第十一話 南下
俺と旦那は取引の詳細を詰め、話を終えた。
荷物の整理をしていると、旦那が話しかけてきた。
「ゼロは君の親友の相棒なんだろう?こんな取引に同意して良かったのかね?」
「構わない。あんたの嫁さんの野望は阻止しなくちゃならん」
この大熱波で東京まで南下するには、旦那のベースは不可欠だ。
残り時間も少ないし、背に腹は変えられない。
それに――
タツヤがやすやすとゼロちゃんを死なせるとは思えんしな。
新文明は阻止し、ゼロちゃんは生かす。
矛盾しているな。
けど、ゼロちゃんはゼロちゃんだ。
偽物でもなんでもない。
タツヤの相棒として、しっかり地に足をつけて生きている。
女王になんかならなくても、タツヤと生きていけるさ。
旦那にまんまと利用されるのは気に食わないが、仕方ない。
「計画」はきっちりと実行する。
仮にゼロちゃんが死ななくても、少しは旦那とレイコの助けになるだろう。
俺とベルは、今日は仙台に泊まって明日から南下することにした。
旦那とレイコは、今日のうちに出発するという。
ビルの前で、出発する二人を見送ることにした。
俺は旦那に問いかける。
「あんたら、これからどうするんだ?」
「ああ、北上するよ。決行の日まで、岩手の県北で息を潜めている」
旦那はそう答えた。
レイコは何も言わず、旦那の側に立っていた。
「そうか。まあ俺は俺で頑張るからよ、あんたらも頑張ってくれや」
「君には期待している。頼むぞ」
そう言って、俺と旦那は握手を交わした。
別れ際、レイコがベルに向かって口を開いた。
「ベルナデッタ、ヨシカワ収束官と仲良くね」
レイコはくすりと笑っていたが、ベルは少し顔を赤らめていた。
南下に備えて荷物をまとめていると、すっかり夜になってしまった。
ベースにあった食料を夕飯にして、寝床の準備をする。
一枚の毛布をベルと一緒に被り、寝転んだ。
眠ろうと目をつむると、ベルが話しかけてきた。
「マサト様。どこまで南下されるおつもりですか?」
「とりあえず福島のベースに行く。そこで越夏しつつ、出来るだけ早く東京まで南下する」
「そうですか。しかしなぜ東京を目指されるのですか?」
ベルには「計画」の話をしていなかったな。
だがベルにその話をすれば、衛星経由で情報が漏れるかもしれない。
ドクター・キミヅカにまでバレたらヤバいからな。
「言っただろう?南の方に残る人々に仕事をするのさ」
「……そうですか」
ベルは納得いかないという感じで、そう答えた。
しばらく沈黙が続いたが、再びベルが口を開いた。
「……マサト様、私は『出来損ない』なんでしょうか」
「なぜそう思う?」
そう言えば、「出来損ない」が何なのか旦那から聞きそびれたままだったな。
「私は子を残す能力を持たないそうです。レイコ様も同じようですが」
「出来損ない」とはそういうことだったのか。
「レイコ様たちが女王の座を狙うのはそれが理由だそうです。子を持てないレイコ様が女王になれば、新文明は繁栄することなく滅ぶと」
なるほどな。
旦那はそうやって新文明を阻止しようとしたわけか。
俺は少し悲しそうな表情をしているベルに向かって声をかけた。
「ベル、お前は『出来損ない』なんかじゃないさ。俺にとっては最高のメイドだ。それでいいだろう?」
そして、ベルの頭を撫でてやった。
ベルは少し笑って、
「ありがとうございます。マサト様」
と返した。
翌朝、大荷物を抱えて出発した。
例のトロッコに乗り、俺たちは福島を目指した。
まだ夏が本格化する前のはずだが、既に日差しが俺たちを強く突き刺している。
額の汗を拭いつつ、トロッコを漕いだ。
途中でレールが途切れている箇所もあったし、生体反応を見つけることもあったから、ベースに直行というわけにはいかなかった。
少しずつ少しずつ南下し、福島のベースにたどり着いた。
既に六月中旬となっており、もう少し遅ければ野垂れ死ぬところだった。
ベースは都市跡から離れた山奥の洞穴に作られており、他の人間に見つかる心配は無さそうだ。
洞穴に入ると、そこには驚きの光景が広がっていた。
まるで研究室みたいに、たくさんの資材と器具が置いてあった。
どうやら旦那は文明崩壊後も研究を続けていたらしい。
その片隅には、あの二人が暮らしていただろう畳敷きのスペースがあった。
スイッチらしきものがあったので、恐る恐る押してみるとエアコンから冷気が吹き出してきた。
温度管理がしてあるとは言っていたが、まさかもう一度エアコンの恩恵にあずかることが出来るとはな。
エアコンの配線を辿ると、川の方に繋がっていた。
どうやら水力発電で電気を得ていたらしい。
俺も気象じゃなくて電気工学の勉強をしておけばよかったかねえ。
さて、問題なのはこれからどうするかだ。
俺の「計画」は発動タイミングが重要だ。
ドクター・キミヅカの野望に効果的に打撃を与えるためにな。
以前にコヤマさんと議論した結果、発動タイミングは「衛星からの通信が途絶えたとき」となった。
俺たち旧文明収束官は、衛星から通信が途絶した場合は青森に向かって北上せよという命令を受けている。
ドクター・キミヅカは北上の理由を教えてくれなかった。
しかしコヤマさん曰く、「ドクター・キミヅカは自由に衛星の信号を操作することが出来る。『通信が途絶えたとき』というのは、『ドクター・キミヅカが通信を途絶えさせたとき』ということになる」
ということらしい。
さらに、「収束官たちを北上させるのは、新文明を発展させるのに旧文明収束官の力を借りるつもりだからだろう」とのことだ。
ってことは、「衛星の通信が途絶える」ってのは「ドクター・キミヅカが野望を次の段階に進める」って意味になる。
俺はそのタイミングを狙う。
コヤマさんはドクター・キミヅカから情報を盗み、彼女が文明崩壊から約五年で新文明を興すつもりだということを明らかにしてくれている。
つまり、文明崩壊から五年が経とうとしている今年、衛星からの通信が途絶える可能性が高いってわけだ。
要するに、俺は衛星からの通信が途絶える前に東京まで南下する必要がある。
もちろん、衛星と通信できるのはベルだけだから、ベルも連れて行く必要があるがな。
だから本当はここで越夏している場合でなく、一刻も早く南下する必要があるのだが……
「なんだこの気温は!!」
ベースに到着してから一週間が経ち、夏が本格化してきた。
予想通り大熱波となったが、ここ福島でもなんと六十度を超えそうになっている。
ベルにベースの外の気温を測らせてみたら、あまりに高温で仰天してしまったというわけだ。
「マサト様、本気で東京まで南下されるおつもりですか?」
「さすがにこれじゃ無駄死にだ。仕事をする前にこっちが焼け死んじまう」
一応、仕事のために南下することになってるからな。
嘘でもベルにはそのつもりで接しなければ。
「承知しました。生体反応があれば報告します」
「おう、頼むぞベル」
しかし、こんなときに生体反応があるかねえ。
そんなこと思っていると、ベルが声を上げた。
「生体反応です。川の方」
「何?馬鹿な」
「いえ、たしかです。三十代くらいです」
「分かった。コマンド、モード変換。戦闘モードに」
「承知しました」
ベルはガションガションと音を立て、ライフルを構えた。
ベースの戸を開け、川の方へ少しずつ近づいていく。
無論この暑さだ、俺は長くは外出できない。
注意深く歩いて行くと、川の中を歩いて進む女がいた。
こちらに気づいたその女は、俺たちに向かって――
「図書館に住んでいた、イトウカズオという子について知りませんか……?」
と告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます