第十二話 こだわり
俺は、川にいた女をベースの中に入れた。
この暑さでどうやって歩いてきたのか疑問だったが、川の水に浸かってなんとか誤魔化してきたらしい。
もっともこの気温のせいで川の水温もぬるま湯みたいになっている。
女は顔色も悪く熱中症寸前だったので、しばらく畳敷きに寝かせていた。
その間に、俺とベルは「イトウカズオ」という人物について調べることにした。
「ベル、お前は衛星と通信して『イトウカズオ』という人間がデータベースに無いか確認しろ」
「承知しました」
そう返事をすると、ベルは外に出て行った。
しばらくすると戻ってきて、俺に報告してきた。
「『イトウカズオ』についての情報がありました。既に他の収束官によって安楽死されています」
「そうか。詳細は?」
「七歳の男児です。首咬みにて、宮城県南部の図書館跡で実行されました。実行したのは……タナカ収束官とゼロお姉さまです」
よりによってアイツらか。
こんな偶然もあるもんだねえ。
女はしばらく休んでいたが、やがて目を覚まし、起き上がった。
そして俺たちの方を向いて、静かに口を開いた。
「……介抱してくださって、ありがとうございます。ここは……?」
「福島の山の方だ。どこから来た?」
「仙台の方から来ました。いつの間にか、こんなとこまで来たんですね……」
女は戸惑った表情でそう話した。
そりゃ、このご時世に洞穴でエアコン効かせてる連中がいたらビビるわな。
俺は情報を聞き出そうと、女に話しかける。
「ところで、あんなところで何してたんだ?」
「話すと長くなります。仙台に住んでいたのですが、ある日人づてに甥っ子が県南の図書館に住んでいると聞きました」
「てっきりもう亡くなったと思っていたので、とても驚きました」
「『今年の夏はいつもより暑い』という噂を耳にしていたので、夏になる前に甥っ子を探して北に避難させようと考えたのです」
「それから、なんとか県南まで歩いて図書館跡を探し出したのですが……」
「そこにあったのは、甥っ子の死体でした」
なるほどね。
「それが、『イトウカズオ』ってことか?」
「はい、そうです」
「それはご愁傷様だ」
気の毒と言えば気の毒だが、妙だな。
なぜ「イトウカズオという子について知りませんか」なんて聞いてきたんだ。
こう言っちゃなんだが、死んだ甥っ子について尋ねて回って何の得があるってんだ。
すると、ベルが水を持ってきた。
女は一気にそれを飲み干すと、大きい声で俺に言った。
「それで、カズオの死体が変だったんです!!」
急に大声を出されたんで目を丸くしてると、女はさらに続けた。
「あんな暑い中で死体が腐ってなかったんです!!」
そこで俺ははっとした。
たしかに、ベルたちが薬剤投与で殺害した人間の遺体は腐りにくいことがある。
薬剤の効き目が強いと、微生物が湧きづらい。
そうなると、カズオの死体が腐っていなくても不思議ではないな。
俺は女に聞き返した。
「それがどうしたっていうんだ?」
「いえ、それだけじゃないんです!首の方に傷痕があったんですよ!明らかに変じゃないですか!?」
女はさらに大声になった。
おそらく、ゼロちゃんが咬みついた痕だろうな。
ベルは女のコップに水を注いだ。
それを飲み干すと、女は少し落ち着きを取り戻した。
「たしかに変だな。それで、どう思ってるんだ?」
「カズオは殺されたんじゃないか……と思っているんです」
鋭いな。けど、この世界じゃ殺す殺されるは珍しいことじゃない。
「たしかにそうかもしれんが、今の時代じゃ珍しくもないだろう」
「カズオはまだ子どもですよ?殺したところで何の得も無いじゃないですか。それなのに殺されたなんて、変ですよ」
「それも、そうだが」
人類を殺しまわってる連中がいて、俺もその一員です――なんて言えんしな。
俺は一度話題を変えることにした。
「けど、それからなんでこんな山奥まで来たんだ?」
「最初は図書館近くのコミュニティを見つけて情報を聞き出すつもりだったんですけど、コミュニティが一つも無かったんです」
そりゃ、タツヤが熱心に仕事した結果だろうな。
「それで、少し遠くのコミュニティを当たろうとか都会の方へ行こうとかいろいろ考えてるうちに、夏が始まりそうになってしまって……」
「涼しいからって川沿いを歩いていたら、こんなとこに来ちゃいました」
恐らく阿武隈川のあたりを辿って福島まで来てしまったのだろう。
簡単に歩けるような道ではないはずだが、よく歩いたもんだ。
「あんた、甥っ子のためになぜそこまでする?」
「私、もう誰も肉親が残っていないんです。それで、カズオが生きているって知って驚いて……」
「夏が来る前に助けなくちゃって思っちゃったんですよね。だからこそ、カズオを殺した奴は許せないんです」
だからって仙台からこんなとこまで歩いてくるとは。
死んだ甥っ子のために、損得なしに命を張ってまで行動する。
この世界でも、そんな人間が未だに生き残っていたんだな。
しかし、この先どうするつもりなんだろうか。
この大熱波の中、気温の低い北の方まで戻れるとは思えん。
「それで、あんたこの先どうするんだ?」
「私も悩んでいるところです。夏が終わるまで仙台には戻れなさそうですし」
「だろうな」
だからってここに置いておくわけにもいかんからなあ。
すると女が問いかけてきた。
「あの、本当に何かご存じないですか?」
「残念だが、知らないな」
「そうなんですか?」
女は納得がいかないという顔をしていた。
「なんだか腑に落ちない感じだな」
「はい。あなたはこんな涼しい部屋で暮らしてて、メイドさんまでいて……只者じゃなさそうですから、何か知っているかもと期待してしまったのですが」
まあ、そりゃそうか。
教えてやるとするか……
「そうだな……ひとつだけ、心当たりがある」
「本当ですか!?」
「ああ、教えてやってもいい。けど、交換条件だ」
「え?」
「あんたの命を頂戴するよ」
「え!?」
「なに、俺たちも暮らしが大変なんでね。人手が欲しいってことよ」
「というと?」
「どうせ帰れないなら、ここにいてもらっても良い。その代わり、俺たちの暮らしを手伝ってくれ」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
女は何度も礼をした。
俺はポケットの中から、一枚の写真を取り出した。
そして、女の目の前に差し出した。
「これがあんたの甥っ子を殺した犯人だ」
「これが……?こんな暑いのに、ジャケット羽織って変な人ですね……」
「そりゃ、人殺しだからな」
そう言いつつ、俺はベルに目配せをした。
さらにポケットからもう一枚写真を撮り出し、女に差し出した。
「そしてこれが、その人殺しの相棒だよ」
そう言うと俺は、少しずつ女から離れていく。
女は写真に夢中で気づいていないようだ。
「これって……メイド服?え?なんだか、あなたが着ているのと似ているような——」
そう言って女はベルの方を向いた。
「ッ……!まさか……!」
女が青い顔でそう言うや否や、ベルは冷たい声で
「お命を、頂戴いたします」
と言った。
「あなたたち、カズオを——
言い切る前に、ベルの右手の銃が火を吹いた。
弾丸が眉間を貫き、女は事切れた。
俺とベルは女をベースの外に運び出し、埋葬した。
俺たちはベースに戻って休憩することにした。
畳敷きに座り、ちゃぶ台を挟んで座る。
ふと、前々から疑問に思っていたことを聞いた。
「なあベル、仕事のときに銃殺ばかりなのは何故なんだ?」
「私はゼロお姉さまのように安易に首を噛んだり口づけをしたりしません。銃殺の方が、上品ですから」
「そんなもんかねえ」
人殺しに上品も下品もあるのか。
銃殺だと殺す直前に対処を怖がらせてしまうしなあ。
ベル曰く「中枢神経系を瞬時に破壊出来ますから、これも立派な安楽死です」ということらしいが。
ベルはこういうところにこだわりがあるみたいだ。
俺はタツヤと違って仕事の方法はベルに任せることが多いから、別にいいのだが。
するとベルは座ったまま、俺の隣に寄ってきた。
そして静かに、
「それに、口づけは……特別なときにするものですから」
と、告げた。
「そうかもな」
俺はそう答え、ベルの頭を撫でた。
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