第7話 写真甲子園
「田中君。さっきのもそうだけど、ここのコマも。読者の視線が自然に流れないから」
「そうかな?おれは読めるけど」
連日紗都子の部屋でネームを作る田中君と紗都子。わたしはその様子を見ながら漫画を読んで過ごしていた。
「それは違うよ、ちょっとー、ゆかあああ」
「はいはい」
わたしは漫画を置き、こたつテーブルに座る紗都子と田中君の間に入る。
「紗都子の言う通りだと思うよ。これだと、こっちに行って、次こっち見ちゃうから」
「ああ、そういうことか。笹木さん、ありがとう」
「いいよ、田中君。夕夏が言ったらすぐかよ、ってとこは流すから。どう?全体的に漫画ってものがわかってきた?」
「少し、は」
なんなのこの2人。わたしはこたつテーブルから離れて漫画を開く。
「田中君にネームをやってもらっているのはね。歩兵にも作戦の全容を知っておいて欲しいんだよ。なぜここに背景を描くのか、なぜここでトーンを貼るのか、これを意識しているのとしていないのでは戦果が大きく違うから」
「それはわかったけど。おれ、もう少し写真を」
「写真の時間はさっき5分あげたでしょ。ほら、わたしと夕夏が国道を走る大事なシーン。ここは大ゴマもありだよ!」
「でも本選行ったらまた撮ることになるんだ。だからちょっと練習というか」
「は?また撮るの!?この前送った写真で甲子園を戦うんじゃないの?」
田中君が言いたいのは。わたしは漫画を持ったまま口を開く。
「予選を勝ち抜いて本選に行ったら、出場校が一同に集まってそこでお題を出されるのよ。そして制限時間内に写真を撮ってその場で判定する流れ」
「え、それってもう『写真で一言』だよ。そんな高度なバラエティみないなことを夕夏達がするの?」
「ちなみに去年のテーマは『つながり』だったよ。笹木さんは調べてるかもしれないけど」
「えー、あくまでも、わたしのイメージだよ?こう巨大モニターに、今年のテーマはー、ダンッ!つながりです!って出て、うおおおって、みんなカメラを持って駆け出す、みたいな」
「おれ行ったことないけど、多分そんな感じじゃないかな」
「ねえ、夕夏。絶対いるよね、つながりだったらムカデ人間をやる人たち!」
「いないでしょ。みんな電車の運転士と子どもとか、三叉路とか、そういうの撮ってるよ」
「えええ!いやいや。ないない。わたし審査員なら落とすね。『君はつながってるかもしれないけど、わたしにはつながってない』って」
「別に紗都子とつながるつもりはないから」
あ、そうだ。田中君は思い出したように言った。
「部長合宿を考えてたよ。そういった即興に対応できるようにって」
「ないわー」
「田中君、ごめん。ない」
わたしと紗都子はほぼ同時に否定した。
「同時に喋ったらややこしいからわたしが夕夏の気持ちを代弁して言うね。もういいのよ、合宿は。ほんともういい、散々やった。正確にはやってないけど散々観た。さすがにね、しかも夏。夏の合宿なんかね、今時やるやつあほですよ」
「なんで、そこまで。笹木さん、も?」
「そうだね、大体紗都子と一緒。文化部の夏合宿はよりやりたくない、かな」
その後、みるみる活気がなくなった田中君は、少し考えると言い残し、静かに紗都子の家を出て言った。
「紗都子、わたし達言いすぎたかな?」
「いや、全然大丈夫だよ。これぐらいわかってもらわないといい背景描けないからね」
「それは関係ないけど。今日はわたしも帰るかな」
「あ、じゃあそこのコンビニまで一緒に」
わたしと紗都子は部屋を出てコンビニに向かった。
「田中君mixiやってんでしょ?紗都子はどうなの」
「わたしはいいかな。18時から焼肉食べ放題決まってるのに15時にメロンパンは食べないでしょ。あ、そうだ。夕夏が狙ってたGAFAの株ってどうなった?」
「やっぱりやめようかなって。すごく面倒だし、今お金あんまりないから」
「ふふ、そう言いながらも罪悪感が見て取れるね。大丈夫だよ、会場を盛り上げるためにグッズ買ってライブ中にっていうのと一緒じゃん。一緒にタオルというか株を買ってアップルを盛り上げようよ!」
「ごめん、さっきのmixiとそれ例えわかんない」
「えー、伝わると思ったけどなあ。しかし夕方なのに暑いね。もうすぐ7月かあ」
「そうだね」
「夕夏ってさ。戻ってきてからビール飲んだ?」
「飲んでない。あー、言わないでよ。飲みたくなるから」
「コンビニでさ。ドラフトワン売ってたんだよね……」
「うっわ、なつかしい。よく飲んだよね、こっち帰って来たとき。その辺の公園とかでも」
「ちょっと、さ。お使いを頼まれた体でさ、こう軽く……」
「それはいや。なんかあっても面倒だし」
「大丈夫だよ、わたしが2人分責任を持つから!」
「具体的にどう2人分責任を持つのよ?」
「じゃあさ、ドラフトワン買って楽しみにとっとこうよ。卒業式終わったらいいでしょ、18歳で成人なんだからさ」
「今は成人じゃないし、成人しても20歳までだめだし。でも、うん。紗都子が責任取ってくれるならいい」
「えー、卒業したらちょっとなあ。責任の取り方も変わってくるしなあ」
わたしと紗都子は責任の取り方について話ながらコンビニに向かった。
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