第6話 壁の中の巨人


 部長の家で1時間程度拘束された後、わたしは急いで紗都子の家に向かった。


 紗都子は学校から徒歩2分の団地に母親と2人で暮らしており、わたしは前の高校生の頃も頻繁に遊びに行っていた。


 階段を上って3階の部屋の前に着いたわたしがインターフォンを鳴らすと、学校指定ジャージを着た紗都子が出迎え、詳しくは中で話そう。そう言って振り返る。


 それ以外選択肢ないし。わたしはそう思いながらも靴を脱いで部屋に入る。


 懐かしいな、ここ。室内は2DKで紗都子と紗都子の母親がそれぞれ1部屋使っており、わたしは入口近くの部屋のドアを開けた。


「遅れた理由はわかったよ。夕夏さあ、わかってんのかなあ。わたしたち漫画で世界を獲るって決めたじゃん。なんで写真部編を勝手に始めちゃってるのかな」

「漫画もやるよ。でもなんか流れで断れなくて」

「ブレるんだよね。全体の流れがさ」

「ごめんごめん。で、田中君とプロットの相談?」

「いや、おれは話を聞いていただけで」


 床に座っていた田中君は紗都子の物と思われる大学ノートを閉じた。


「でも紗都子さんが言ってた話すごいよ。笹木さん知ってる?」


 はああ?紗都子さんって。田中なんでそんな親しげなの?あ、ごめん、急だったから心の中とはいえ呼び捨てに。テーブルに置いてあったカントリーマアムを一つ取りながらわたしは横目で田中君を見た。


「知ってるって?」

「紗都子さんが考えてる漫画。大きな壁に囲まれた都市があってその中に巨人がいるんだよ。だから人類は壁の外で生活してるって話。すごくない?スケール大きいし、なぜ?がちりばめられてるっていうか」

「田中君。それは秘密というか、ほら。ね、いろいろと、ね。夕夏、ほらカルピスウォーターで喉を潤して、一旦冷静になって」

 焦ってカルピスウォーターを持つ手が震える紗都子。


 ……逆?というか巨人が壁の中で生活してるならそれはもう色々解決してるし。わたしは紗都子から渡された紙コップを受け取った。


「おれは面白いと思うけど」

「ま、まあ、あれは戯れだから気にしないでいいよ。それで重要な話なんだけど」

「重要な話?」

 

 紙コップを持ったままベッドに背をあずけるとふと天井に貼ってあったポスターが目に入った。


 うわあ、アクエリオンとマイオトメ……。そっかあ、それぐらいだったっけ。やば、紗都子の部屋の感じとか思い出の連続でちょっと。わたしは一瞬目を閉じて指で目頭を押さえた。


「田中君に聞いたんだけどさ、写真部って来月大会あるんでしょ。まあほら結局なんでも甲子園をつけるあれ。写真甲子園的なの」

「ああ、部長がさっき言ってた。展覧会がどうのみたいな」

「部長は『写真甲子園』っていうのが嫌いで。いつも展覧会って言ってる」

「田中君情報によるとね、夕夏が写真持って行ったじゃん。次の日が締め切りだったらしいんだけど。ふふ、なんと!申請したらしいよ。あの部長、笹木夕夏という大物オールドルーキーを得て大分やる気出てるっぽい」

「ちょっと待って。それわたしが出るの?どんなのかもわからないのに」


 えっと詳細としては。田中君が呟く。


「各高校で3人1組で参加。部長はおれ、笹木さん、部長の3人で考えてる。あと3人いるけど幽霊部員みたいなものだから」

「ねえ夕夏、やっちゃおうよ。幽霊にしてはわたし達にも見えてた部員だけどさ。遠慮することはないよ。それでさ、この夏の思い出をそのまま漫画にしちゃおうよ」 

「うーん、せっかくだし他の人がよければ別にいいんだけど。一応明日部長に聞いてみる」

「じゃあ、漫画の流れなんだけど、面倒だから口頭で説明するね。まず、36歳になったわたしと夕夏がタイムリープで18歳に戻るんだけど」

「ちょ、ちょっと!何それ!」

「まあまあ、夕夏。話を聞いてよ。ほら田中君なんて」


 田中?わたしが田中君に視線を移すと大学ノートを開いて膝に乗せ、ボールペンを持っている様子が目に映る。

 

「……一応続けて」

「よかった。こっからはそのままだよ。それで18歳になったわたし達をダイレクトに描写するつもり。タイトルは、ずばり『ぶち割ってしまえよ、ベニヤ』まあ、夕夏が実際見るのは紙面かな」

「手伝うから途中経過わかるし。というかそのタイトル大丈夫なの?」

「ふふ、最後まで読んだらわかるようになってるから」

「最後まで読んだらって。その考えは良くないよ、大体の漫画は最後まで読んでもらえないから」

「ちょっと夕夏。そんなきつめの正論は作者のやる気をそぐよ……」


 いいんじゃないかな。田中君が小声でつぶやく。


「面白いと思うよ、部活漫画は鉄板だし。タイトルも悪くないと」


 田中、お前なんでもいいんだな。わたしは2個目のカントリーマアムを口に運び、カルピスウォーターを飲んだ。

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