第四話 ふたり

 家に入ると、ユカコの父親が座布団を二枚用意してくれた。

腰を下ろすと、父親がフクイに向かって

「あの、そちらの方は…?」

と聞いた。

「ああ、例の神様ですよ」

「なるほど、この方が……」

どうやら父親はこの間の祈りに参加していなかったらしい。

ユカコの世話をしていたんだろう。

「初めまして、神様です」

「こ、これはご丁寧にどうも」

ユカコの父親が頭を下げた。

俺、そこまで丁寧だったか?


 本題に入る前に、ユカコについて父親から聞くことにした。

父親の名前はエガワタケヒト。

今はユカコと二人暮らしらしい。

ユカコの母親は、ユカコを産んだあとに死んだそうだ。

それで墓に入っていたわけだ。

だが、墓には「片割れ」も入っていたはず。

ひと通り話したあと、それについて切り込んだ。

「辛いことを思い出させたら申し訳ありません。フクイさんから、お墓にもう一人入っていると聞いたのですが……」

それを聞いたタケヒトは一瞬ビクッとしたあと、

「あ、ああ。ユカコの片割れですよ」

「というのは?」

「ユカコは双子で産まれました。フクイさんたちに手伝ってもらいましたが、大変な難産でした」

「あの頃は文明崩壊前ですが、混乱の時期で病院で産むことは出来なかったのでね」

「結局、双子のうち片方は生後すぐに亡くなりました。それが片割れです」

なるほどね。


 しばらく話した後、俺はタケヒトに

「今日はユカコさんはどうされていますか?」

と聞いた。

「ああ、寝室に寝かせています。いつも通りですよ」

いつも通り、ねえ。

「そうですか。ところで、昨日野原にユカコさんが遊びに来たんですが……」

俺がそう言うと、タケヒトはまたビクッとした。

ただ、さっきよりも動揺の度合いが大きいように見える。

「き、昨日は珍しく元気だったんでね。遊びに行かせましたよ」

「今日は元気じゃないんですか?」

「ええ」

そんなことがあるもんかねえ。

そう考えていると、フクイが横から

「いや実はね、この神様がユカコちゃんを治してくれるっていうんですよ」

と言ってきた。

「え、本当ですか?」

タケヒトが俺の方を向いた。

「ええ、本当ですよ。今すぐにでも治せます」

もちろんそんなことは無いが、これはハッタリだ。

「いや、でもそんな急に言われても困りますから!」

タケヒトが大きな声を上げた。

「まあ、突然訪問したこちらも悪かったですね。フクイさん、出直しましょう」

「え?ええ。エガワさん、お邪魔しました」

俺とフクイは、そう言ってエガワの家を後にしようと玄関に向かった。

いつの間にか靴箱に俺たちの靴を入れていてくれたようだ。

俺は他の靴を眺めながら、自分の靴を取り出した。


 その帰り道、俺とフクイはタケヒトとユカコについて話していた。

「フクイさん。タケヒトさんの様子がおかしかったと思いませんか?」

「ええ。普段は穏やかで優しい方なんですが」

「何かまずいことを聞いたのでしょうか?」

「うーん……」

フクイは何やら考え込んでいた。

「この際だから話してしまいましょう。実は個人的にあの家を疑っていることがありまして」

「ほう、なんです?」

「ここらで多い盗みの犯人が、あの家なんじゃないかってことです」

たしかにフクイから盗みが多いと聞いていたが、なぜ今そんな話を?

だが興味深い。

「どういうことですか?」

「エガワさんはコミュニティでの仕事を免除されています。ユカコちゃんの看病がありますからね」

「だから、我々は食料品なんかを定期的にエガワさんの家に届けているのです」

そうだったのか。

「けど、エガワさんの家に届けるのはほんの最低限の量です。しかし、その割にはいくらか余裕のある暮らしをしているのです」

「免除されてるからと言って、仕事をしていないわけではないのでしょう?」

「いえ、エガワさんはほとんど付きっ切りで看病しているんです」

うーむ。

「以前、コミュニティの他の人間にも相談して話し合ったことがあります。しかし、エガワさん本人は一日中看病しているし、ユカコちゃんは病気だし、とても盗みが出来る家じゃないという結論になりました」

「それ以来、他の皆はエガワさんを疑うことは無くなったのです」

少し考えていると、フクイはハッとした表情になり

「しまった、私としたことが喋りすぎてしまいました」

と言ってぽりぽりと頭をかいた。

どうやら、未だに俺はフクイから信頼されていないらしい。


 俺とフクイは途中で別れ、フクイは作業に、俺は野原に向かった。

昨日までと同じように子どもたちと遊び、菓子を配った。

今日はユカコは来なかった。

まあ、さっき家で寝ていたのだから当然だろうが。

それにしても話がややこしいな。

同時に家と野原に出現する少女と、その家の盗みの疑惑。

いったい何の関連があるってんだ。

「かみさまー、何ぼーっとしてるのー?」

「ああ、悪い悪い。よし行くぞー!」

とりあえずこいつらと遊んでるか。

今日は鬼ごっこらしい。

毎度毎度こんな暑いのによく走るなあ。

子どもって本当にすごいな。

鬼に追いかけ回される子どもたちを見ていると、ひとつアイデアが浮かんできた。

やってみるか!


 その日の夜、俺はいつものようにベルと落ち合った。

今日のエガワ家については、俺たちが出入りしたこと以外には異常はなかったそうだ。

そこで、俺はベルにある提案をした。

「ベル、今日はお前にしてもらいたいことがある」

「なんでしょうか」

「お前に――火事を起こしてもらう」

「火事……ですか?」

「正確には、火事の『ふり』だ。コマンド、モード変換。戦闘モードに」

ベルはガションガションと音を立て、戦闘モードに移行した。

「ベル、お前には狙撃をしてもらう」

「何を狙うんですか?」

「エガワ家の近くを狙って撃て。できれば大きな音が鳴るようなものを狙え。そのあと、俺が『火事だ』と騒ぐ」

「なぜそんなことを?」

「まあ、見てろって」

俺は詳しい指示をした後、いったん家に戻って布団に入った。


 それから間もなく、どかんどかんと大きい音がした。

狙い通りだ。

ん?とフクイが目を覚ましたそのとき――

「フクイさん、火事です!!エガワさんの家の方ですよ!!」

とすかさず言った。

「大変だ、すぐに出ましょう!」

フクイはそう言うと寝巻のまま家を飛び出して行った。

俺もそれを追ってエガワ家に向かった。

「火事だー火事だー!!」

フクイはそう叫び、近くの住民に呼びかけていた。

「皆さん、火事ですよー!!!」

俺も大声を張り上げた。

エガワ家の近くに到着すると、そこには何かの破片や屑が散らばっていた。

ベルが撃ったものの痕跡だろう。

もちろん火事になんてなっていないがな。

「神様、火事になんてなってない――」

フクイがそう言いかけたとき、俺はユカコをおんぶしたタケヒトがいるのを見つけ、

「エガワさん、無事だったんですねー!!!」

と叫んだ。

それを聞いたタケヒトはこちらに寄ってきた。

よく見るとユカコが裸足だ。

よっぽど慌てていたのか、おぶったままユカコに靴を履かせるのを忘れていたようだ。

タケヒトが俺たちに話しかけてきた。

「ああ、お二人。何だか家の近くで爆発のようなものが起こったみたいで」

「そうだったんですか。家の中は無事ですか?」

俺がそう聞くと、

「ええ、何も問題ありません」

と言ってきた。

俺とフクイは、エガワ家の玄関までタケヒトを見送った。

「ではお二人とも、おやすみなさい」

タケヒトはそう言って、カラカラと戸を閉めた。


 これで確信した。

エガワユカコは、二人いる。

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