第5話 部長の家
うーん。やっぱり海外の銘柄っていうのがなあ。
戻ってきて初めての休日。本屋に来ていたわたしは『漫画でわかる株の買い方』をそっと棚に戻し、『読めればわかる!絵で見る株の買い方』を手に取った。
「あの、笹木さん?」
「え、あ、はい」
慌てて本を戻したわたしは振り返る。
「本間です。わかる?」
「あー。うん、本間さん。うん。わかる、よ」
本間さんというか部長じゃん。転校生状態のわたしは自分の人物把握をフルに活用しながら答えた。
「株買うの?」
「うん、ちょっと興味があって」
「へえ、すごいね。あ、ちょっと話いいかな、時間ある?」
「あー、うん。あるといえば、ある、けど」
時間のあるなしの問題じゃない。行きたいか行きたくないかの問題だよ?という雰囲気を全面に出してわたしは言った。
「ちょっと写真見ない?学校の部室で」
「えー、ごめん。ちょっとそんなにはないかな」
「じゃあわたしの家は?ここからすぐなんだけど」
「本間さんの、家?」
う、この方向からはきつい、理由が作れない。わたしはこのやり取りを諦めて、うん、ちょっとなら。と返答した。
「ありがとう。じゃあ行こうか」
部長は満面の笑みで言った。
「ここだから」
部長は一軒家の前で立ち止まり、鞄から鍵を取り出した。
ここからすぐと言ってたけど。わたしは部長の後ろ姿を見ながら思う。徒歩15分はその範囲を明らかに超えてる、絶対。
なぜか颯爽と家の中を進む部長に続いて階段を上り、わたしは2階にある部長の部屋に入った。
8畳程度の部屋にはベット、机とクローゼットがあるだけで、机の上には何もなく、ベットもシーツからカバーまで全て白で統一されていた。
こういうのはこういうのでいいんだけど。あれがちょっとなあ。わたしは入った瞬間から気になっている場所を3度見しつつ思った。
ベットの足元の壁。そこにテレビがあるのだが、壁掛けをイメージしているのは伝わる。すごくわかる。しかし壁掛けの用途ではないテレビであるため、掛けているというか、無理やり背部を固定して浮かせている状況であり、またコードを100円ショップ感が強いカバーで誤魔化しているのが余計悪目立ちしていた。
「適当に座って」
部長はそう言って椅子に腰掛け、選択肢がなかったわたしはベッドに腰を下ろす。
「笹木さんは前から写真やってたよね?」
「うん。まあ趣味で」
趣味と言うか仕事で10年以上やってるけど。わたしはそう思いつつ答える。
「やっぱりね、そうだと思った。この前の写真、構図いいけど、あれ1枚だけでしょ、実際撮ったの。田中君が言ってた」
「そうだけど」
「笹木さん、写真で大事なことってなんだと思う?」
「正確さ、かな。よくわからないけど」
「ん、正解」
そう言って部長は満足そうに頷く。
その、ん、ってつける感じと、正解、の言い方すごい気になる。おかしいな、なんだろう、今日考え過ぎかな。
わたしは鞄からベットボトルのお茶を取り出し口をつける。
「やっぱりわかってる人なんだ。やっぱり間違ってなかった。この前の写真、タイトルもいいよね。15年後っていう。他の部員たちは、この2人小さい頃からの幼馴染?みたいに言ってたけど違う。あれは15年前のことを思い出してる映像だよね」
「うん、そんな感じ、かな」
え、ちゃんと伝わってる、意図が。すご、一枚の写真で。完全に合ってるんだけど。だめだ、恥ずかしい。なにこれ、自分でやっておいて、やめて。もう、恥ずかしい。
わたしは悶絶しながらも、浮いているテレビ、正解の言い方、にケチをつけていた自分を恥じた。
「笹木さんも出してみる?来月に写真展があって」
「え、いいよ。わたしは部外者みたいなものだし」
「結構いいと思うけど。あの写真でも他でも。あ、例えばわたしだと」
部長はクローゼットを開けて透明の衣装ケースを取り出した。
「え、これ。全部?」
「そう。ちょっと見てもらったら、笹木さんならわたしの写真わかるからと思う」
パンパンに詰まったファイルを見たわたしはこれから起こることを想像し、部長は最初からこれを狙っていたことに気付く。
先に時間で区切っておこう。とりあえずそれだけは最初に言っておこう。わたしは渡されたファイルを開いた。
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