第二話 神
俺とベルは旧北上市を後にし、南下していた。
日差しがいつものように突き刺してくる。
「ベル~暑いよ~」
「既に半袖半ズボンではありませんか。それ以上お脱ぎになりますか?」
「ベルちゃんのえっち~!」
こんなバカな会話でも無いよりはるかにマシだ。
この世界で正気でいようと思う方が気が狂う。
何日か歩いたあと、俺たちは旧一関市に着いた。
「ベル、生体反応はどうだ?」
「ありません」
「そうか」
しかし市街地だ。
誰もいないなんてことはないだろう。
「しばらくここで仕事をすることにする。適当な建物に拠点を作ろう」
「承知しました」
俺たちは店舗跡を見つけた。
もとは定食屋か何かだったようなので、寝るのにちょうど良さそうな座敷があった。
ここがちょうど良さそうだな。
ベルとそういう会話を交わし、そこで寝泊まりすることにした。
その日はそのまま寝て、次の日から街中を歩くことにした。
しかし、朝から昼までずっと歩き回ったのにちっとも人の気配がない。
ベルの生体反応にも引っかからない。
「おかしいなあ……」
「衛星と通信しますか?」
「そうしよう。広域探索だ」
「かしこまりました」
ベルはそう言って広域探索を開始した。
しばらくすると、ベルが俺に告げた。
「向こうの山の方に集団の反応があります」
「山?集落でもあるのか?」
「そこまでは分かりません」
「とにかく行ってみるか」
「かしこまりました」
そう言って、山の方に向かうことにした。
山の方に近づいていくと、いくつかの家に人の痕跡が見られた。
今も住んでいるようだが、どの家も留守にしている。
「ベル、なんだか奇妙だな」
「アロハシャツとメイド服の私たちの方がよほど奇妙ですよ」
そりゃそうだ。
だが奇妙なのは間違いない。
集団の反応が見られたのに家々がもぬけの殻というのは不可解だ。
さらに歩を進めると、山の方からうめき声のようなものが聞こえてくる。
「……ますます奇妙だな」
「はい。音源の方向を見てみます」
ベルはしばらくじぃっと見つめていた。
それから間もなく俺の方を向くと、
「どうやら、神社に人が集まっているようです」
と言ってきた。
「神社ぁ?」
「はい。お祭りか何かのようです」
なるほどね。
それでみんな家から出ていたわけだ。
俺たちはさらに神社の方に近づいていった。
茂みに隠れて、様子を伺う。
「ベル、どんな祭りか見えるか?」
「膝をついて社殿の方に向かって何か唱えています。お祈りしているのでしうか?」
「分からんな」
だが、ここでいいことを思いついた。
「ベル、これは大きい仕事のチャンスだ」
「どうなさるおつもりですか?」
「まあ、見てろって」
俺はベルにあることを耳打ちして、祈りが終わるのを待っていた。
祈りが終わるや否や、俺は茂みから出て神社の方へと向かった。
皆で食い物など用意して宴会を始める所らしい。
「おやあ、見かけない顔だねえ」
老婆が俺に気づき、声を掛けてきた。
「やあ、どうも。皆さん、僕を呼ばれました?」
「え?」
老婆は怪訝そうな顔をしている。
「おいあんた。どこから来たんだ?」
「天から、でしょうか」
老婆の近くにいた爺さんからの問いかけに、俺はそう答えた。
「あんた一体なにもんだ?」
宴の用意をしていた皆が俺の方へと集まってくる。
これはちょうどいい。
「なにもんって、神様ですよ」
しん……と静まり返った。
「何を馬鹿なことを言うんですか、神様がアロハシャツなもんですか」
集団の後ろにいた若い男が切り出してきた。
俺と同年代くらいだろうか。
「あなた、名は?」
「フクイユウトです。あなたは神様、と呼べばいいですか?」
「はい」
「ではその証拠を見せていただけませんか」
「分かりました。ところで、宴会の食べ物に肉が無いですね」
「ええ、今や貴重品ですから」
「見ててください」
そう言いながら、俺は木の上の鳥を指さした。
皆がそちらを向いた瞬間――
鳥が木から落ちた。
皆があんぐりと口を開けている間に、俺は別の鳥を指さした。
また落ちてきた。
「どうです、信じてくれますか?」
「いや、でも……」
フクイはうろたえていた。
しばしの沈黙があったあと、さっきの老婆がフクイに言った。
「なあ、この人が神様かは知らないけど、さっきの技を見る限り只者じゃないよ」
「……ええ、分かってます」
フクイはそう答えると、俺の方を向いた。
「分かりました。とりあえず神様だと信じることにしましょう。それで、何の御用ですか?」
「何の御用も何も、そちらから呼び出されたのではありませんか」
「え?」
「先ほど皆さまで熱心にお祈りされていたでしょう。私、見てましたよ」
天から、と言いたいところだがそこの茂みからだ。
「……そうでしたね」
「何を願うのですか。言ってごらんなさい」
そう言うとフクイはかしこまった表情になった。そして、
「我々は、我々の健康と繁栄を祈っておりました」
「この崩壊した社会で生きていくのは苦労が多いのです」
「だから、ここらへんで生き残った人々同士で集まってなんとか暮らしています」
「今日は何週間かに一度の祈りの日で、こうして皆で宴を開くのです」
と言った。
他の皆は黙ってそれを聞いていた。
どうやらこのフクイという男は若者ながらこの集団のリーダー格のようだ。
それを聞いた俺は口を開いた。
「では、私が皆様のために力になりましょう」
「え?」
「皆様も先ほど私の力を見たでしょう。困ったことがあれば助力して差し上げます」
「本当ですか……?」
「怪しむのも無理はありません。先ほどの技をもう一度お見せしてもよろしいですよ」
「……」
フクイが考え込んでいると、老婆が声を掛けた。
「なあ、フクイさん。いっそ信じてみちゃあどうかね?」
「え?」
「私らみたいな年寄りばっかなんだ。神様だろうが人手は多い方がいいだろう?」
「それは……そうですが」
「なら、腹くくって信じてみたらどうだい」
「……分かりました」
どうやらこのフクイというのは用心深いようだ。
だが裏を返せば、一度信じ込ませれば容易く崩せるというわけだ。
とりあえずは信じてくれたようで、フクイたちのコミュニティに入ることになった。
宴の準備を手伝ったり、一緒に飲み食いしたりして皆に顔を売った。
昔に培った話術で、結構すんなり溶け込むことが出来た。
ただフクイだけはどうにもガードが堅い。
まあ、長期戦だな。
宴が終わり、各々の家に帰ることになった。
俺はフクイの家に寝泊まりすることになった。
客用の布団が余っているから、という理由らしいが、怪しい奴を近くに置いておきたいからというのがフクイの本音だろう。
神社を出る前に、隙を見て茂みのベルに声を掛けた。
「ベル、話は聞いていただろう。お前はフクイと俺のあとをつけていろ」
「承知しました」
「お前はフクイの家の近くで待機していてくれ。明日から、お前の力を借りる必要がある」
「『神様』を演じるのですね」
「そうだ。さっきの調子で頼むぞ」
「ふふ、お任せを」
ベルはそう言って、スナイパーライフルをちらりと見せた。
そして、俺はフクイのもとに戻った。
さて、大仕事だ。いっちょやってやるか!
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