第1話 問

 カチリ、と音がする。

 ゲーム機の電源を入れる指。

 ああ、これはオレの指か。

 そう思う間もなく視界が上昇する。

 自分の部屋の、自分の姿を、部屋の上から俯瞰しているという、奇妙な感覚。あれか、幽体離脱っていうヤツ?

 ただ上昇は止まらない。

 自分の部屋の、さらに上。ここは上の階の住人の部屋か?

 さらにアパートの屋根が見え、隣の家々、近所、町内,隣町とどんどんと上空に上がって行く。県境、周りの県、本州、日本全土、隣国、地球全体。

 月まで見え、遠くには太陽がある。

 火星、木星、土星。

 どこまで行くのだろう?

 やがては巨大な恒星も、夜空の星々のようになり、単なる光の点の集合として見え、科学雑誌に載っていた銀河のようになる。

 周囲は暗黒、かと思いきや、緑と橙色、二色のストライプ柄スーツに、キンキラキンと黄金色に輝く蝶ネクタイ、バカでかい口につるりとした頭部の奇妙な怪物の姿が、星空を背景にしてフワフワと浮いていた。

 なんだ、コイツは?

 そして、ここはどこだろうか?

 見える範囲には、星空と怪物、そして自分は海外の裁判ドラマで見たような証言台の上にいるようだ。木製の手すりに囲まれ、その隙間からも星空が見える。

 なんで?

 オレはこんな所に来る前に、何かをしていたように思うのだけど、酷くぼんやりとしている。

 そんなオレを前に、怪物は輝くような白い歯を見せるように、ニッコリと笑う。次いで、白い手袋をした両手を左右に素早く振ると、まるで手品のように両方の手には三つずつのボールが握られていた。

 赤、青、緑、黄色、白、黒、合計六色のボールを、手の上で器用に転がし始めつつ、怪物が口を開いた。


「はじめまして。吾輩の名はエム・イー。そして、ようこそ吾輩の世界へ」

 突然、いっひっひっひ、と愉快そうに笑ったかと思うと、急に真面目な雰囲気を醸し出す。

「新しいお客人を、勿論はやくご案内したいところではありますが、その前にいくつか吾輩からの質問に答えてはもらえませんか? おお、ありがとう。なに、時間は獲らせませんし、割と重要な事なので。今後のあなたにかかわりますし、ね」


Q1:あなたのお名前は?


Q2:あなたの性別は?

・男性

・女性

・男性かつ女性

・男性でも女性でもない


Q3:あなたが好きな物は?


Q4:あなたが嫌いな物は?


Q5:あなたはどのような容姿でしたか?


Q6:あなたの容姿で特に強調したいのは?


Q7:あなたが暮らすならどんな所がいいですか?

・極寒の地

・深き森

・灼熱の砂漠

・険しい山脈

・常夏の火山島

・熱帯の密林

・空に浮かぶ島


Q8:吾輩が手にするボールに好きな色は?

・赤

・青

・緑

・黄色

・白

・黒

・いくつかある

・好きな色はない


Q9:あなたが得意なことは?


Q10:あなたが苦手なことは?


Q11:あなたは戦いを好みますか?

・好む

・好まない

・わからない


Q12:争いを避けられない場合に欲しい物はありますか?


Q13:再度、あなたのお名前は?


 質問に答えていくと、怪物は手にしていたボールを放り投げ、「ふ~む」と腕を組んで悩んでいるような仕草をする。いや、顔と思われる部分には口以外に何もないから、そう見えるというだけなのだが。

 やがて、何か得心がいったのか大きく頷く。

「わかりました。どうやらあなたは何か変化が起こる事を望んでいるようですね。自分とは違う誰か、ここではない何処か、今とは違ういつか、そうしたものを求めているようです。といって、今までのすべてを捨て去ってでも追うとまでは行かず、周囲の人たちや物事への、ある種の責任感も持っている、と」

 うんうん、と怪物は納得の様子を見せているようだが、自分自身の話としてオレに合っているのだろうか?

「そうですね、時にはあなたが何もかもを自由に決めてみてもいいのではないでしょうか? 誰かの評価や、ありもしない価値に振り回される必要も、今はないかもしれませんよ? さぁ、後ろをどうぞ」

 怪物が手で指し示す方向には、いつの間にやら光り輝く壁と、証言台からそこへと通じる道があった。

「自分のタイミングで構いません。好きな方へとお進みください」

 巨大な口の怪物は、それ以上は何もせず、ただフワフワとその場で揺れながら浮いていた。

 オレは、手すりの隙間から星空に落ちはしないかとハラハラしながら、輝く壁の方へと進んで行った。光の中へ入る途中、「それでは、ごきげんよう」と言われたような気がしたが、オレの意識はそこで途切れてしまった。



 世界より通告。

 耳長族、法術などに関連した、新たな要素が追加されました。

 転変します。



 目を開けた時に、オレの前に広がっていたのは木々が鬱蒼と茂る森の中の光景であった。

 あれ?

 オレは、配信の為にゲーム機の電源を入れて、なんだっけ?

 変なバカでかい口が、突然モニターから飛び出てきたような気がするが、何でこんな所にいるんだ? 自宅ではなく?

 夢なのか?

 いったいここは、何処なんだ?

 右を見ても、左を向いても、空を見上げても、草、枝、木、というか植物群。

 ザ・森。

 自分の現状に困惑しかない。

 さらには自分の下、地面の方を向くと何やら白い物を目にする。

 先端がピンク色をした、二つの双丘。

 なんだ? 疑問は湧くが、オレはこれを知っている。

 他には自分の両手も見える。随分と華奢になってしまったような気もするが、間違いなく手だ。だが、これは別にいいんだ。

 問題は、双丘の方だ。

 コレは、あれだ。

 おっぱいだ。

 見た事があるし、オレは詳しいんだ。噓だけど。というか、男にだって胸はあるだろ。ただ、オレの胸はこんな形をしていなかったというだけなんだ。

 恐る恐る白い山脈に触れてみる。

 おお。

 おほぉ、ほほほぉう。

 コレは間違いなく、おっぱいだ。きっとそうだ。想像していた以上に柔らかいが、それは良い誤算のハズだ。

 いや、まだだ。

 ここは揉みしだいてみるべきではないのか? 確かめるとは、そういう事ではないのか? ここは現実なのかと問うのであれば、探求の心を忘れてはならないのではないだろうか?

 待てよ。

 下半身の方は、どうなんだ?

 そっちも変わっているというのか?

 まぁ、あったモノが無くなっているのは、感覚で解るのだが、それでも確認するのは必然では?


 そんなオレの葛藤を、草を掻き分ける微かな音が打ち砕いた。

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