第五話 急襲

 タケヒトを見送ったあと、俺は一人でフクイの家へと帰って行った。

フクイはしばらくエガワ家の近くに残るらしい。

爆発の痕を調べたいそうだ。

俺が起こしたとは言えんな。


 いつもの茂みに行くと、ベルも既に戻っていた。

「ベル、生体反応はどうだった?」

「はい。狙撃の直後、エガワ家から大人一人と子ども二人の生体反応がありました。子どもの片方は、すぐに反応が消えました」

やはりだ。

さっきエガワ家の玄関を見たとき、朝訪ねたときにはあったはずの子ども用の靴が一足無かった。

ユカコは裸足だったにも関わらず、だ。

大きな騒ぎを起こせば何かしらボロを出すだろうと思ったが、うまくいったようだ。

「ベル、ユカコは二人いるぞ」

「そのようですね。しかしどうやって同じ少女が二人も?そのうえなぜそれを隠しているのでしょう?」

「分からん。何かやましいことがあるのかもしれないな」

そのとき、道の方から足音がした。

フクイがもう戻ってきたのか、まずい。

「ベル、隠れてろ」

俺はそう言ってベルを隠し、道の方に出た。

「神様、そんなとこで何をしてるんです?」

夜目が利く奴だなあ。

「なーに、ちょっと寝付けないものでね。ところで、随分早いお帰りで」

「ああ……エガワさんに追い返されたんです」

追い返された?

「どういうことですか?」

「エガワさん家の周囲の空き家を調べてたんですが、ある空き家に入ろうとしたらエガワさんが家から飛び出してきたんです」

「そしたら『フクイさん、もういいから帰ってくれ!』とか言って、声を荒げたんです。朝もそうでしたが、なんだか様子が変なんですよねえ」

うーむ。

盗みの噂、二人いる同じ少女、そして様子のおかしいタケヒト。

これで何も疑わない方が無理があるってもんだ。


 俺とフクイは家の中に戻った。

二人して頭を悩ませていると、近所の住民が駆け込んできた。

「フクイさん、今度は本当に火事だ!エガワさん家の方!!」

「「!!」」

何だと!?

俺とフクイは顔を見合わせた後、慌てて家を飛び出した。

するとたしかにエガワ家の方から黒々とした煙が上がっている。

これは本物だ。

「神様、行きます!」

「ええ、分かりました!」

走って行くフクイを追いつつ、俺は茂みの方に向かって「ついてこい」と合図した。

あいつも夜目が利くからな。


 エガワ家が近くなると、フクイはあっと声をあげ、

「神様、燃えてるのは例の空き家です!」

そんな馬鹿な。

何が起こっているのか分からなくなってきた。

「フクイさん、火を消す手段は?」

「小火ならともかく、こんな火事だとまわりの空き家を取り壊して延焼を止めることしか出来ません」

それしかないか。

「皆さん、急いで道具を持ってきてください!早く!」

フクイがそう叫ぶと、集まっていた皆が道具を取りに散らばって行った。

「神様、僕も取ってきます。危険ではありますがここに残っていてください」

「ええ、大丈夫ですよ。私は神様ですから」

そうして、俺(と近くに隠れているベル)だけが現場に残った。

そういえば、近所が火事だというのにタケヒトたちの姿が無い。

どこに行った……?

俺はエガワ家に行き、どんどんと戸を叩いた。

「エガワさん、火事ですよ!!起きてますか!!」

次の瞬間、「ええ——起きてますよ」

というタケヒトの声が聞こえてきた。

振り向くと、向かいの空き家から刃物を持ったタケヒトが飛び出してきた。

しまった——

と思ったが、どん。という音が聞こえると共に、刃物が弾き飛ばされた。

「いてぇッ!」

と叫ぶと、タケヒトは手を抑えてうずくまった。

ベルが撃ってくれたようだ。

この暗い中でよくもまあ刃物だけを狙えるもんだ。

俺はタケヒトの方を向いて、

「よくも神に歯向かいましたね。もう一度やりますか?」

と言った。タケヒトは信じられないという目で、

「お、お前……本当に神だったのか」

と呟いた。


 間も無く、フクイたちが帰ってきた。

うずくまったタケヒトを見て、フクイが

「あれ、エガワさん?こんなときに何を……」

と言ってきた。

「彼も空き家を取り壊そうとしたのですが、怪我をされたようです。向こうで治しますから、皆さんは作業に専念してください」

そう言って、俺はうずくまるタケヒトの手を引いて近くの空き地に連れて行った。

あの墓がある空き地だ。

話をするのには、二人きりの方が都合が良い。

俺はタケヒトに問いかけた。

「聞きたいことはいろいろありますが、正直に答えてください。嘘をついたらどうなるか、お分かりでしょう?」

「……分かったよ」

「ではまずひとつ。ここらで盗みが多いそうですが、心当たりはありますか?」

「ああ、あんたが思っている通りだ」

疑われていたこと自体は認識していたようだ。

「次の質問です。この墓には『片割れ』はいませんよね?」

俺が墓を指差してそう言うと、タケヒトはビクッとした。

そちらについてはバレていないと思ったのか。

「いや、なんのことだか……」

「嘘をついてよろしいんですか?」

「……」

タケヒトはしばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「ああ、『片割れ』は生きているよ」

やはりだ。

「それからもうひとつ。今日の火事は、これらの件と関係がありますか?」

「……あるよ」

「全て話してください。包み隠さず」

「ユカコたちが生まれたあと、あいつらの母親は死んだ。それで俺は、双子を一人で育てることになった」

「だが既に世の中大混乱だ。ミルクも満足に手に入らず、双子は日に日に弱っていった」

「俺の方もだんだん参ってきてね。せめて双子じゃなきゃなあと恨んだよ。そしてある日、近所の奴に双子のことを聞かれて『片方死にました』と言っちまった」

「酷い親だよな。けど、魔が差しちまったんだ」

「だが、近所の奴は皆同情してくれたんだ。みんないろいろな物を恵んでくれたし、励ましてくれた」

「それで引き返せなくなっちまってよ。双子の片割れを隠して暮らして行くことにしたんだ」

なるほどね。

俺とベルが見た二人のユカコは双子だったんだ。

「双子だったのが幸いしてな、二人同時に見られない限りこのことがバレることは無かったんだ。姉のユカコはよく育ったが、妹のユキコは栄養不足が響いたのか病気がちになった」

家で寝ている方がユキコで、俺が見たのがユカコというわけか。

恐らく、両方にユカコと名乗らせていたのだろう。

「文明崩壊の後、ここいらの地域住民はコミュニティを組んで自給自足することにした。俺もそこに入ったが、ユキコの看病もあり仕事は免除された」

「さらにみんなは俺とユカコのためにいろいろ届けてくれてちたんだ。有り難がったが、問題があった」

「みんなは『二人分』届けてくれていたが、俺たちに必要なのは『三人分』だ。双子が成長するにつれ、食い物なんかが足りなくなってきた」

「そこで俺は——ユカコに盗みをさせるようになった」

盗みの犯人はタケヒトではなく、ユカコだったのか。

「何回かバレそうになったが、俺はユキコの看病でずっと家にいたからな。アリバイが存在する以上、疑われることはなかった」

双子の片方に盗みをさせ、もう片方をアリバイに使うとはね。

親として最低だな。


 俺はさらに気になっていることを問い詰める。

「ふだん、ユカコさんはどうやって盗みをしているんですか?」

「いろいろだ。夜中にやらせることもあれば、昼間に堂々とやらせることもある。家にいる時は、寝室でユキコと一緒に過ごしている」

なるほどな。この間ベルが家の中を覗いた時は、恐らくユカコが盗みに出ていてユキコしかいなかったんだろう。

運のいいやつめ。

だかよく考えたら、家の玄関からユカコが出入りしていたらここ数日見張りをしていたベルにバレているはずだ。

仮に裏口から出ても、ベルの生体反応に引っ掛かるはず。

「ユカコはどうやって家に出入りしてるんです?」

そう聞くと、タケヒトは目を丸くして驚いた。

「さすが神様、そこまでお見通しとはね」

「なあに、簡単なことさ。寝室の床下には、近くの別の空き家に抜けるトンネルを掘ってある」

トンネル???

「それも複数の空き家に繋がるようにね。万が一にも家を出る姿を見られないよう、ユカコにはトンネル経由で外に出るよう言ってある」

それで家を見張っていたベルが気付かなかったのか。

それに、トンネルに入っていれば生体反応にかかることもない。

ベルもまさかそんなものがあるとは思っていなかっただろうしな。

俺がさっき火事の騒ぎを起こしたときは、ユカコも慌てて玄関から外に出たんだろう。

それで靴が減っていたわけか。

ベルの感知した生体反応も、そのときのものだろう。

そして俺たちがエガワ家に到着する前に、ユカコは適当な場所に身を隠したというわけか。

「そうでしたか。今回の火事は、トンネルがある空き家を調べられないようにあなたが仕組んだのでしょう?」

俺がそう問うと、タケヒトは頷いた。

「さっきはフクイが空き家に入ろうとしたからな。むろん簡単にバレないようには作っているが、念には念を入れて証拠隠滅しようと燃やしちまった」

これで謎が解けたわけか。


 俺とタケヒトの間に沈黙が流れる。

だが、俺はあることに気づいた。

「そういえばユカコさんは?ユキコさんは家で寝ているんでしょうが」

「ああ、あいつも『隠滅』したよ」

何?まさか……

「お前、自分が何をしたのか分かっているのか!?」

俺は口調なんか忘れてタケヒトの胸ぐらを掴んだ。

「ああ、分かっている。だがいずれバレることだ、どうせなら本当に死んでしまえばいい」

「お前……!!!」

俺がグーで殴ろうとした瞬間、後ろからベルの声がした。

「心配ありません。ユカコ様はこちらに」

そこには、ユカコを抱えたベルが立っていた。

だが二人とも黒く煤けている。

「私が家に突入し、ユカコ様を助け出してきました。疲れてお眠りになっています」

そう言うと、ベルはタケヒトにユカコを手渡した。

タケヒトはユカコを抱えたまま、崩れ落ちた。

「すまなかった、ユカコ……!!」

タケヒトはユカコを強く抱きしめ、大粒の涙を流していた。


 夜が明けると、俺はフクイにだけすべてを話した。

もっとも、あくまで神様としてエガワ家の件を調べたという体でな。

フクイは黙って聞いていたが、全てを聞いた後に

「分かりました。エガワさんは特に罰しません。このまま前と同じように暮らしてもらいます」

と意外な言葉を発した。

「よいのですか?」

「ええ、どうやら苦境の末に行ったことのようですから。昨日の火事も、誰も死なずに済みましたからね。第一、こんな世の中で後ろめたいことのない人間なんて一人もいませんよ」

「しかし、これから彼らはどうやって暮らしていくのですか?」

「前と同じです。双子についてはどうせユカコちゃんしか外出しないのですから、当面このことが知れ渡ることもないでしょう」

「しかしエガワ家の生活物資はどうするんです?今まで通り二人分では駄目でしょう」

「私がどうにかします。私の立場では、子ども一人分くらいどうにでもなります」

やはりフクイは懐の広い奴だ。

この年齢でコミュニティのリーダーなのも頷ける。

「それより、あなたがいなければこの件は解決しませんでした。皆盗みには困っていましたから、感謝してもし切れません」

フクイはそう言うと、俺に頭を下げた。

「なに、助力すると言ったでしょう。これで少しは私のことを信じていただけましたか?」

「ええ。本当に神様なんじゃないか……なんて思ってしまうくらいには」

それはよかった。

俺はようやくフクイからも信頼を得たらしい。


 あの後、ベルはよくエガワ家に通うようになった。

成り行き的にエガワ家にはベルの存在が知られてしまったが、俺たちが盗みのことを他言しない代わりにベルのことを他言しないよう約束してもらった。

そんなわけで、ベルはよくユキコやユカコと家で遊んでいるらしい。

病気で家で寝てることになっているユカコが度々外に遊びに行ってたら怪しまれるからな。

それならと、ベルが二人の遊び相手をしてくれることになった。

もっとも、監視目的というのもあるが。


 ベルが、あの日ユカコが野原に遊びに来た理由を聞いてきてくれた。

理由は単純で、俺のお菓子が食べたかったからだそうだ。

ユキコのことや盗みのことがバレないよう、ユカコが野原に遊びに行くことはほとんど無かったらしい。

だが、「神様」というのが菓子を配っていると噂で聞いて、どうしても抗えなかったらしい。

盗みをしているとは言え、所詮は子どもだ。

何年も口にしていない甘味という存在に、つい心が動いてしまったのだろう。

それでタケヒトの制止も無視して家を飛び出し、野原に遊びに行ったのだそうだ。

子どもは素直だ。

こんな純真な子どもに悪事を働かせた挙句殺そうとするとはね。


 もっとも、今から俺はそれよりずっと罪深いことをするわけだが……

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