第2話 よし子
「おはようございます!」
この会社では、誰も挨拶を返してはくれない。たまたま私と目が合ってしまった人は、軽く会釈をしてくれるくらい。この会社に入る前、私は演劇をやっていた。演劇を辞めた事に未練は無いが、稽古場に入ると必ず元気な挨拶が返ってくる、あの元気な朝は時々恋しくなる。
自分の席に座り、パソコンの電源を入れる。ランチまでは3時間。それまで黙々と毎日変わらない作業をこなしていく。雑談をしながら作業をしている人もいるが、私は雑談が出来るような友達がここには居ない。なんとなく輪の中に馴染めずにいる。ある程度のコミュ力は、演劇をやっていた頃に身につけていたと思っていたのにな。
ランチまで後10分。いつもより、お腹がなっている。この会社にいてこんなにお腹が空くのは初めてかもしれない。
「休憩行ってきます。」
今日は買っておいた惣菜パンでは物足り無さそうなので、外に出てみる事にした。目の前の信号を、なんとなく渡るとすぐそこに定食屋さんがあった。吸い込まれるように入っていく。
「いらっしゃい!」
ランチ時で店内は賑やかだが、可愛いらしい小さなおばあちゃんが、私の目を見て笑顔で迎え入れてくれた。
「サバの味噌煮定食一つ。」
「はいよ!サバの味噌煮定食!」
定食を待っている間スマホの画面を見る。ずっと返信をしていなかったひま子に、連絡をする事にした。なぜか突然思い出した。
「いただきます。」
サバの味噌煮は骨まで柔らかく、箸からホロホロ落ちていきそうになる前に、口に入れた。
「美味しい。」
「よかった。ご飯もおかわりしてね。」
思わず声が出てしまっていたようで、おばあちゃんがそれに返事をしてくれた。それだけで、なんとなく今日のミッションをクリアしたような、そんな気分だ。
「あれ?」
よし子の中に入っていたひま子は、いつの間にか自分の部屋に戻っていた。
「どうやった?初めての人間周遊旅行は。」
小さなおじさんが、肩の上から私を見上げて話しかけてくる。
「どうって言われても難しいなぁ。とりあえずサバの味噌煮美味しかった。」
「だんだん慣れてきたら、その人の心の声も感じ取れるようになるわ。」
よし子が久しぶりに私と会う気になってくれたのが嬉しかったな。
お腹いっぱいになったひま子は、いつの間にか眠っていたようだ。
目を覚ますと、知らない男性の中に入っていた。
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