第十五話 裏切りのベルナデッタ

 俺はミサイル発射機のコンソールを操作し、いつでも発射可能なように準備することにした。

狙う的は二つある。一つは、妻の方のドクター・キミヅカが使っている輸送船だ。

コヤマさんが情報を盗み出してくれていたおかげで、母港の座標は掴んでいる。

とりあえず母港の方角に発射すれば、あとはミサイルが勝手に輸送船を追いかけてくれる。

今頃は新文明のために重要物資を満載しているはずだから、その船が沈めば大打撃のはず。

あわよくば、ドクター・キミヅカも一緒に葬り去ることが出来るってわけだ。


 そしてもう一つの目標は、新文明の女王である一人の超人類。

すなわち、ゼロちゃんのことだ。

もちろん、俺はゼロちゃんを殺そうなんて思ってはいない。

これは旦那の方のドクター・キミヅカとの「取引」で決めたことだ。

旦那曰く、ゼロちゃんの戦闘能力は相当のものらしい。

だが流石に、巡航ミサイルを迎撃できるほどの能力があるわけではない。

それで、俺に「ついでにゼロをミサイルで撃ってくれ」なんて依頼してきたわけだ。

あの時、旦那が渡してきた紙切れの指示通りにコンソールを操作する。

原理は分からないが、こうすることでゼロちゃんを狙い撃つことが出来るらしい。

約束した以上、一応ミサイルは発射しなければならない。

まあ、タツヤならどうにかしてくれるだろう。

無理難題だが何とかしてくれよ、タツヤ。


 俺は発射準備を終えた。

これでボタンを押せばいつでも発射出来るってわけだ。

近くに座り込んでいると、ベルが近寄ってきた。

「マサト様。これで何をなさるおつもりですか?」

もう説明しても大丈夫だろう。今更「計画」がドクター・キミヅカにバレたとしても、どうしようもないはずだ。

「まあ、悪い奴の野望を阻止するってわけよ」

「ハカセのことですか?」

「そうだ。止めなきゃならん」

「ゼロお姉さまが女王になることをですか?」

「……そうだ。俺たちを利用した自分勝手な計画だ、そのままにしておく理由はない」

そう言うと、ベルも俺の隣に座り込んだ。


 この「仕事」が始まってからもう五年か。

そういや、仕事って呼び方はタツヤのを真似したんだったな。

二人で訓練してた頃が懐かしいね。あの頃にはもう戻れないが。

文明崩壊当初は、この東京にも人が大勢いたのになあ。

形を保っている街も多くあったし、人々は僅かながら希望を持っていた気がする。

それでも気温上昇が進んで、更に多くの人が死んだ。

もちろん、俺たちも多くの人々を殺した。

今やもう、この東京に残っているのは瓦礫の山だけだ。

人どころか虫の一匹もいやしない。

悲しい街になっちまったな。


 俺、なんでこの仕事をしてきたんだったかな。

少しでも苦しむ人々を安楽死させて、安らかに眠りにつかせる。

いずれ訪れる終わりの時を、少しでも早めてやる。

そう思って仕事をこなしてきた。

もちろん、逆らえばベルナデッタに殺されるというのもあるが。

仕事をこなしつつも、コヤマさんと「計画」を進める。

大変なことだったけど、ようやく今、実を結ぼうとしている。

これから先、どうしようかねえ。

もう安全な地域まで北上する気力はない。

やっぱり、ここで野垂れ死ぬしかないかな。

タツヤ、あとはお前に任せるぞ――

そんなことを思っていたら、つい眠ってしまった。


 目を覚ますと、すっかり夜になっていた。

俺はいつの間にか横になって寝かされていた。

どうやら、こっそりベルが寝かせてくれていたらしい。

横を向くと、ベルもすーすーと寝息を立てて眠ってしまっていた。

俺はその頬を撫でた。

コイツも、よくついてきてくれたもんだ。

出会った当初は真面目でお堅い奴だと思っていたのになあ。

本当だったら、ベルは青春真っ盛りくらいの年頃か。

こんなろくでなしじゃなくて、もっとまともな男に恋することも出来ただろうに。

悪いな、ベル。いや、ベルナデッタ。

そして俺は、頬にキスをしてやった。

おやすみ、ベル。


 そして日が昇り、朝になった。

ベルに起こされ、俺は目を覚ました。

相変わらず太陽は強く照っていて、俺の身体に突き刺さる。

こんなんじゃ、発射する前に干からびちまうな――と思っていると、ベルが何か言いたげな顔をしている。

「どうした、ベル?」

「マサト様。先ほどから衛星との通信を試みているのですが、通信できません」

「本当か?」

「はい。何度も試してみましたが、うまくいきませんでした」

とうとう通信が途絶えたか。いよいよ、決行の時だ。

俺はミサイル発射機に向かって歩き出した。

発射機まであと数メートルといったところで、後ろから声がした。

「ヨシカワマサト旧文明収束官。お話があります」

ベルだ。今更改まってどうしたと言うんだろう。


 俺はその声を聞き、立ち止まった。

「どうした、ベル?いったい何の用だ?」

そう言って振り向くと、そこには右手に銃を持ったベルがいた。

「ベル、なんのつもりだ」

「ヨシカワマサト旧文明収束官。あなたを――」


「殺害させていただきます」


間もなく、ベルの放った弾丸が俺の腹を貫いた。

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