『転変世界 エム・イー』 ~ゲーム実況をしていたハズが、なぜか異世界サバイバルが始まってた~

パクリーヌ四葉

序章 始まりはいつも突然に

 その日、オレこと、森久保カワルには予感があった。

 大学生活の始まりから住んでいるこの町で、いつもの散歩道を外れた国道沿いに、今まで気付かなかった中古のゲームショップを発見した時、この店で何かが掴めるだろうと。

 停滞気味の現状を打破するような、画期的な何かを。


 大学での勉強の傍ら、バイト代で少しずつ機材を買い揃えて、ゲーム実況配信を続けてきた。

 森っ娘エルエル。

 可愛い、我がエルフアバターで。

 ただまぁ、ゲーム趣味が実益になればいいなぁ、と軽く考えていてはダメな世界ではあった。

 何せ、真面目に働きたくない事に対して異常な執念を燃やす輩は思いのほか世間には多く、ウケる為なら手段は厭わない、炎上したって儲かればええんじゃーな精神で人生を切り売りする連中になりたくはないのだが、さりとて無難な配信内容ではやはり話題にもならんし、人気も出はしない。

 最新のゲームは、確かにある程度は盛り上がるのだが、見に来る視聴者も同世代の若い奴等で…、オレの現実の実情と同じく、何せ金がないのだろう。

 入ってこないのだ、投げられるアレが。投げ入れて欲しいアレが!

 喉から手が出るほど求めて止まない、アレがッ!

 なので、方向を変えて今までやった事もないレトロゲームの人気作を取り上げる事にし、「えー、こんな裏技? いいの、コレ?」「卑怯過ぎない? 最高かよ!」と、バグや裏技を絡めてとにかく過去作を褒める内容にしたら、年配層にウケてそこそこ収入も人気も上がった。

 ただ、過去作に求められる多くはノスタルジーや懐かしさであり、発売当時に生まれてすらいないオレには無縁な感情であり、そればかりというのもオレ自身が辛いし、その場しのぎのやり方では配信を見ている側もそうそう騙され続けてはくれないものだ。色々とゲームについて調べたりは当然するけどね、いくらくらいの値段で、どんな進行をすれば喜ばれるだろうか、開発者に関係したネタはないか、とか。

 レトロゲーはやってみるとそこそこ面白くはあるのだが、やはりゲームとしてのグラフィックの差は歴然で、個人的には映像として好みではないのだ。

 大きな話題となるような変化が欲しかった、切実に。

 休日である、今日中に。

「次の配信、どうすっぺ…」

 悩む頭を抱え、気分転換にいつもの散歩コースを歩いていると、分かれ道でふと立ち止まってしまった。

 このまま道なりに真っすぐ行けば、いつもの公園だ。

 この分かれ道を曲がれば、ほとんど歩いた事のない国道沿いの道に出る。

 オレは数秒、その場に留まっていた。

 そして、足の向きを変えると、大量の車が行き交うだけで喧しい、国道へと歩み出した。

 そこで、あの店を見つけたのだ。


 その店は、一見するとあまり近寄りたくはない外観ではあった。

「高価買取中」とピンク色に点滅する看板、色褪せた店名、店先のモニターには有名なアクションゲームのデモ画面が延々と流れ、その横にあるワゴンには太陽光で色落ちした中古の漫画本やライトノベルが所狭しと詰め込まれている。

 どうやって今日まで営業を続けてこられたのかすら、オレには謎であった。

 いつもであれば素通りする店構え。しかし、こんな所にこそ、お宝は眠っているのではという期待と予感が鬩ぎ合う。

 しばらくの葛藤の後、意を決して店内に入る。

 入口すぐにあるカウンターの奥には、「いらっしゃい」の一言すらない老人が座しており、白黒のテレビ画面を呆然と眺めていた。さながら、そうした置物のように。

 その様子を横目に店の奥に向かえば、レジ横に並べられたエロ本やヌード写真集の隣の棚に、ゲームソフトが大量に陳列してあった。

「おお」と、思わず呻く。

 この中から探すのか。

 知っているソフト。

 ゲーム配信でクリアしたソフト。

 そして、唯一名前だけが知られ、実物が全く画像ですら残っていないソフト。

 それが、あった。

『エム・イー』とタイトルがあり、大きな唇がにんまりと笑っているイラストが描かれた、ウルトラショッキングピンク色のゲームソフト。

 開発され、販売もされたのに、有志が調査をしても制作会社は記録すら残っておらず、関係者は一人も見つからず、実在すら疑われており、もしそのソフト本体が実物としてあるならば、途方もないプレ値が付くだろう、という噂だけがある一品。

 マジか、と思い急いで取り出したスマホで即座に検索をかけるも、そもそもそうした情報が一切残っていないのだ、という前提を思い出し、一瞬、思考が飛んだ。

 待て、まだ慌てる時間じゃない。

 そう、先ずは値段を確認するのが先ではないか三百円スか、本当デスか?

 桁を二つ、三つとか間違えてないっすか?

 もしかして、偽物っスか?

 でも、いや、だが、しかし、これだけでも、話題にはなるんじゃなかろうか?

 例え、手の込んだ贋作だとしても、真夏の東京に雪が降るような、そんな幻であろうとも、「あッはッは、まんまと引っ掛かっちゃったナリ~」といつの時代の人かも分らぬリアクションで今日の配信が終わるとしても、いいのではないだろうか?

 三百円だし。多分、税込みで。

 慌てず騒がず落ち着いて、カウンターにいる置物のような老人に「こ、ここ、これください」と、平常心を最大限発揮して会計を頼み、三枚の百円玉と引き換えにゲームソフトが紙袋に入れられ、ゆっくりと手渡された。

 テレビの白黒画面はそのままだったが、老人は置物ではなかった。

 紙袋の中身もまた、実体に違いない。

 オレはゆっくりと中古ゲームショップを出ると、道路の右を見て、次に左を確認する。突っ込んでくるトラック、なし。暗殺者の姿、なし。天空からの隕石、今の所はなし。

 あとは、このまま警戒しつつお家に帰って、ゲーム実況配信をお始めあそばせ、幻のゲームソフトの話題が起こすであろうビッグウェーブにワタクシ自身が乗るだけだ、でございますわ。

 いかん、この思わぬ出来事に、興奮で思考回路が回路全開だ。

 思いついたやるべきことを、精一杯やるだけだ。そうだろう?


 それだけのハズ、だった。


「はーい、エルフの森からこんにちはー。みんなの森っ娘エルエルでーす」

「予定していた時間より、かなーり早めの配信になっちゃったんですけど、ちゃんと理由があってですねー、んっふ。あ、変な笑い出ちゃった」

「今日はですねー、みんなというか、私自身が驚いたんですけどー。どうしよう? どうやって報せたらいいのか、今の今まで悩んだっていうか、悩んでいる最中なんですけどー。どうしよっか?」

「このまま電源入れて、タイトルはゲーム画面でお見せした方がいいか、な?」

「ん? 画面、真っ暗? あれ?」

「何だろ? モニター、口?」

「あ」

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