第十話 滅びの女王
私はレイコと名乗るメイドに連れられて地下室の外に出た。
そして階段を登って、一階の部屋に入った。
この方はゼロお姉さまにそっくりだけど、雰囲気は違って見える。
何がそうさせてるんだろう。
そんなことを考えていると、レイコ様が口を開いた。
「あなたがベルナデッタね。私はレイコ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします」
「ふふ、敬語なんて使わなくていいのに」
レイコ様は笑いながらそう言った。
話すこともないので黙っていると、話しかけられた。
「あなた、今まで何人を殺したの?」
「あなたにそのようなことを申し上げる必要はありません」
「お堅いのねえ。あなた、人間を殺し終わったらどうするの?」
「任務終了後の命令は受けておりません」
「そう。やはり、ゼロとあなたは違うようね」
ゼロお姉さまのことを知っているんだ。
たしかに、ゼロお姉さまは私とはどこか違うような気がする。
何をやらせても駄目だったし、お姉さまとは呼べないような存在だった。
そもそも、私たちの訓練に加わったのも最後だったし。
ゼロお姉さま、何者なんだろう。
またも沈黙。
地下室ではマサト様たちが何やら話し合っている。
でも、何を話しているかまでは聞き取れない。
なんだかもどかしい。
思い切って、レイコ様に聞いてみることにした。
「レイコ様、あなた方は何者なのですか?」
「私は女王になる者。お父さんは私の手助けをしているだけよ」
お父さん?
それはおかしい。
さっきからレイコ様には生体反応がない。
私やゼロお姉さまと同族のはず。
父親など存在し得ない。
「あら、父親がいるのがそんなに不思議?」
レイコ様は、困惑する私を見透かしたかのようにそう言った。
「私は元人間よ。一度熱波で死んだあと、お父さんが『超人類』として蘇らせてくれたわ」
元人間。
それを聞いて、ふとゼロお姉さまの顔が浮かんだ。
「もしや、ゼロお姉さまも?」
「部分的には正しいわ。けど、ゼロは私の知能だけ受け継いでいて記憶は引き継いでいない」
「つまり、ゼロお姉さまは」
「私を模した偽物よ。お母さんはあんな娘に執着して困っちゃうわ」
「『お母さん』?」
「あなた方が知っているドクター・キミヅカのことよ」
つまり、ゼロお姉さまはハカセが作り出し、レイコ様はさっきの男性――いえ、お父様が作り出したのね。
レイコ様は、私たちの本当の名前が「超人類」であること、新文明の女王となるべく動いていることを説明してくれた。
そして、ゼロお姉さまはハカセが女王とすべく生み出したものであることも知った。
私はさらに気になっていることを聞きだす。
「なぜ、ハカセ……いえ、ドクター・キミヅカはゼロお姉さまを作り出したのですか?あなたがいれば十分ではありませんか」
「私が死んでから、両親は共同で『超人類』の開発をしていたわ。けど、途中でお父さんとお母さんの目的に違いが生じてしまったの」
「そこからお二人は別々に?」
「そう。お父さんは私をただ生き返らせるだけでよかったのだけど、お母さんはそうじゃなかったみたい。旧文明を滅ぼし、私を新文明の女王とすることを画策したわ」
「それでゼロお姉さまとレイコ様が別々に生み出されたのですか?」
「その通りよ。死者から記憶を引き継ぐ技術はお父さんしか持っていなかったから、お母さんは中途半端に私を再現したゼロを生み出したというわけ」
レイコ様は、ゼロとハカセを嘲るようにそう言った。
私は少しむっとして、核心を突いた質問をした。
「ではどうして女王を目指されているのですか?お父様はあなたが生き返ればそれで良かったのでしょう?」
「それは――」
レイコ様がはっとした表情で質問に答えようとしたそのとき、微かにぱちんという音が聞こえた。
次の瞬間、レイコ様は視界から消えていた。
大きな音が聞こえたのでそちらを見ると、床に大穴が開いている。
「マサト様……!」
私は慌てて穴の方に駆け寄り、穴の中を覗き見た。
すると、マサト様が喉元に銃を突きつけられている。
次の瞬間――
私は逆さ吊りになり、レイコ様の持つ銃を撃ち抜いた。
銃は弾き飛ばされ、地下室の隅に飛んで行った。
お父様はレイコ様を再び地下室の外に出るよう促した。
一階にいると穴を通じて会話の内容が聞こえてしまうので、私たちはビルの外に出た。
レイコ様は少しにやにやとしながら私に向かって問いかけた。
「あなた、あの収束官のことが好きなんでしょう?」
……。
「いえ、私とマサト様はあくまで任務上のパートナーですから」
「ふふ、よく言うわね」
相変わらずにやにやとしている。
たまらなくなって、私はレイコ様に問い返した。
「そろそろ先ほどの質問に答えていただけませんか」
「ああ、なぜ私が女王を目指しているのかって?」
「ええ。その質問です」
するとレイコ様は真剣な表情になった。
「まあ、あなたにも関係のある話なのだけど――どうして私がメイド服を着ているか、分かるかしら?」
「私たち旧文明収束官補助用有機型人工知能に擬態するためでしょうか」
「それもあるわ。けどもっと象徴的な意味よ」
「つまり?」
「あなたも私も『出来損ない』だわ。次世代を再生産し、文明を興す能力は無い。メイド服はその象徴よ」
「何が言いたいんですか?」
「私が女王を目指すのは、新文明を滅びの道へと導くためだわ。お母さんが旧文明を滅ぼしてまで生み出そうとしている、新文明をね」
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