第三話 片割れ
フクイの家で寝泊まりするようになって数日が経った。
そして、俺は今――
「おーい、投げるぞー!!」
野原で野球をしていた。
あのあと、フクイから子どもたちの世話係になるように言われた。
コミュニティにいる以上神様だろうが仕事をしてもらう、と言っていた。
この年寄りだらけのコミュニティにおいて、子どもたちは文字通り宝だ。
だが他の大人たちは仕事がいっぱいで子守にまで手が回っていなかったらしい。
渡りに船というわけだ。
こっちからしても、子ども相手の方が砕けた口調で話せてありがたい。
大人相手には敬語で神々しさを出さないといけないが、子ども相手にはこちらの方が信用される。
俺は既に子どもたちの間で人気者になっていた。
ベルの薬剤合成部を応用して作った甘い甘いお菓子を配ったり、空き家から集めたおもちゃで昔ながらの遊びをしたり。
子どもっていうのは案外人を見ているからな。
こっちも真剣に対応しないと信用してもらえない。
それに子どもってのは体験したこと全てを親に話すもんだ。
俺が気の良い神様だってのを、子ども経由で大人たちに広めてもらうのさ。
さっきみたいに隠れて俺の手伝いをすることもあるが、ベルは基本的には別行動だ。
ベルの存在を明かせば、「神業」の種明かしをすることになるからな。
俺が子守をしている間、ベルにはフクイたちの様子を偵察してきてもらっている。
このコミュニティの内情を探って仕事のチャンスを伺うため、というのもあるが、もう一つ気になることがあったからだ。
俺はフクイから「子どもの人数は十五人です」と聞いていたが、毎日遊びに来る子どもの数を数えてみても十四人しかいない。
だから残りの一人を探しておいてくれ、と伝えておいた。
ベルも生体反応で探ったりしているようだが、見つかっていないようだ。
フクイに直接聞いても良いが、怪しまれても面倒だしな。
ある夜、フクイが寝たのを確認して俺は家から出た。
近くの茂みで待機していたベルに声を掛ける。
ここ最近、こうやって夜中にこっそりベルから情報を仕入れるのが日課となった。
俺はしゃがみこんでベルに問いかける。
「ベル、何か新しい情報はあるか?」
「はい。例の子どもが見つかりました」
「おお、それで?」
「エガワという男性の娘でした。家はここから遠くありません」
「ほお。どうして外に遊びに出ないのか分かるか?」
「家のすき間から覗いてみましたが、その女の子はずっと寝ていました。エガワはずっと看病していました」
なるほど、そういうことだったのか。
それでベルの生体反応にもかからなかったわけだ。
「重い病気なのか?」
「そこまでは分かりませんでした。引き続き調べてみます」
「分かった。そろそろ俺は家に戻る」
そう言って俺は立ち上がった。
すると急にベルが俺のシャツのすそをつかんだ。
「どうした?」
「……いえ、なんでもありません」
「ここらは盗みが多いらしいから、お前も夜は用心しろよ」
俺がそう言うと、ベルは裾を離した。
次の日、いつも通り野原に向かった。
「かみさまー、おそいよー!」
既に何人かが集まっていた。
だがその中に見慣れぬ少女がいた。
もしや。俺は名前を聞いた。
「きみ、名前は?」
「……エガワユカコ。七歳」
ビンゴだ。
「昨日まではいなかったよね。どうかしたのかな?」
「……別に、どうもしないよ」
病気であることは隠しているのだろうか?
そんなことを考えていると、後ろの方から別の少女の声がした。
「あー、ユカコちゃんだ!」
たしか……シオリと言ったか。
ユカコの友人なのだろうか。
「珍しいね!一緒に遊ぶなんて」
「……そんなことない」
ユカコはぶっきらぼうに答えた。
またいつもように子どもたちと遊び始めた。
このクソ暑いのに子どもってのはすごいねえ。
遊んでいる間ユカコの様子を観察していたが、元気に走り回っていた。
とても病気で寝ていたとは信じられない。
しばらく走り回って皆疲れてきたのか、俺のところに集まってきた。
「かみさまー、いつものお菓子ちょーだい!」
「よっしゃ、ちょっと待て」
そう言って、俺はベルからもらってあった菓子を配り始めた。
子どもたちは礼儀正しく列を作って順番に貰って行く。
間もなくユカコの番が来た。
「ほら、食べてみな」
そう言って渡すと、ユカコはすぐに口に入れた。
「美味いか?」
「……美味しい」
少し恥ずかしそうにそう言うと、どこかへ走って行ってしまった。
菓子を食べ終えた子どもたちは、再び野原に駆けていった。
どうやらユカコは帰ってしまったようだ。
俺は、皆と一緒に野原に行こうとしていたシオリを呼び止めた。
ユカコについての話を聞くために。
「なあ、ユカコってのはどんな奴なんだ?」
「うーん、お母さんから聞いたんだけどなんか病気なんだって」
「へえ。それで?」
「だから、たまに遊びに来ても座ってるだけなの。今日は珍しく遊んでたけど」
へえ。今日に限ってねえ……
「分かった。これはお礼だ、取っときな」
そう言って俺はシオリに菓子を手渡した。
「ありがとう、かみさま!」
そう言ってシオリは野原に飛び出して行った。
余った菓子を食べてみたが、甘ったるいだけで食えたもんじゃない。
ベルの薬剤合成部で無理やり作ったから、大した味付けもされてないようだ。
甘味に飢えた子どもたちにとっては、とんでもないご馳走なんだろうが。
その日の夜、いつものようにベルのところに向かった。
「ベル、今日は何か情報はあるか?」
「いえ、特に。例の子どもは、昨日と同じくずっと寝ていました」
「え?」
え?
「ベル、ちょっと待て。俺はエガワユカコという子に野原で会ったぞ」
そう言って、俺は今日あったことについて説明した。
「……つまり、私とマサト様が同じ少女を別々の場所で観測していたと?」
「そうみたいだな」
そうみたいだが、そうであったら困るんだ。
「いかがいたしましょうか?」
「とりあえず様子見だ。まさか幽霊やお化けの類では無いだろう」
「承知しました。引き続きエガワの家を見張ります」
「おう、頼むぞ」
そう言って俺はフクイの家に帰ろうとしたが、またベルが服の裾を掴んできた。
俺は軽くベルの頭を撫でてやった。
ベルはほんの少しだけ顔を赤くして、裾を離した。
次の朝、作業に行こうとするフクイに話しかけた。
「フクイさん、エガワユカコという子は知っていますか?」
「ええ、知っていますが」
「いえ、昨日野原に遊びに来たものでね」
「え?それはおかしいですよ。あの子はそんな状態じゃない」
「そうなんですか。シオリという子から聞きましたが、病気だそうですね」
「ええ、結構重い病気です」
やはりそうなのか。
「分かりました。まあ、元気になったのなら良いことでしょう」
「う~ん、そんな簡単に元気になるとは思えないのですが……」
フクイも不思議がっている。
俺はある提案を持ち掛けた。
「フクイさん、エガワユカコという子の家を教えてくれませんか?」
「どうしてですか?」
「いえ、私も気になっているのでね。元気だったらそれで良し、病気なら私の力で治しましょう」
「……治せるんですか?」
フクイは怪しむかのような目で俺を見てくる。
「助力すると言ったでしょう?安心して任せてください」
「……分かりました」
こうして俺とフクイは、ユカコの家に向かった。
まあ、ベルのおかげで家の場所は知ってるんだけどな。
家の近くまで来ると、近くの空き地に墓があるのを見つけた。
俺はフクイに問うた。
「これは誰の墓なんです?」
「ああ、それは……エガワさんの家の墓です」
「誰が入ってるんですか?」
「ユカコの片割れと母親ですよ」
片割れ?どういうことだ?
それを聞こうとしたが、いつの間にかユカコの家に着いてしまった。
「神様、ここがユカコの家です。エガワさーん、フクイですー!」
フクイが家の中に呼びかけると、家の中から
「はーい、ちょっと待っててくださーい」
と男の声が聞こえてきた。
ユカコの父親だろう。
間もなく、戸を開けてくれた。
「どうぞ、入ってください」
俺とフクイは、家の中に入った。
片割れとは何だったのか……
まあ、後で聞くことにしよう。
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