第八話 ドクター・キミヅカ

 俺とベルはトロッコの力を借りて、一気に仙台まで南下した。

と言っても、途中途切れている線路を歩いて越えたりして大変だったけどな。

仙台には俺たちのベースがある。

一旦ベースに寄って、南下の用意をする。

大熱波だろうがなんだろうが行くしかない。

「計画」を実行するために。


 旧仙台駅跡を出て、かつての大通りを歩く。

今やアスファルトの隙間から雑草が生い茂り、昔のような面影はない。

まさしく杜の都ってか。

それから閉めてあったシャッターを開け、とあるビルに入った。

ここの地下が俺たちのベースだ。

「ベル、十分に警戒しろ」

「承知しました」

階段を慎重に降りる。

すると、地下室の扉の前に設置してあったはずのバリケードが破壊されていた。

誰かに侵入されたのか。

俺はベルを前衛に出し、さらに警戒を強くする。


 扉をばんと開け、ベルが銃を構えると——

「やあ、待っていたよ」

と声がした。

そこにいたのは、30代くらいの男だった。

「あんた、誰だ?」

「ドクター・キミヅカだ。そう言えば分かるかな?」

馬鹿な。

ドクター・キミヅカとは、ベルナデッタたちを作り出した天才研究者だ。

俺たちの仕事を立案した張本人。

そして、ある野望のために俺たちを利用しているクソ野郎でもある。

だがあいつは女だった。

こんな男のはずじゃない。

そう思っていると、男が口を開いた。

「レイコ、入ってきなさい」

俺とベルが振り向くと、そこにいたのは——

ゼロちゃんそっくりの、メイドだった。

これは驚いた。

驚いたのはそっくりなことだけじゃない。

俺はともかく、ベルにすらその気配を悟らせなかったんだ。

その能力にも驚かされた。


 俺とベルが身動きも取れないでいると、男が口を開いた。

「君はヨシカワ旧文明収束官だろう?」

「そうだけどよ、だから何だ?」

「コヤマエイタから伝言がある。それを伝えに来た」

コヤマさんってのは、俺たちの上司にあたる旧日本政府の高官だ。

俺の「計画」の協力者でもある。

「マサト様、どういうことですか?」

ベルはコヤマさんのことは知っているが、「計画」のことは知らない。

「さあな、俺も知らん。それで、伝言ってのはなんだ?」

ベルの質問を適当にはぐらかし、キミヅカと名乗る男に聞き返した。

「『土産は雷おこし』だそうだ。これで分かるだろう?」

……そうか。

「ああ、そうかよ」

どうやら俺は、東京まで南下しなければならないらしい。

大熱波だってのによ。

それにしても、なぜこの男はコヤマさんを知っているんだ。

それにこのゼロちゃんそっくりのメイド。

只者じゃないな。


 この男に詳しく話が聞きたい。

そう思っていると、男が

「レイコ、ベルナデッタと外に出ていなさい。彼と話がしたい」

と言った。

ベルは少し困惑した表情をした。

「ベルナデッタ、ここは大人しく従っておけ」

そう伝えると、ベルはレイコというメイドに連れられて出て行った。

部屋の中には俺と男だけが残った。

先に男が口を開いた。

「君は、ドクター・キミヅカの野望についてどこまで知っているのかな?」

「あんたもドクター・キミヅカじゃないのか?」

「私が言ったのは妻のことだよ」

妻?ってことは……

「旧文明収束官補助用有機型人工知能は私と妻が二人で作ったものだ」

つまりコイツはドクター・キミヅカの旦那か。

それで名字が同じというわけか。

「いや、それはおかしい。俺はあんたの妻が1人で作ったと説明されたぞ」

「それは開発途中で私が降りたからだ。考えが合わなくてね」

「どういうことだ?」

「教えてもいいが、まずは先ほどの私の質問に答えてくれるかな」

旦那はじっとこちらを見ている。


 ドクター・キミヅカの野望か。

俺は仕事に出発する前夜、密かに彼女に呼び出された。

そして、彼女に騙されて意図せず日本政府の高官たちを殺害させられた。

そしてこう告げられた——

「北海道に、新たな文明を築くのだ」と。

俺はドクター・キミヅカの野望とはそれを支配することだと思っている。

旧文明収束官は、北海道には配置されていない。

気温の低い北海道では安楽死の必要がないからと説明されたが、新文明のための人手を確保するためだったんだろう。

そして俺たち収束官を使って、本州以南の人口は減らす。

自らの文明の優位性を確保するために。

そういうことだろう。


 俺は旦那に向かってそう話した。

すると突然はっはっはと笑い出した。

「おい、何がおかしい?」

「一部は君の言う通りだが、一部は誤解しているようだ。君は新文明の担い手が我々人類だと思っているようだが、それは違う」

「何だと?」

「君も分かっているだろう?北海道であっても、気温上昇の進行具合によっては人類が住むのは難しい」

たしかに、それは疑問に思っていたことではあった。

ドクター・キミヅカはどうやって北海道に文明を築くのだろうか、と。

「つまり、新文明の担い手は人類ではないと?」

そう聞くと、旦那はニヤリと笑みを浮かべながら口を開いた。



「新文明を担うのは——『超人類』だ。ベルナデッタたちの本当の名前だよ」


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