第十四話 文明最後の日
俺は今、地下施設の中を延々と歩いている。
いつも訓練している場所とは随分遠い場所のようだが、どこに連れて行かれるんだろうか。
「もう少しよ、ヨシカワ収束官」
ドクター・キミヅカに導かれ、少し開けた場所にたどり着いた。
「ここは?」
「日本政府が根城としている場所だわ。上で起こりつつある文明崩壊に、最後まで抗う砦よ」
「そうですか」
最後まで抗う、ねえ。
やがて、向こうから見慣れた人間がやってきた。
「やあ、ドクター・キミヅカにヨシカワ収束官」
政府高官のコヤマさんだ。気丈にふるまっているが、結構疲れた表情をしている。
ドクター・キミヅカは、コヤマさんといろいろ立ち話をしていた。
「それでコヤマさん、『いつ』になりそうですか?」
「残念だが、今夜だ。最後に残っていた弾薬も尽きて、こちらはもう出来ることがない」
「インフラはどうなんですか?」
「もうそんなものは残ってはいない。もはや国民が生存できるような環境ではないよ」
「……そうですか」
ドクター・キミヅカは、あまり残念な表情をしていないように見えた。
しばらくした後、コヤマさんとは一旦別れた。
俺はドクター・キミヅカに連れられ、施設のさらに奥の方へと進んで行った。
しばらく歩いたのち、ある部屋の前に着いた。
「着いたわ、ヨシカワ収束官。この会議室の中に、政府高官が全員勢揃いだわ」
「はあ」
「それで、あなたに頼みたいことがあるの」
「なんでしょうか」
「私は別の作業があるから、代わりにこの書類にサインを貰ってきてほしいの」
そう言って、ドクター・キミヅカは封筒を見せてきた。
「え、それだけのためにここまで連れてきたんですか?」
「そうじゃないわ」
ドクター・キミヅカは詳しく説明してくれた。
文明崩壊間近の状況で高官たちは気が立っているし、ドクター・キミヅカも散々高官たちと意見が対立してきたのだという。
「だからサインを貰うってだけで大変なのよ」
「でも、こんな見知らぬ俺が入って行ってもサイン貰えますかねえ」
「秘密兵器があるわ」
そう言って、ドクター・キミヅカは瓶を取り出した。
どうやら、ワインの瓶らしい。
「あなた、話すの得意でしょう?」
「ええ、まあ」
詐欺師だしな。
「このワインを飲ませてきなさい」
「酒で懐柔するんですかあ?」
日本が終わるって時に何考えてんだ。
「いい?この書類はね、あなたたち収束官にとっても重要なのよ。日本政府から必要な権限を貰う書類なの」
「そうなんです?」
本当かよ。
「だからね、あなたたちにも関係があることなの」
「ほーん、そうですか。それで、何か見返りはあるんですか?」
「これよ」
そう言って、ドクター・キミヅカは銃を向けてきた。
「任務の見返りはあなたを死なさずにいることだわ」
「……そうですかい」
よく言ったものだな。
一つ気になることがある。どうして俺なんだ?
タツヤや他の収束官たちでも良いはず。
「どうして俺なんすか?」
「あなた、最初に会ったときに私に質問してきたでしょう?」
「ああ、そんなこともありましたね」
なぜ任務の対象が若者なのか。なぜ収束官は北海道に配属されないのか。
俺はそれを尋ねたが、ドクター・キミヅカは明確に答えなかった。
「あなた、頭が切れるのね。その時にそう直感したわ」
「そうですかい」
知ったこっちゃねえな。
どちらにせよ、後ろに銃を突きつけられてるんだ。
「分かりました、やりますよ」
そう言って、ワインと封筒を受け取った。
「あなたは飲んじゃだめよ、あまり多くないから」
「そんなことしませんよ」
俺はそう言って、会議室に入った。
入った瞬間、高官たちが一斉にこちらを向いた。
その中の一人が、俺に向かって叫んでくる。
「なんだね、君は!!!」
「えードクター・キミヅカの名代でして。皆様にお願いが……」
「キミヅカだと?あの女狐が何の用だ!?」
嫌われてんなあ。
「失礼しました。皆様、ワインなどいかがですか?随分とお疲れのようですし、少しお休みになっては」
「君ねえ、こんなときに酒なんかのんでどうするんだ」
やっぱそうなるよなあ。そういや、さっきコヤマさんが今夜いっぱいで文明が終わると話していたな。
「お言葉ですが、もう皆さまがどうされてもこの国は終わりです」
「だからこうしてそれを防ごうとしてるんじゃないか!!」
「しかし、今夜がヤマなんでしょう?」
「それは……そうだが」
「でしたらせめて、日本国の終わりを見届けようではありませんか」
「……」
沈黙が流れる。
しばらくすると、長机の一番奥に座っていた男が口を開いた。
「皆、今までよく頑張ってくれた。残念だが、彼の言う通りだろう」
どうやら、総理らしいな。もう何年も選挙がなかったから、初めて顔を見た。
「君、ワインを注ぎたまえ」
「はい、分かりました」
こうもすんなりと受け入れられるとは。
疲労による認知能力の低下は恐ろしいな。
ワイングラスなんて上等なものは無いから、コップに注いでまわった。
全員に注ぎ終わった頃、ぴったりワインが無くなった。
「では諸君、日本国の終わりに乾杯!!」
総理の音頭で、乾杯した。
皆が一気に飲み干したあと、会議室に入ってきたものがいた。
コヤマさんだった。しまった、もうワインないや。
「ヨシカワ収束官じゃないか。何してるんだ?」
「えーと……ドクター・キミヅカの代わりに皆様にワインを振舞おうと」
「ワイン?ドクター・キミヅカが?」
「ええ」
「そうか」
コヤマさんは、少し不可解そうな表情をしていた。
そうだ、書類にサインを貰わなければ。
「皆様、ワインをお楽しみのところ恐縮ですがこちらの書類にサインを頂けないかと……」
そう言って、一番手前にいた高官に書類を封筒ごと手渡した。
「サイン?……みんなあ、書いてやれ」
「そうり、よってらっしゃるんですかぁ?」
「そういうきみこそお、よってるぞお」
俺とコヤマさんは、総理と高官たちの様子がおかしいことに気づいた。
「おい、何を飲ませたんだ?」
「いえ、ドクター・キミヅカに渡されたものをそのまま」
「それ、本当にワインなのか?」
「え?」
そう言うとコヤマさんは俺の手からワインの瓶を奪い取った。
「これ、ドクター・キミヅカに渡された時には開封済みじゃなかったか?」
たしかに、そうだった気がするが……まさか。
「開封済みでした。もしかして、ドクター・キミヅカが……?」
「君、彼女に騙されているぞ!!」
その言葉を聞き、俺ははっとした。
詐欺師ばっかやっていると、自分が騙されるなんて微塵も考えなくなるのか。
しまった。俺は利用されたのか……。
「皆さん、そのワインは――」
と言いながら振り向くと、既に高官全員が眠りこけていた。
人に騙されたのは久しぶりだ。
それもこんなあっさり騙されるなんて、一生の恥だ。
そんなことを考えていると、コヤマさんが口を開いた。
「ヨシカワ収束官。君はどういう指示を受けたんだ?」
「えと……書類にサインを貰って回収するよう言われております」
「書類ってのはどこにある?」
高官たちの方を見回すと、ちょうど総理のところに書類があった。
どうにか眠る前に全員サインしてくれていたらしい。
俺はそれを回収し、コヤマさんに見せる。
「おい、書類の中身は見なかったのか?」
「いえ、見ませんでしたが」
「政府の全権をドクター・キミヅカに委譲することになってるぞ!」
何だと。日本政府から必要な権限を……とは聞いていたが、そんな内容とは考えなかった。
だが、今の状況で危ないのはコヤマさんだ。
生きているのがバレたら、他の高官同様に殺されるのは間違いない。
「コヤマさん、このままだとあなたも殺されます」
「そんなことは分かってる」
「ひとまず、あなたもサインしてください。あなたは死んだふりをするんです」
「何だと?」
「このままだと、ドクター・キミヅカにあなたの遺体が無いことがバレてしまいます」
「それはそうだが」
「この会議室、爆破しましょう」
「何?」
「この方々には気の毒ですが、部屋がめちゃくちゃになれば遺体の有無を確認するのは容易ではないはずです」
そう言って俺は、会議室に積まれている備蓄用品を探し始めた。
「これ使いましょう、コヤマさん!!」
俺が見つけたのは、コンロ用のガスボンベだった。
俺たちは爆破の準備に入った。
ありったけのボンベを用意し、穴を開ける。
穴を開けたら一目散に部屋から出て、ガスがまんべんなく満ちるのを待つ。
「そろそろよさそうだな」
「では、投げます」
そして俺は部屋の外から、火のついたライターを投げ込んだ。
どおん。という音とともに、会議室は爆破された。
すると、何かのアラート音がけたたましく響いた。
「コヤマさん、ドクター・キミヅカが来る前に逃げてください」
「ああ、言われなくともそうするよ」
そうしてコヤマさんは走り出した。
そうだ、言い忘れたことがあった。
「コヤマさーん!!」
遠くのコヤマさんに向かって、大声で叫んだ。
「なんだねー!!」
コヤマさんも叫び返してきた。
「地上でもう一度会いましょう!!絶対に、ドクター・キミヅカを止めましょうねー!!」
「ああ、分かったーー!!!」
そうして、コヤマさんは走り去って行った。
間もなく、騒ぎを聞きつけたドクター・キミヅカがやってきた。
爆発の原因を聞かれたので、日本の最期を覚悟した高官たちが自決したのだと説明した。
それを聞いたドクター・キミヅカは、ふうんと言って何かを考えていた。
「まあ、いいわ。全員が死んだならどちらにせよ好都合だわ」
「なあ、殺させた理由くらい教えてくれるんだろうな」
「そうね、あなたにだけは特別に教えてあげるわ」
そう言ってドクター・キミヅカは静かに告げた。
「私は北海道に新たな文明を築くわ。そのために邪魔な旧文明と日本政府には消えてもらうの」
「北海道に収束官を配置しなかったのはそれが理由か?」
俺がそう聞くと、ドクター・キミヅカはきょとんとした。
そして、「……まあ、そういうことよ」とだけ、俺に伝えてきた。
それから間もなく、衝撃と轟音が止んだ。
まさしく、文明最後の日だ。
そして次の日から、俺の「計画」は動き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます