第一話 墓守の子

 俺とベルは、北上市の市街地で仕事を始めようと準備していた。

「ベル、問題ないか?」

「はい、マサト様。私の各装備に問題はありません」

「よし」

とは言ってもなあ。

この北上市は何回も通ってきたし、そろそろ仕事の対象も少なくなってきた。

今のところ、ベルの生体反応にも引っ掛かってはいないみたいだ。


 「たまには違うことでもしてみるかねえ~」

俺はそう言って、市街地とは逆の方向に歩き始めた。

「マサト様、そちらには生体反応は見られませんが」

「どうせ市街地の対象も大して多くないんだ。たまにはこっちで探してみる」

「承知しました」

ベルも俺の方についてきた。


 しばらく歩いていくと、だだっ広い草原が広がった。

近くに涸れた水路があるのを見るに、もとは田んぼだったようだ。

だが今や近所に人が住んでいる様子は無い。

田んぼの持ち主のものであろう家々も、今や破壊されつくして見る影もない。


 やはりだめか――

俺はそう思ってポリポリと頭をかいた。

「ベル、戻るか」

「マサト様。お言葉ですが、気まぐれでこうした無駄足を踏むのは避けてください」

「固いこと言うなって、ベル~」

全くこのメイドは真面目さんだねえ。


 だが市街地の方に戻ろうとして進行方向を変えた瞬間、ベルが

「マサト様。生体反応です。あの茂みの方です」

と報告してきた。

茂みに隠れて生体反応に引っ掛からなかったのか。

「ほ~ら俺の言う通りだっただろ?」

「念のため、戦闘待機モードに移行します。」

聞き耳持ってねえなこいつ。


 俺はベルを前に出し、ゆっくりと茂みの方に近づいていく。

なぜベルが前かというと、銃を持っていないからだ。

こういうときは制服を着ておけばよかったと思うね。

あれにはホルスターもついているからな。


 「マサト様、まもなく接触します」

ベルが報告してきたので、身構える。

と言っても、何かされたところで俺が出来ることは無いのだが……

茂みから十五メートルほどの距離になったとき、俺は茂みの中に少年のような人影を見た。

と同時に、人影の下に土の塊があるのに気づいた。

なんだあれは。

気になるが、まだ向こうが気づいている様子は無い。

塊のことは後でいい、とにかく先手を打つチャンスだ。

「ベル、一旦銃を下げろ。危なくなったら撃ってくれ」

「かしこまりました」

そう言ってベルは銃を下げた。

そして次に大きな声で、

「よお、坊主!何やってるんだ?」

と声をかけた。


 するとパン!という銃声のような音が聞こえた。

しまった――と思ったが、体のどこも痛くない。

ベルも銃を構えてはいるが、撃っていない。

少年の方を見てみると、そいつが持っていたのはただのエアガンだった。


 そいつはエアガンを構えながら俺の方を向き、

「なんだお前ら!早く帰れよ!!」

と言ってきた。

「怪しいものじゃない。ただ何してるのか気になっただけだ」

「じゃあそのメイドはなんだよ!!」

「俺のメイドだよ。ベルナデッタって言うんだ」

「じゃあそのパンナコッタを連れて帰れよ!!」

間違ってるぞ、坊主。


 俺は改めて少年に問うた。

「なあ、なんでそんな邪険にするんだ?」

すると少年は、

「いいから帰れよ!ここは立ち入り禁止だ!!」

と返してきた。

「立ち入り禁止って、なんでまた」

「いいから立ち入り禁止だ!!帰れよ!!」

「理由が分からなきゃスッキリしないだろうが」

「……だからぁ!!」


「ここは俺のとーちゃんの墓なんだ!!!!」


 その一言で得心した。

さっきの土の塊は父親の墓か。

それで俺たちを近づけたくなかったというわけか。

「それは悪かったな、坊主」

「俺の名前はノブマサだ!!」

「悪かったな、ノブマサ。お詫びに俺たちにも手を合わさせてくれないか」

「え?」

「俺は元公務員でね。人々を助けて回ってるんだ、なあベル?」

「はい。私はマサト様と共に、皆さまを救っております」

「……それで?」

「こうやって会ったのも何かの縁だ。手を合わせるくらい、いいだろう?」

「……いいよ」

こうして俺とベルはノブマサの父親の墓に手を合わせた。


 俺とベルは、一緒に茂みに入ってノブマサから話を聞くことにした。

「いつから親父の墓を守ってるんだ?」

「とーちゃんが死んでから、ずっと」

「いつ死んだんだ?」

「五年前に空襲でやられて、死んだ」

文明崩壊時の紛争でやられた、と言いたいのだろう。

「飯とか水はどうするんだ?」

「なるべく一度にたくさん集めて、すぐ戻ってくる」

そうか。

こんな年でずっと墓を守っているとは、大したもんだ。


 いろいろと話したあと、俺はノブマサに問うた。

「そのエアガン、どうしたんだ?」

「近くの空き家で拾ったんだ。結構本物と似てるから、脅しで使えば護身になる」

こんな小さい子どもがそんな技術を身につけているとはね。

酷い世の中だぜ、まったく。

「おい、ベル」

「なんでしょう、マサト様」

「お前が持っている本物のなかで、いらないのをやったらどうだ?」

「えっ!?本物があるの!?」

ノブマサの目が輝いた。

「ああ、あるさ!」

「分かりました。少々お待ちください」

そう言うとベルは、ガションガションと音を立ててスカートから小さい銃を取り出した。


 ベルは渡す前に銃を磨いている。

ノブマサはワクワクした表情でそれを見ていた。

俺は今まで気になっていたことを聞いた。

「なあ、ノブマサ。この墓には何がある?」

「え?何って……そりゃとーちゃんの」

「お前、とーちゃんが死んだときは一人で埋めたのか?」

「……そうだけど」

「そりゃあおかしいだろう。お前、十歳くらいだろう?てことは五年前はまだ五歳じゃないか」

「そんな年齢の子が成人の死体を運んで埋めるなんてできるわけがない」

「……」

ノブマサは黙り込んだ。

「おかしいと思ったんだ。こう言っちゃ悪いが、こんなご時世にわざわざ一般人の墓を荒らそうって奴はいない」

「それは……っ!」

「お前、その墓に何を隠してるんだ?」

「……言えない」

ノブマサは涙目でそう言った。


 どちらにせよ、本当のことを言えない奴に銃を渡せないな。

「じゃあな、ノブマサ。達者でやれよ」

俺はベルに引き上げるよう手で合図した。

ベルも俺について茂みを出た。

「待ってよ!!」

茂みから二十メートルくらい離れたころ、ノブマサが叫んだ。

ノブマサはエアガンを構えていた。

「おい、その脅しは俺たちには効かないぞ」

「うるさい!!撃つぞ!!!」

パン!という音が聞こえたが、俺のでこのあたりにぺちっという乾いた音がしただけだった。

それを見てベルが、ピカピカになった銃を構えた。

「ノブマサ、本当のことを言えよ。何を隠してるんだ?」

「……それは言えない」

「そうか。なら仕方ないな。あばよ」

それを聞いたベルが引き金を引き――



弾丸が、ノブマサの頭部を貫いた。



 旧文明収束官って奴の仕事は、端的に言うと人殺しだ。

この世界では、俺たちの暮らしはひどいもんだ。

毎年夏にはひどい暑さで大勢の人間が死ぬ。

夏を越えて暑さがマシになっても、結局食い物も何もない荒廃した大地があるだけ。

文明に頼り切って生きてきた俺たち人類は、そんな世界に放り出されたとて死ぬしかない。

だが、そんな惨めな運命を受け入れるわけにもいかない。

そこでせめてもの抵抗として、苦しむことなく死の世界へと送り出そう。

飢えでも暑さでもなく、安らかな形で命を刈ろう――っていうのが俺たちの仕事だ。


 「目標の頭部に命中させました。」

「ああ、お疲れ様」

ベルの報告に対して俺はそう返した。

まあ、報告されなくても見りゃ分かるが。


 ベルが後始末をしている間、俺はさっきの「墓」を調べることにした。

近くの空き家からスコップを拝借して掘ってみると、大きな袋が出てきた。

袋についた土を払って中身を見ると、出てきたのはなんと大量の札束だった。

もちろん、この世界で現金なんて何の役にも立たない。

俺にも昔に稼いだ札束がたくさんあったが、全て燃料にしてしまった。

恐らくノブマサは、近くの空き家という空き家から金を集めて貯めておいたんだろう。

ノブマサが物心ついた頃はまだ文明があっただろうから、金が大切だということは認識していたのだろう。

だが、札束が紙くずになったということは分かっていなかったようだ。

ノブマサはその紙くずを守っていた。

父親の墓だと俺たちに嘘をついてまで。


 俺とベルは、ノブマサの亡骸を「墓」に葬ってやることにした。

嘘から出た実って奴だな。

亡骸に土をかけ、再び手を合わせた。

今度は心をこめ、丁寧に。

「ベル、周囲に生体反応は?」

「ありません」

「そうか、よし」

実はノブマサの親が周囲に隠れてるんじゃないかと心配していたのだがそれは無さそうだ。

どうやら親なし子ってのは本当だったみたいだな。


 仕事をこなしつつも、俺は別の「計画」を進めなければならない。

今年までに終わらせなければ、手遅れになる。

待ってろよ――

コヤマさん。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る