工藤翔也

僕は人を呪っている。何も理解しようとせずに僕を責め続ける親。僕が仕事を続けられない状況を作った上司。世の中全てを呪っている。「いつまで、そうしてるつもり?」苛立っているのか怒っているのか俺をイラつかせるのには十分すぎる声が沈黙を壊す。「うるせぇな。ほっとけよ。」そんな威勢のいい言葉とは裏腹に俺の声は小さく布団の中に落ちて上手く相手に届かない。「なに、ボソボソ言ってるの。」そう言いお袋は部屋を出ていった。言いたいことは沢山ある。部屋に入るならノックぐらいしろ。とか俺の今の気持ちなんて分からないくせに偉そうに指図するなとか、でも言葉には出せない。出せばめんどくさい事になるのが目に見えている。こんな時にドラマでは同窓会の知らせや唯一の友達から連絡が来て人生が少し動くなんてことがお決まりだが、俺の人生にそんなことは起こらない。何も無いまま仕事を辞めてから3ヶ月がたっていた。この部屋はまるで時が止まったように3ヶ月前の俺だけを隠してくれている。「生きてるだけで丸儲け」独り言が部屋に響く。大人になったら勝手にしっかりするのだと思っていた。人見知りや不器用が無くなって、当たり前の事が当たり前に出来るようになると本気で思っていた。自分がまだ子供なのか、大人になったという明確なラインなんて見えないまま、歳を重ねた実感もなく1年が終わり、また始まる。命の無駄遣いとまでは思わないが、臆病な俺は死ぬ事すら選べない。親のスネかじりは楽でいいと言うが、親から期待されなくなりお荷物扱いされる事は少しばかり心に何か影を落とすものだ。今の自分が子供部屋おじさんと呼ばれる存在になっていることだけは明確だった。外から部屋に響く子供が叫び笑い走り帰って行く声。時計を見ると3時を指している。また今日も無駄な一日が終わっていく。少し寂しそうな夕日に照らされた部屋がまた俺を包む。家の中に誰かいないか部屋の中から様子を伺い、居ないと分かるとリビングに向かった。冷蔵庫を開けるとラップされたご飯が置いてある。レンジで温める。ふとゴミ箱を見るとまるめられたチラシや紙くずが入っていた。「不幸を買取ります」その文字が何となく気になり拾い上げる。それと同時にぐしゃぐしゃにされた手紙が出てきた。開いてみると「初めまして。なんと書き始めるのが正解か分かりませんが、不幸を買い取るという手紙を見て半信半疑で筆を取っています。自分でも馬鹿げていると思っているのですが、私には20を超えても仕事にも就かない息子が1人います。」と書いてある。お袋は俺を産んだことを不幸だと思っている。それはそうだ分かってる。理解していても、その現実を俺は受け止めきれずにいる。するとガチャと言う玄関の音がして、俺は慌ててレンジからご飯を取り出し部屋に急ぐ。鬼ごっこやかくれんぼをしているような見られたら行けないのかと自問自答するが直接顔を合わせるには気まずさや罪悪感が大きすぎる。ご飯を机に置くと、チラシと手紙も持ってきてしまったことに気がついた。今更捨てに行くにもお袋に会いたくない。まぁゴミ箱に捨ててたくらいだから気が付かないだろうと俺は手紙を床に投げ捨てご飯を食べた。あれから何ヶ月経つのだろう。誰もいないリビングに俺はスーツを着て座っている。人生において転機などそうそう来ない。皆等しく来るのだとしたら誰かの死なのかもしれない。良くも悪くも身近な人の死は自分に少なからずは影響を与える。そして、居なくなった事に慣れるタイミングはいつか必ず来るのかもしれない。お袋からの小言も言われなくなった今、俺は生きていけるのだろうか。ウザいと思っていた親の言葉は俺が俺を保つ魔法の言葉なのかもしれない。そんな事に今更気がついても遅い。しかし後悔の念で押しつぶされている。遺産相続の書類に印を押さなければと何処にあるか分からない印鑑を探す。戸棚の中に印鑑を見つけ、閉めようとした時綺麗に保管されている封筒がある事に気がついた。差出人は書いていないが見覚えのある封筒だった。「あ、あの手紙の」俺はふと思い出した。リビングに捨てられていた手紙。便箋など滅多に見ることがなかったから何となく印象的だったのかもしれない。最後まで読むことのなかった手紙は気がつけば捨ててしまったのか部屋から無くなっていたのだ。俺は少し唾を飲む。緊張か焦りか上手く手紙を取り出せずイライラする。でも絶対に破れないように気をつけながら取り出す。「初めまして。なんと書き始めるのが正解か分かりませんが、不幸を買い取るという手紙を見て半信半疑で筆を取っています。自分でも馬鹿げていると思っているのですが、私には20を超えても仕事にも就かない息子が1人います。周りから大変ねと言われました。旦那の両親からは私の躾が悪いと散々責められます。でも、私にとっては大切な一人息子なのです。どんなに嫌われても罵られても彼を見捨てるなんて事は死んでも出来ません。心から愛しているのです。しかし私は彼を1人置いていってしまう。いつかの未来じゃなく、近い未来の話です。先日体調を崩し病院に行ったところ末期ガンと宣告されました。まさか私がこんなドラマチックな事に遭遇するなんてとも思うのですが、私は息子に残せるものが何も無いのです。旦那は早くに先立ってしまい、私の両親も既に他界しました。残すは彼の両親ですが、彼らは先程話した通り息子を出来損ないだと思い込んでいます。私の息子は初めての就職先で酷い扱いを受け心を病んでしまったのです。いつか立ち直ってくれればと思っていましたが、彼が辞めてい1ヶ月もしない間に病気が分かったのです。私が居なくなる事が分かった今、このままでは彼は生きていけない。どうか1人でも生きていけるようにしないといけない。それが私が最後に出来る彼への行動なのです。ですが、上手く彼に伝えられません。たった数ヶ月で何が出来ると言うのでしょうか。旦那が生きていたらなんと言うのでしょうか。そればかり考えては、焦る気持ちから息子にキツい言葉を投げてしまうのです。生命保険は入っていますが一生遊んで暮らせる額はないでしょう。【ろくでなしの息子を持った母】と評価した世間は【こんな母親の元に生まれた可哀想な息子】と思うのでしょうか?世間は確かに冷たいのかもしれないが、可哀想な息子には皆優しくしてくれるのでしょうか?また息子は誰かを信じて生きていけるのでしょうか?疑問と不安ばかりが増えては募っていくのです。そんな私は息子を信じてあげられない【ろくでなしな母】なのです。不幸を買い取って貰えれば彼の少しの蓄えになると思って藁にもすがる思いで書いては見たものの、貴方が求める不幸が分からず纏まらない思考を必死に書き綴っています。どうか、可哀想な息子の不幸に彼の人生に高値がつくことを祈ってます。工藤有里子」彼女が最後に俺に残した多額の生命保険と誰にも言えずにいた思いだけが俺の今手元に残る。なぁ、お袋 。あんたほんとに不幸だな。こんな息子持って。でも、俺ちゃんとするから。ちゃんと社会人頑張ってみるから。だから、お袋はろくでなしなんかじゃないって俺が証明してみせるから。だから、もう少し天国で見守っててくれよな。俺は手紙を戸棚に戻し印鑑を握りしめた。

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