第7話 小屋

 夜が明ける頃には、川も流れが落ち着き、カピバラというか、尻尾が短くてデカいリスみたいなのが水を飲みに来ていた。

 オレの方は、今日中に小屋を建てられるよう、早速作業にかかっていた。支柱用の長い木を二本、それより低い物を六本出して並べる。

 最初に、柵の入り口、竈、寝床の木を繋ぐ中心線を土の上に引く。

 次に、竈を真ん中にした四角形を描く。中心線は、小屋を通り抜けられる導線で、左右の面を壁にして、横風を防ぐという構想だが、予定は未定だ。

 中心線と四角形の交わる二点に、石で木杭を打ち込み、空いた穴へ柱となる長い木を一本ずつ刺す。

 四角形の左右の線にも、等間隔で六つの穴を開け、柱用の残り六本をそれぞれ刺した。

 ここからは、集めた木材でパズルを組むようなものだった。

 支柱同士を木で結び、三角屋根になるように組み、長さが足りなければ枝同士を結び付けて、小屋が倒壊しないように縦・横・斜めを補強した。

 屋根には、シダの葉を束ねた物や、よくわかんないデカい葉、大きく剥がせた樹皮などを、特に竈の上が雨漏りしないように重ねた。

 これは多分、藁束とかの方がいいのだろうが、この森ではあまり見ない。昨日の池で、イネかススキみたいなのを少し見かけたような気はするから、今度から集めて置く事にする。

 一応は形になった小屋を、軽く揺すってみる。屋根材が不安な音をさせているが、日々強度を上げよう、と今は思考を放棄し、夕方を前に火を熾す。

 慣れていない上に、雨のせいで湿気しけたのだろうか。以前にも増して手古摺ったが、なんとか火は点いた。小枝を燃やしつつ、薪となる枝を拾ってきては、竈の周りに並べて乾燥させる。

 そしてもう一つ。木の枝に張り付けていた粘土玉を持ってきて、小川からは新しい作業台用の石を転がしてくる。

 今日は、土器作りにも着手しよう。

 だが、粘土は一晩で乾いたのか、硬くなってしまっていた。なので、川で回りを濡らしてやり、再度ルビを入力…ねる。

 小学校の社会か図画工作の教科書に、縄文時代の土器の作り方が載っていたような気もするが、アレって郷土資料館の記載だったかな?

 最初から器の形にするのではなく、先ずは器の底部分を作ったら、粘土を団子状に丸めてから紐状に伸ばし、底の周りにくっ付けて少しづつ高くしていく。そんな作り方だったように思う。記憶が確かならば。違うかもしれんけども。

 これだけでも凄く時間が掛かるので、暗くなる前に薪だけは大量に集めた。

 それと、粘土を柔らかくして作業をし易くするのにも水がいるので、大きな葉と木の枝で葉の器を作り、水を汲んでくる。

 後は、土器作りに励んだ。

 捏ねては付け、隙間が出来ないように形を整える。その繰り返し。

 竈には薪をくべる。炎の灯りとこのエルフの目のおかげで、森の闇の中でも作業に支障はない。葉が揺れるような音も遠くではするが、火に向かってくるような奴は、今の所はいなかった。

 そして、そんな余計な事を考えるから、夜への恐怖が押し寄せてくるのだ。この瞬間に、上から、横から、背後から、何かが飛びかかってきたら、どうすべきか?

 辺りを警戒するように見回しては、粘土に向かう。やがては、周りの気配にのみ注意を払うようになってしまった。今日はここまでにしようか。

 出来たのは、寿司屋にあるような大きさの湯飲みと、お湯を沸かすようのポット…が作りかけ。

 確か、いきなり火に当てると割れるから、土器は少し乾燥させる工程が必要だったはず。煉瓦レンガもだったか? 未完成のポットはまだ乾かしては駄目な気がするが、湯飲みの方は竈の熱が届く距離に置く事にした。

 焚き火はそのままに、木の上で眠りにつく。火の不始末で朝には小屋が燃えていた、なんて事がないように祈りながら。


 目が覚めた時には、竈の火は小さな煙を上げるだけであった。飛び起きて、まだ赤くなっている炭を枝で探し出し、枯葉や木の皮を乗せ、ゆっくりと息を吹きかける。

 火は蘇った。また熾す所から始めなくて済み、ホッとしつつ枝や薪を足した。

 湯飲みの反対側を火に向けてから、小川へと洗面に向かう。朝起きてやることはあまり変わりがないように思うが、現実は非常である。食料にしていた花や実が確実に減っていた。

 ポットができたら、山菜っぽいのも煮て食えるようになると期待したいが、山の幸自体が季節物だよな? 実家ではゼンマイだかを干物にして、水で戻して煮物に入れていたが、ここでは雨から守れる保存容器がまだない。

 そこで別の可能性にも気付いてしまった。

 冬になったら、どうすんの?

 しばらくフリーズした。

 そうだよ、この森って雪が降るのか? その時、この小屋は平気なんだろうか? そんでもって、冬の時期に採れる食べ物は? 保存食ってどのくらい必要? 蔦の服でも寒さは防げる?

 本当に一つ何かを成す度に、考えなきゃならない物事がどっと押し寄せる。

 これは、いかん。

 今日は、とにかく、土器作り。入れ物の確保をしてから、保存可能な食べ物を入手する。

 本当にやる事が多過ぎて、眩暈めまいがする。

 ただ、こんな風に個人の処理能力を超えてしまっている状況でも、立ち止まったら押し潰されるだけなんだよな。今、出来る事から、一歩づつ。この基本は、どんな世界でも変わらないはず。

 オレはポット作りを再開した。

 容器の高さを少しづつ上げて、取手も付けてみる。すぐに折れるか壊れるかしそうだから、なるべく厚目にして、残りの粘土をすべて使って蓋も作った。

 それらを湯飲みと並べて乾燥させ、薪も集めながら、周囲の草木を刈り払い、柵も隙間を更に蔦で埋め、頑丈にしていく。

 住処の整理が一段落したら、焚き火の中に粘土湯飲みを置いて、土器にしてみる事にした。湯飲みの表面は乾いているように見えたけど、これも何度もやってみないと判断できないと思うし、この経験は早く積んだ方がいい。

 湯飲みの周り小枝を投げ入れ、その周りを多目の薪で囲んでから、また粘土を取って来る事にした。戻って来る頃には、火も落ち着いているだろう。

 装備は、頭に蔦製三度笠、身体は巻き付けた蔦、足に草履もどき、片手には棍棒。石のナイフを紐で縛り、ペンダントにして首から下げる。

 余裕があれば、木で盾を作った方がいいのかな? 狼や熊がいるのだから、牙や爪から身を守る為には欲しいが、そもそも近接戦になった時点で詰んでいる気がする。

 それなら、距離をとれる槍か弓を優先するのが良いかもしれない。

 そんな事も考えながら、なるべく早歩きで出発し、粘土を見つけた下流の池を目指しつつ、黒と赤の実を見つけたら、葉っぱに包んで紐で縛り、巻き付けてある蔦に括り付ける。

 今回は木材を無視。

 武器、防具、道具、食料まで、自分の身に着けて進んだ。

 あの馬鹿デカい何かの通り道もそのままで、別の痕跡が増えているという事もなかった。ただ、風の谷のアレ的な、巨大ダンゴムシでもいるのだろうか?

 一度、近くで物音がしたから胡桃の木によじ登ったら、木々の間から出て来たのはヤマアラシだった。背中の棘が刺されば危険だろうが、向こうに襲ってくる気配はなかった。通り過ぎるのを待ってから、先を急ぐ。

 到着した池を崖の上から見下ろすと、雨の日と同様に濁ったままで、何本か流木が浮いていた。川沿いの石の段差は、以前と比べて濡れていないこともあり、歩き易くはなっていた。

 採取すべく下りながら、前よりも大きな粘土玉を作って持ち帰りたいなと思う。

 あー、ちょっと待てよ?

 小屋と池とを何往復もする事を考えれば、何か運べる道具も作った方がいいのか?

 それとも、せっかく小屋を作ったが、粘土が採れるここを活動拠点にした方がいいのか?

 こんな事を思いもしなかった自分に愕然としつつ、オレはとにかく粘土を集め丸めていった。悩むのは後だ。

 小屋も建てたばかりだが、活動場所を変えるとか、この数日の出来事くらい、やり直しは効くだろう。

 ……まさか、死に戻りするしかないとか、ないよな?

 というか、そんな物があるとしても死ななきゃ試せないが、絶対に嫌だ。命をベットして、コンテニュー可能かの検証をしたくはないぞ。

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