第九話 偽りの女王

 新文明の担い手は、超人類――

旦那はたしかにそう言った。

俺がその言葉を飲み込めないでいると、旦那はさらに付け加えた。

「もっとも、ベルナデッタは新文明には加われないようだがね」

「どういうことだ?」

「『出来損ない』だからだよ。彼女が着ているメイド服はその象徴だ」

「『出来損ない』?」

「まあ、それは――君に話す必要は無いだろう」

ベルナデッタが出来損ない?

どういうことだ。

さっきから新情報が多すぎて脳が追い付かない。


 すると旦那が再び口を開いた。

「君も妻を妨害しようと試みているのだろう?コヤマエイタと同じように」

「……だからなんだ?」

「なに、私は君たちの敵ではない。むしろ君たちに協力している」

「何故だ?」

「その方が私とレイコにとって好都合だからだよ。私と妻の目的は同じではない」

「ああ、そうかよ」

なんだ、コイツは自分たちのために俺たちの「計画」を利用したいだけかよ。

ドクター・キミヅカってのは夫婦ともども俺とはそりが合わないみたいだな。

また誰かに利用されるのは懲り懲りだ。

「コヤマさんの伝言を伝えてくれたことには感謝するが、これ以上の用は無い。そして、あんたらも俺たちの『仕事』の対象だ。言いたいことは分かるな?」

「ほう、私とレイコを安楽死させる気かね?」

「その通りだ。開発者なら、ベルナデッタの性能は分かっているだろう?」

「もちろん。だが、レイコを甘く見てもらっては困るね」

たしかに、レイコとやらはさっき俺たちが気配を悟る前に姿を現した。

やはりレイコも超人類なのか。

そんなことを考えていると、旦那がぱちんと指を鳴らした。

次の瞬間――

轟音とともに、部屋の向こうの天井が抜けた。

埃がぶわっと舞い、思わず顔を覆ってのけぞる。

目を開けると、レイコが俺の喉元に銃をつきつけていた。

コイツ、一階の床を蹴破りやがったのか。

「レイコ、やれ」

旦那のその声を聞き、レイコが引き金を引こうとした。

しかし、どん。という音が聞こえ、レイコの銃が弾き飛ばされた。

音の方向を見ると、ベルがぽっかり開いた天井から逆さづりになって銃を構えていた。


 旦那は再びレイコたちを部屋の外に出した。

「今ので分かっただろう?レイコの性能が」

「ああ、十分にな」

コイツらを力でどうにかするのは厳しいようだ。

俺は旦那に改めて問い掛ける。

「なあ、伝言を伝えるって用は済んだんだろう?他に何の用があるんだ?」

「取引がしたい」

「取引だと?」

「君はこれから東京まで南下するんだろう?」

「ああ、そうだ」

コヤマさん曰く「土産は雷おこし」らしいからな。

東京に行くしかない。

「だが君も分かっているだろうが、今年は大熱波だ。東京に行くどころか、ここ仙台で越夏するのも不可能だ」

「……ああ、そうだ」

コイツの言う通りだ。

大熱波のなか、東京まで南下するのは不可能に近い。

ベルの冷却機能を全開にして、冷気を俺にお裾分けしてもらいながら少しずつ進む。

一応そうすれば南下可能だとは思うが、決して簡単なことじゃない。

「そこでだ。ある条件を飲んでくれれば、福島にある私のベースを提供しよう」

「福島だと?どっちみち大熱波直撃じゃねえか」

「君たちのような安上がりのベースと一緒にしてもらっては困る。私のベースは温度管理してあるから、居住するのに何の問題もない」

「へえ、そうかよ」

たしかに、今から大急ぎで南下すれば夏が来る前にベースに辿り着けるかもしれない。

ベースで越夏しつつ、外出可能な気温になったらすぐに東京に行って「計画」を実行する。

盛岡で越夏するよりずっと東京に近い。

悪くないな。

だが「ある条件」とは何だ。

「あんたの提案、悪くないな。けどよ、条件ってのを教えてもらわねえと」

「なに、難しいことじゃない。君の計画の標的として、あるものを付け足してほしいんだ」

「どういうことだ?」

「これを見れば分かる」

旦那はそう言って、俺に紙切れを手渡した。

それを見ると、操作手順のようなものが書いてあった。

「この手順通りにやってくれれば大丈夫だ」

「これをすると何が起こるんだ?」

俺がそう問いかけると、旦那は静かに答えた。

「……女王が死ぬ。偽りの女王がね」


 超人類、新文明、女王。

急にそんなこと言われてもな。

俺はいったん取引について考えるのをやめて、旦那に向き直った。

そして、一番気になっていたことを問いかける。

「あんたの目的はいったい何だ?」

すると旦那は静かに答えた。

「……私の目的は、レイコを新文明の女王とすることだ。偽りの女王ではなく、レイコをだ」

「レイコってのはいったい何なんだ?」

「私と妻の間にいた娘だ。昔に死んだがね」

「じゃあさっき床を蹴破ったのは誰なんだ?」

俺がそう聞くと、旦那は少し考え込んだがゆっくりと口を開いた。

「……私が超人類として復活させたレイコだ。人間だった頃の知能と記憶を引き継いでいる」

「そうかよ。じゃあなぜレイコはゼロちゃんと似ているんだ?」

さらに質問を重ねると、旦那ははあとため息をついた。

そして一言、俺に告げた。


「ゼロは妻が作り出したレイコのまがい物だ。偽りの女王だよ」

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