小川千紗
「何となく気になって手紙を書いてみることにしました。私の話を読む前に覚えておいて欲しいことがあります。この話は私のハッピーエンドで終わるストーリーなのです。だから、決して可哀想とか悲劇と思わないで欲しいです。これは喜劇の始まりだと信じ最後まで読んでもらえると嬉しいです。
私はブスでは無いし太ってもいない。そのくらいの認識はあります。彼氏も何人か出来たし、皆が細いと口を揃えて言うのできっとそうなんだと思います。そこそこの顔とそれなりのスタイルで私は生きています。整形したいとか思っても、死ぬほどしたいわけでも、体を売ってまでしたいとも思いません。家族とも仲はいい方だと思います。特別裕福な訳ではありませんが、何不自由なく生活ができています。誰よりも幸せとは言いませんが、間違いなく不満はそれほどない人生です。全てその程度なのです。そんな私には一つだけ誰にも負けないくらい強い願いがあります。ですが誰にも口にして伝えた事はありません。それでもこれまで生きてきた間、正確には思春期を向かえてからずっと頭から消えたことのない願望です。私はずっと満たされないまま生きていたのです。周りのみんなは私をすごく過保護に大切にしてくれます。酷い言葉を言う人も馬鹿にする人もいますが、そんな人達は直ぐに関わらなくなって仲良い人は私をシャボン玉のように壊れないように必死に守ってくれる人ばかりです。きっと恵まれています。私は本当はなんでも持っているのかもしれません。でも、ずっと不安なのです。このまま将来生きてこの先起こりうる出来事、お金や人間関係、自然災害いろんなことを考えると早く死んだ方がいいのでは無いかと思うのです。正確には恐怖や不安に耐えてまで生きる必要があるのかと淡々と思うのです。そして、いつしかこう思うようになったのです。【誰かに殺されたい】と。私のことを頭のおかしい奴だと思われますか?私は自分の事を発達障害や精神病なのでは無いかと思う時もあります。でも、何かに思い悩み死にたいと思うことは無いのです。矛盾しているようですが、私は明確に誰かの手によって殺されたいのです。死んだ本当の理由なんて誰にも追求されない【無垢な被害者】でありたいのです。恨まれていても、脅威的な好意からでも、無作為でも何でもいいのです。明確に私1人だけを殺して欲しいのです。でも、きっとこんな話したら皆悲しみます。悲しんだふりかもしれないけど、それでも聞きたくもない道徳を聞かされるのは私はごめんです。そして、自己満の善意を押し付けられるのはもっと嫌なのです。だから私は誰にもこの気持ちを隠したまま、願いが叶う日を待つわけです。ずっとそれでもいいと思っていましたが、だんだん飽きてきたのです。事故や殺人、誘拐などの事件を見る度に、この被害者が私だったらと、考えては落胆するのです。そして想像してみるのです。私の居なくなった世界を。何も変わらず、関係者は1週間も経てば私の死を受け入れ日常に戻る。非日常の1週間を何人に与えられるか考えては、ほんの数人だろうと安心するのです。それほどまでに私は何も無い人だと、誰かの人生を大きく変える影響力など無いものだと安堵しては少しだけ寂しくなるのです。その時だけ生きている気がするのです。とても変な話です。それでもこの気持ちだけは紛れもなく私のモノだと感じ取ることが出来るのです。そもそも、私が【被害者】にこだわるようになったきっかけを私なりに考えてみました。思い出したのは、小学一年の頃、もう名前も覚えていないクラスメイトの肩に少しぶつかった直後、彼は私を強く押し返しました。私は体制を崩し、その場に倒れたのです。私は初めて【被害者】になったのです。それなのに、先生は『お互い謝って仲直りしましょう。』と言ったのです。私は何も悪いことなどしてないはず。その上倒れた時に膝に傷を負っている。なのにも関わらず、少しぶつかった事を同等の落ち度とし私は被害者兼、加害者として扱われたのです。その頃から私は何かある度に徹底して【被害者】として振る舞うようになりました。そして、覚えたのです。【許す】事を。謝られた時、徹底して悲観するのではなく、波風を立てず許すと私を純粋無垢な被害者として扱い、哀れみ、同情し褒め称えられたのです。私は罪ひとつもない被害者を演じることが上手になりました。私はどうしても加害者にはなりたくなかったのです。もし、自分に落ち度がある出来事が起こるかもしれないと思うと不安と恐怖で眠れなくなります。最近こんな私を周りの人は心配性すぎるといい、精神病などを疑ってきます。私も薄々は感じていました。きっと私は何処かおかしいのだと。それでもカウンセリングを受けたり、受診して鬱病やADHDと判断されたとしてなんだと言うのでしょう。私の被害者になりたい願望はきっと消えないと思います。正確に言えば、消したくないのです。これだけは私の、私だけの感情だからです。私を今まで生かし続けてきた願望であり宝物なのです。だから彼に会った時嬉しかったのです。あぁ、やっと。と思えたのです。本当にありがとう。私は、、、」俺は手紙を握りしめた。彼女は全てを分かって受け入れたのだ。彼女と出会って
彼女が悩んでいることに気がついたのは、いつからだろう。彼女が壊れている事に気がついたのは、いつからだろう。彼女が誰かに殺されたいと願っていると気がついたのは、いつからなのだろうか。僕の歯止めが聞かなくなったのは、いつからなのだ。怖かった。怖いと思うと同時に興奮した。彼女はこの手紙を誰に書いたのか。誰かへのSOSだったのだろうか。それとも、手紙ではなく日記のような物だったのか。今となっては何も分からない。聞いても返事など帰ってこない。最後の文を受け止められない俺はどれくらいここに立ち尽くしているのか分からない。震える手が抑えられない。それでも彼女の願いを叶えてあげたい。俺はそれくらい彼女を愛しているのだ。狂ってしまうほど愛していたのだ。だから彼女の願いを叶えようとしたのだ。でも、名前くらい知って欲しかったなと少しだけ心残りに思う。
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昨夜9時頃×××市内の住宅にて、殺人事件が発生しました。被害者は20代女性です。争った様子はなく胸部に刺された痕があり、体の一部が燃えている状態で発見されました。通報者は焦げ臭い匂いがして、外に出たら目の前のマンションの部屋から煙が上がっていたと語っています。現場には身元を確認出来るものは何も無く遺体と共に燃やされたと思われる遺書のような紙の切れ端が落ちていたのとこです。
そこには「私は必ず殺される。名も知らない彼に。」と書かれおり、ストーカー殺人の疑いがあるとして身元確認を急いでいます。
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ニュースは連日彼女で埋めつくされている。人はどこまでも貪欲だ。
あの日彼女の願いを叶えたのは俺だと信じたかった。そう思わせたかった。犯人の顔すら知らなければ、彼女はストーカーには殺されていない。そう思わせたかった。俺は捕まったらこういってやる。「俺が殺してあげた。」と。
配達員が押された封筒の中を開く。
【私はあなたに殺されたい。不幸を買い取る代わりに、貴方に私の不幸を終わらせて欲しい。だって、貴方は人を殺してみたいのでしょ?貴方を見た時そう思っったから。これが、不幸を買い取る貴方に届きますように】
犯人が忘れていったのかもしれない手紙を
俺は世に隠し、犯人に入れ替わる。
愛してるよ、千紗
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