第6話 雨の小川

 雨の夜はしんどかった。

 濡れた体は風でさらに冷え、容赦なく体温を奪っていく。隙間から水滴が落ちてくるこの屋根とて、昼間に作っておかねば今頃はもっと酷い目に合っていたのかと,想像するだに恐ろしい。

 出来るだけ身を縮め、少しでも温まるように手で露出した肌や足先をさする。

 小屋が建てられれば、雨を凌ぎながら焚き火に当たっていられただろうか? 苦労して熾した火は、この雨にあっさりと鎮火させられてしまい、今は竈の中に濡れた灰を残すのみだった。

 今は、藁の家でも欲しいよ。超切実。三匹の子ブタは家を建てられるだけ偉いよ。

 木の上で寝ている事を考えれば、ツリーハウス内に囲炉裏を作ればいいのかとも思ったが、セルフバーニングで木ごと燃える未来予想しかできない。

 ただ、小屋にしろ家にしろ、柱になるような木材はなかなか拾えず、大抵はひん曲がった枝で、杉っぽい若木はあっても斧もないから切り倒せないのだ。石でぶん殴って折る事は出来るかもしれないが、うまくやれる方法が分からない。

 雨対策は、合羽というか蓑を作った方が、今はいいのかな? これも作り方知らんけどさ。

 しかし、今夜はあまり眠れそうにない。

 なら、何か道具でも作ろうかと、取っておいた細目の蔦束を持ってくる。

 蔦の先端を紐で結び、そこから蔦をクルクルと円を描くように丸めていき、形が崩れないよう縛りつつ、ほんの少しづつ下に角度をつけていく。

 要は、蔦だけを使った三度笠もどきを作りたかった。

 ゆっくりと円を拡げてはズレる部分を紐で固定し、バラバラにならないようにだけはしていく。製作途中でも、隙間がかなり空いているが、これも葉っぱを突き刺して間を埋める事になりそうだ。

 肩幅くらいの広さになったら、顎紐をつけて被ってみる。

 屋根と合わせてみれば、主に頭部と上半身くらいは、先ほどよりも雨が当たらなくなった。無駄ではない、と思いたい。

 雨が続いてる間中、蔦製三度笠を紐で隙間埋め兼補強に努め、小降りになってきた頃に、少しだけ眠りについた。

 すぐに朝が来た。


 小川は水嵩が増し、若干濁っていた。

 夜の間に、たっぷりと雨水が顔を伝って口に入り込んでいたので、喉が渇いている気はしないが、この濁りや流れが落ち着くのは、いつになるのか見当がつかない。

 こういう濁った水は飲みたくないが、そうなると雨の水を貯水しておいた方がいいのかな?

 貯水槽も風呂桶もペットボトルもないから、葉と小枝で器を作る程度しか今は出来ないが、生活水の確保には木桶、樽や水瓶なんかも必要になるんだろうな。これだけ鬱蒼と茂った森に、乾期みたいなのがあるとも思えないけど、今日みたいな雨で濁り水しかない日が続く事はありそうだし。

 そう考えている間に、小雨が降り始めた。これじゃあ焚き火は無理そうだ。

「はぁ」

 溜息を吐く。とにかく、動かないと状況が変わらないのだけは確かだ。

 肉食獣に遭遇する危険は常にあるが、同じ場所のみをウロウロとしていても、欲しい物は揃わない。

 小屋作りの木材も、器の元になるような土も、美味しそうな食べ物も、ここにはない。そう。のであれば、

 集めた木材の中から、棍棒として使えそうな物を一つ持ち、小川に目印となる棒を数本打ち込んで、材料探しの起点とする。こうでもしないと、絶対に戻ってこれなくなりそうだった。

 向かうのは、下流かな?

 もしかしたら、大きな川に合流しているのかもしれない。


 川沿いは似たような景色が続いていた。

 蛇行した流れではあるのだが、川の周りに苔に覆われた石が拡がり、疎らに草や低木が生え、次に同じ種類と思われる大きな木が不規則に並び、そこから先は様々な木々が混じった森となる。

 同種の巨木は胡桃かもしれない。

 この小川、実は大雨で氾濫していたりするのではなかろうか?

 小川の近くに転がっている木は、水気と苔でほぼ朽ちている物ばかりで、小屋の柱になるような条件の良いのは、結局、発見したら棍棒と石で根元を叩きまくって、力任せにし折る事にした。

 これには時間も体力も使うし、何かが近付いて来る度に木の上に退避するのも手間だが、そもそもオレが求める木材がそんなに都合よく自然界に落ちている訳がないんだよな。

 労を惜しんでいても、小屋は出来ない。

 小屋がなければ、雨にも濡れず継続的に火を燃やせる環境が手に入らない。ここは力をふるう場面だ。

 ただ、誤算はあった。

「はっ! せいっ! やっ! ……はぁ、はぁ。…お、思ったより、やるじゃねぇか……はぁ…っ、くっ!」

 木は堅い。それを痛感した。

 オレはそれを思い知った。棍棒を連打し、両手持ちの石を打ち付け、体重をかけて木を折ろうとするのだが、堅いわしなるわで一筋縄ではいかない。

 全身から汗が噴き出る。

 まさか、動かない標的に対して、ここまで全力を出さねばならぬとは…。オレの手首くらいの太さしかないんだけどな、この木。

 エルフの身体は身軽で器用だが、それほど力は強くないようだ。

 ようやく二本を倒し、小川の傍に突き刺す。帰りに拾って行こう。日没にはまだ早く、もう少し下流を見ておきたい。

 すると、苔の上を何かが這いずったような跡があり、森の木々を無理に押し広げたような馬鹿デカい通り道があった。

 前に見た熊の二倍以上はありそうだった。そんな一本道が、小川の向こうにも続いている。

 怖い。

 どんな生き物が通った跡なのか、見当も付かないが尋常な大きさではない。恐竜とか大型哺乳類もいるのだろうか、ここには?

 オレが倒せるのは、せいぜい自分の身長より少し高いかな、ってくらいの木なんですが? この異世界、デバックしてないの? バランス、おかしくない?

 しかし、チャンスでもあるんだよな。

 ビビりつつもゆっくりと通り道を覗いてみれば、思った通り折れた木々が転がっていた。再度、辺りを窺ってから、使えそうな物を急いで引っ張り出し、そこから少し離れた大木の根元に集めて置いた。

 使えそうな木は、小屋に使う予定量よりも多くあったが、さすがに一度では運べそうにないし、再び取りに来た時、もし川の水が今以上に増えれば流されているかもしれない。

 今日、持って帰れそうな六本だけは、紐で結んで川近くの目立つ場所に置く。

 木材はもう充分だった。

 後は、もう一つの目標を探す事に専念する。

 オレは棍棒を握りしめ、通り跡に何かがいない事を確認してから、さらに下流へと向かった。

 道中、食べられる白い花や黒い実の他に、小指の先くらいの大きさの苺っぽい実を見つけた。苺モドキは、かなり酸っぱかったが食えない事もない。茸もかなりの種類を見かけるのだが、毒は嫌なのでやはりスルーした。

 そろそろ戻ろうかと迷い出した頃に、水の落ちる音が聞こえてきた。気持ち急いでみると、ちょっとした崖になっていて、小川も緩やかな階段状となり、いくつかの小さな滝もあった。

 苔で滑らないように下りる。

 崖の下は、他の川とも合流して池になっており、さらに森の向こうへと伸びている。池は濁っており、水面から突き出ている水草しか見えない。

 最も、探していたのは池ではなく、崖の方にあった。

 赤茶けた土の層が、崖の端から端まで延々と伸びている。ちょうど一部が、川と雨の水に混じって泥状になっていたので、柔らかくなりすぎていない部分を集め、練ってみる。

 両手で丸めて団子状にし、今度はギュッと潰して皿のようにする。

 土の品質の良し悪しが判る訳ではないし、確信があるのでもないが、多分、これでいいのだと思う。修学旅行の陶芸体験で弄った土もこんな感じだったような気がする。実際にはほとんど覚えてないけどね。

 間違っているかも知れないけど、コレが探していた物の1つ。

 土器を作る為の粘土だ。

 この土で、本当に器が出来るかは、試してみるしかない。粘土を搔き集めて、ボーリングの球程度の大きさに丸める。実験するには充分だろう。

 粘土玉を左手に抱えて、帰路につく。

 途中に置いた木の束まで来ると、粘土をその上に置いて、束は両手で抱える。必死で追った二本の木も、束に結びつける。

 持てるのは、このくらいが限界かもしれない。重量的にはもっと持てるが、バランスが取れないし、両手が塞がっているこの状態で襲われると対処が出来ない。

 その時は、一旦全部を投げ捨てて逃げるしかないと思う。

 幸い、目印の棒まで何事もなく辿たどり着き、柵の中に入ると座り込んでしまった。ここも安全ではないのだが、自分で作った品々に囲まれているというだけでも、安心感はあった。気休めであるにしろ、やっぱり我が家が一番。

 安堵の溜息を一つ吐き、寝床の木に束を立て掛け、粘土玉を木の上に運び太い枝の1つに圧し付け、一応は雨対策に大きな葉を被せる。

 後は、小川で汚れた体を洗い流し、夕食として木の実を摘まんでいたら、少し離れた所に狼の群れが来た。

(このタイミングで来るかよ……っ!)

 狼たちの鼻を誤魔化せるか分からないが、樹上に走って逃げるには遠く、草木の陰にしゃがんで様子を見るしかなかった。

 連中は、オレの場所ではなく、下流の方へと向かった。探索にもう少し時間がかかっていたら、鉢合わせしたかもしれないと思うと、背中に冷たい汗が流れる。

 とっとと余所に行ってくれ、と願っていると、三頭くらいが此方こちらをチラチラと見てくる。え、ここに居る事バレてるの?

(マジかよ…。今、棍棒すら持ってねぇよ…)

 群れで他よりもデカい一頭も、こちらをジッと見てきた。完全に存在を把握されているっぽい。ウオー、見逃してくださいよ! エルフの肉は不味いですよきっと!

 祈りは天に通じたか、狼は一匹として襲い掛かってはこず、群れは森の向こうに消えていった。

 いやしかし、今日まで襲われずに去ってくれて、何度も助かっている。幸運が続いているのか?

 もしかしてこの世界、エルフは森の嫌われ者だったりするのかもしれないが。

 どうなんだろう。

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