第六話 大仕事
あれから二、三週間ほど経った。
俺は子どもたちの世話のほか、他の作業も任されるようになった。
あの一件以来、フクイから本当に信頼されるようになったようだ。
その分仕事量は増えたけどな。
ベルは相変わらずエガワ家に出入りしている。
ユカコとユキコはすっかりベルに懐いているようだ。
なんとも平和な日々だ。
けど――頃合いだな。
今日はフクイたちと山で作業をしている。
燃料に使う木の切り出しだ。
そういや、祈りをしていた神社はここらへんだったな。
「フクイさん、そろそろ祈りの時期ではありませんか?」
「そうです。明後日ですから、午後はその準備をするつもりでした」
ふーむ。チャンスはそこだな。
「準備って、どのような準備を?」
「まあ、祈りそのものよりも宴の準備です。神様の前で言うのもなんですが、皆宴の方を楽しみにしていますから」
「はっはっは。良いのですよ、分かってますから」
恐らく、祈りというイベントは皆のガス抜きなのだろう。
こんな世界じゃ、食事も貴重な楽しみの一つだ。
定期的にそういう機会があった方が、精神的にも良いだろう。
よく出来たコミュニティだ。
俺はフクイにある提案をした。
「フクイさん、宴の際に私にも一品用意させていただけませんか?」
「え、本当ですか?」
「ええ。駄目ですか?」
「駄目ではないのですが、貴重な宴の機会ですから。下手な料理を出すと、皆の顰蹙を買ってしまうもので」
なるほど。宴の料理を作るというのは、結構重要な仕事のようだ。
「任せてください。皆様の祈りに、私からも応えたいのです」
「まあ、神様なら大丈夫でしょう。では、美味いのを期待していますよ」
「ありがとうございます」
やはりこういうタイプは、一度信用されると容易いもんだ。
俺がこのコミュニティに入り、皆からの信頼を勝ち取る目的。
それは旧文明収束官としての仕事をするためだ。
エガワ家の事件も善意で解決したわけじゃない。
あくまでフクイの信頼を勝ち取るためだ。
フクイ以外の皆には既にコミュニティの一員と認めてもらっているようだからな。
これで本業に取り掛かれるってもんだ。
祈りの日の朝、俺は適当な空き家で準備を始めた。
フクイに大鍋を貸してもらったので、それをかまどにかける。
火を起こし、水を沸かす。
ベルを呼び寄せ、薬剤合成部で合成してもらった諸々を投入する。
出汁なんか取れないから、ベルには「うま味」の元となるアミノ酸を合成してもらった。
まあ、要するに化学調味料ってわけだ。
「マサト様。エガワ家の件もですが、ここまでする必要はあったのでしょうか?」
「なあに、念には念を入れてね。こういうのは細部まで詰めた方がいいってもんよ」
「意外と几帳面なんですね」
「意外とってなんだよ」
なんだか今日はベルもよく喋るな。
こうやって二人で料理なんかするのは久しぶりだからな。
少し気分が良いのかもしれない。
俺は大鍋を抱え、神社の方へ向かった。
息を切らしながら神社に着くと、エガワ家を除き皆集まっていた。
ちょうど祈りが始まるところのようだった。
皆と同じように社殿の前に座ろうとすると、フクイが皆に向かって、
「神様は前でしょう。そうですよね、皆さん?」
と言った。
それを聞いた皆が拍手したので、俺は社殿の前に座って皆の方を向いた。
祈りが始まった。
フクイは熱心に何かしらの言葉を唱えている。
他の皆も真剣だ。
なんだ、宴の方が楽しみとか言っておきながら真面目にやってるじゃないか。
こうして祈りを聞いていると、本当に神様になったみたいだなあ。
もっとも、今日の俺は死神かもしれんが。
祈りが終わり、宴の時間となった。
フクイたちが用意した食事が並ぶ。
俺は即席でかまどを作って大鍋を火にかけた。
「さあ、今温め直しているのはスープです。何も具はありませんが、美味しいですよ」
皆に向かって大声でそう言った。
それを聞いた皆が集まってきた。
「これ、神様が作ったのかい?すごいねえ」
「わあ、いい匂い!」
「さすが神様だねえ」
皆食欲をそそられたようだ。
椀を用意して取り分けていく。
待ちきれないと言った顔で皆飲み干して行った。
「やっぱり美味しいよ、神様!」
「うん、これはいいもんだねえ」
化学調味料をこんなにたくさん入れたんだから美味いに決まってるわな。
ちなみに、エガワ家にはベルが三人分を持って行ってくれている。
美味しく飲んでくれていたらいいのだが。
宴もそろそろ終わろうかという頃、フクイが俺のところにやってきた。
「神様、皆喜んでくれました。今日の宴は大成功ですよ」
「ありがとうございます。それは何よりでした」
「あなたがここに来てから、一か月弱ですかね。最初はうさんくさい人だと思っていましたが、とんだ失礼でした」
「構いませんよ。怪しむのも当然でしょうから」
「神様、どうかこれから先もここにいてください。皆もそう思っています」
「……分かりました。私もあなた方のコミュニティにいることが出来て良かった」
「それは、何よりです」
フクイはニコッと笑った。
思えば、ここに来てからフクイの笑顔を見たのは初めてだ。
普段はずっと気を張って過ごしているのだろう。
フクイは毎日多忙だ。
けれど、この熱波で作物が枯れても、誰かが死んでも、ずっと変わらずにいる。
俺と年齢はさほど変わらないはずだ。
なんだか、同業者のアイツと似ているな。
こんな世界じゃなきゃ、いい友人になれたかもしれないな。
「では神様、そろそろ宴の片付けをしましょう。明日からも頼みますよ」
「はい。任せておいてください」
俺はそう返事をした。
嘘ついてて、悪かったな。
宴の次の朝、目を覚ますと目の前にベルがいた。
「おはようございます、マサト様」
「おう、ベル。フクイは?」
「死亡を確認しました。周囲の住宅を確認しましたが、生体反応はありません」
ベルはライフルを両手に持ちながらそう報告してきた。
そんな物騒なものを持っているのは、生き残りがいた場合に始末するためだ。
「エガワ家は?」
「……まだ、確認していません」
「よし、行こう」
俺は布団から起き上がった。
隣の部屋を覗くと、フクイが安らかな顔で眠っていた。
フクイに向かって両手を合わせ、ベルと一緒に家を出た。
家を出たが、昨日までと明らかに空気感が違っていた。
作業の音も、老人たちの会話も、子どもたちのはしゃぎ声も聞こえない。
鳥が鳴く声がわずかにするだけ。
「人がいない街ってのは寂しいねえ」
俺はそう呟いて、エガワ家に向かった。
エガワ家に着くと、
「エガワさん、開けますよ」
と言って戸を開け、家の中に入った。
居間ではタケヒトが倒れていた。
ベルがバイタルを確認したが、息絶えていた。
次に寝室を開けると、ユカコとユキコがいた。
二人とも同じ布団で寄り添って寝ている。
ベルは跪いて、優しく二人の体に触れてバイタルを確認した。
俺はただ見守っていた。
「……確認できません。死亡しています」
「そうか、撤収するぞ」
俺はそうとだけ言って、寝室を出た。
ベルも立ち上がって歩き出したが、寝室を出る間際、二人をじっと見ていた。
しばらくするとこちらに向き直り、寝室を出た。
長かったが、大仕事を無事に完遂できた。
旧一関市街の近くでコミュニティはこれしか残っていなかったようだからな。
一安心だ。
俺は大鍋に調味料の他に、致死性の薬剤を投入していた。
うま味マシマシ、LD50少なめってやつだ。
旧一ノ関駅の方に向かっていると、ベルがなんだか考え事をしていた。
「ベル、どうした?」
「いえ……ただ、ゼロお姉さまには敵わないなと思っただけです」
「ゼロちゃんがどうしたって?」
「私は、エガワ家にスープを持って行くとき……ほんの一瞬、殺したくないと思ってしまいました。けど、ゼロお姉さまならそんなことは思わない」
「ふーん、そうなのか」
たしかに、以前アイツと会ったときに言っていたな。
「ゼロはポンコツロボだが、仕事のときはすこぶる真面目だ」
と。
訓練の成績も、ベルよりもゼロちゃんの方が優秀だったと聞いている。
人は見かけによらないねえ。
俺たちは、旧一ノ関駅に着いた。
思ったよりも一関で時間を食っちまった。
「計画」のために南下をしなければ。
俺は南下のために気象の予測を行うことにした。
面倒な計算はベルに任せて、紙に情報を書き並べていく。
だが、そこから導きだされた結論は芳しいものでは無かった。
「今年の夏は、大熱波か……」
困ったことになったな。
そんなことを考えていると、ベルが俺に向かって報告してきた。
「マサト様、衛星と通信しました。別の収束官の方が来られます」
何?
「今どこだ?」
「線路上です。乗り物に乗っているようです」
こんな時代にどうやって乗り物を調達したんだ。
「誰が来る?」
「付帯する有機型人工知能は……ゼロお姉さまです」
ってことは……
「タナカタツヤ収束官が来られます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます