第十三話 東京

 ある日、この間の女の遺品を整理していたベルが俺に報告してきた。

「マサト様。このような封筒が出てきました」

そう言うと、ベルは封筒を手渡してきた。

その表面には「ヨシカワマサト殿へ」と書いてある。

「中身、見たか?」

「いえ、見てません」

よく出来たメイドだ。そう思いながら、封筒を開けた。


 中身を見ると、一枚の手紙と紙切れが入っていた。

この字は……コヤマさんの字だ。なぜこの女が持っていたのだろう。

不思議に思いながら、読み始めた。



ヨシカワマサト殿


君に伝えるべきことを端的に伝える。衛星からの通信が途絶えるのは、十月になるはずだ。

私が確認できる限りの情報では、そのようになっている。

それに、夏の間はドクター・キミヅカたちにとっても都合が悪いからな。

したがって、君がすぐに東京まで南下する必要はない。

急いては事を仕損じる。焦らず、機が熟すのを待て。

詳細な位置は、同封の紙に記載してある。

私は先に南下して、準備しておく。

では、よろしく頼む。


コヤマエイタより


追伸:南下の途中で会った女に、この手紙を渡すことにした。旦那の方のドクター・キミヅカが、君たちにベースを貸すつもりだと言っていたからな。その女は川に沿って歩いていると言っていたから、君たちのところに届くだろう。では、頼む。



……なるほどね。どうやら急いで南下する必要はないらしい。

しかし、この女がここにたどり着いたのはついこの間のことだ。

てことは、コヤマさんは今まさに東京に向かって南下しているんだろう。

危険を冒してまで。


 俺が手紙を読んでいる間、ベルはじっと正座して待っていた。

中身は見なくとも、何か重要な手紙であることは察していたらしい。

「ベル」

「なんでしょう、マサト様」

「越夏が終わったら、東京に行く。ついてきてくれるか?」

「もちろん、あなたのご命令とあらば」

ベルはこちらの目をまっすぐ見て、そう答えた。

「そうか。夏が終わったとて、危険な旅だ。無事には帰れないかもしれんぞ」

「構いません。最後まで、あなたにお供いたします」

そうか、すまないな。

俺は心の中で、そう呟いた。


 やがて九月になり、気温も下がってきた。

俺は黒いコートと黒いズボンを着て、荷物をまとめた。

コートとズボンは、仙台のベースに置いてあったのを持ってきておいたものだ。

流石に、アロハシャツで行くわけにはいかないな。

タツヤのように、真面目に制服で行くとしようか。

「マサト様、なんだか珍しい格好ですね」

「まあな。最後の旅かもしれんからな」

俺はそう言うと、ベースの扉を開けた。


 夏が終わったとはいえ、まだまだカンカン照りだ。

アイツ、こんな気温で制服着てたのかよ。根性あるな。

そう思いながら、ベースを出た。

「ありがとよ、快適だったぜ」

ベースに別れを告げ、山道を下ろうとした。

そうだ、忘れてた。

俺は、ベルと共にベースの裏に行った。

そこにあるのは例の女の墓だ。

ベルと共に手を合わせ、冥福を祈った。


 山道を下り、旧東北本線の線路沿いまで歩く。

道の途中で隠してあったトロッコを回収しつつ、足を早めた。

しばらくして、線路に到着した。

レールが暑さで若干ひん曲がっているが、なんとかトロッコで走れそうだ。

トロッコを線路に乗せ、ゆっくりと漕ぎ出した。

「ベル、周囲の警戒を怠るな。福島以南に生き残ってる人間はいないと思うが、念のためだ」

「はい。承知しました」

俺がトロッコを漕ぎ、ベルは銃を持って警戒する。

今まで通り、二人で協力するのは変わらない。


 南下するにつれ、だんだんレールの歪みがひどくなってきた。

栃木に着いたあたりで、線路上をトロッコで移動するのは難しくなった。

「ここからは歩きだ、ベル」

「はい」

そう言って線路から降り、俺たちは歩き出した。

誰もいない街の中、二人だけの世界。

陽が強く照っていて、俺とベルに光線が突き刺さる。

夜が来たら適当な寝床を作り、寝る。

朝になったらまた歩き出す。

本当は涼しい夜に歩きたいが、夜道を歩くのもそれはそれで危ない。

確実に東京に着くには、我慢して昼に歩くしかないな。

宇都宮を過ぎたあたりから、ベルが冷却機能をフル稼働させて俺に冷風を当ててくれるようになった。

そうでもしないと俺は死んじまうからな。


 もちろん秋になるにつれて気温は下がってはいる。

が、そう易々と南下することは出来ないようだ。

想像よりも大熱波の余韻が残っており、俺たちは栃木の県南で止まらざるを得なかった。

即席の拠点を作り、ベルの冷却機能をフル稼働させる。

ベルがエネルギー切れにならないよう、ベースから持ってきた高カロリー食糧をどんどん食わせる。

こんなことをしていれば、ベルへの負担も相当なものになる。

それでも、顔色ひとつ変えずに付き合ってくれている。

俺の本当の目的も知らずに。

ありがたいことだ。


 だが、栃木で立ち往生しているうちに十月になってしまった。

間もなく衛星からの通信が途絶えてしまう。

少し気温は下がったとはいえ、東京まで南下出来るのか。

分からないが、行くしかないだろう。

「ベル、東京に行こう。行くしかない」

「かしこまりました」

俺とベルは、拠点を離れた。

灼熱の大地を進んでいく。

草木は枯れ、虫もいないような世界。

地獄絵図とはこういうものなんだろうな。

ふと、そう思った。


 今にも衛星からの通信が途絶えてしまうのではないか。

機を逸してしまうのではないか。

そんな恐怖と戦いながら、俺はベルと歩き続けた。

灼熱の中をひたすら進み、ついに荒川を越えた。

東京だ。何年ぶりだろうか。

無事にたどり着けたのは喜ばしいが、計画を進めなければ意味がない。

コヤマさんの紙切れを頼りに、進み続ける。

間もなく目的地に着こうかという頃、ベルが声を上げた。

「マサト様、誰か倒れています」

「え?」

東京に生き残っている人間などいるのだろうか。

疑問に思いつつ、俺とベルは足を早めた。


 近寄ってみると、たしかに人がうつぶせになって倒れていた。

なんだか宇宙服のような恰好をしている。

背中には「陸上自衛隊」と書かれていた。

「ベル、起こそう」

「承知しました」

力を合わせ、仰向けにする。

「「あっ」」

俺とベルは思わず声を上げた。

倒れていたのは、コヤマさんだった。

既に事切れていて、呼びかけには応じなかった。


 コヤマさんが着ていたのは、旧日本政府が自衛隊に配備していた過酷環境用スーツだ。

それを着て東京まで単独で南下し、「計画」の準備をしてくれていたんだ。

そしてスーツの冷却用バッテリーが切れ、コヤマさんは命を落としたってわけか。

これでいよいよ、「計画」に関わる人間は俺しか残っていない。

ベルと共に、コヤマさんの遺体を埋葬した。


 そこから少し進むと、目的地が見えてきた。

そこにあるものを見たベルが、不思議そうな顔をしている。

「マサト様、あれは一体」

「そうだ、俺の本当の目的だ」

俺はそう言ってに近づき、ぽんぽんと手で叩いた。

そして、俺の「計画」を教えてやった。


「自衛隊が秘密裏に残していた長距離巡航ミサイルだ。こいつで、俺はドクター・キミヅカを止める」

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