけ確信めいたことがあったからかもしれない。実体験をした人の一番最初の話には、「ありとあらゆる不幸を日記に続いていた。俺はそれを送ったら、使い切れないお金が手に入ってしまった。もう不幸なんてごめんだと思ったけど、なにかこれで変わるならと少し前向きになれた。新しい目標が出来た。僕はこれから少しづつ恩を送りたい。このお金を使い切る頃には大好きな人に会いにいきたいなと思う。自分と同じ思いをしている人は頼ってみるのもいいと思う。」と書いていた。その文を見て少しの期待と不安を胸に想いを綴る。お金なんてどうでもいい、【私はあなたに殺されたい。不幸を買い取る代わりに、貴方に私の不幸を終わらせて欲しい。だって、貴方は人を殺してみたいのでしょ?貴方を見た時そう思ったから。これが、不幸を買い取る貴方に届きますように】
貴方の存在に気がついて家を飛び出し、仕事を辞めて名前を変えて貴方を探した。1度送った手紙は何故か私の元に帰ってきてしまったから。退職金と今までの貯金でやり繰りしつつ必死で探そうとしたの。こんなに夢中になったのは初めてでワクワクした。これが恋なのかな?とも思ったほど、貴方に執着したの。この気持ち分かる?ほんとはずっと怖かったの。誰かに愛されて、私が誰かを好きになる間に嫌われたらと思うと。手に入れた人を失うかもしれない事も。味方だらけの世界が明日には敵だらけになっているかもしれない。そう思うと愛されてる今誰かに殺されれば私は愛されたまま全ての時間を止められると思ってしまうの。
でも、きっと私は死ねない。
私はきっとこれからも普通の顔をして生きていくのだと思う。死に思いを馳せながら。
本気で死ぬ気なんてないし、本気で誰かに殺される気もない。それでも、私は死ぬために生きていく。
貴方の不幸を買い取ります しーちゃん @Mototochigami
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