第八話 最果ての地
俺たちはヘリで青森に向かって北上している。
珍しくゼロは、何か思いつめたような顔をしていた――
なんてことはなく、
「うわ~!ヘリってトロッコよりも速いんですね~~!!」
などと呑気なことを言っていた。
さっきまであれほど警戒していたくせに、気持ちの切り替えが速い奴だ。
ヘリに乗っているのは、操縦士二人と、さっき俺たちを案内した男、そして俺たち二人の合計五人だ。
俺はさっきから気になっていたことを聞いた。
「お前らは――人間じゃない、よな?」
そう言うとさっきの男が、
「私にはそれにお答えする権限はありません。」
と応えてきたが、俺は
「さっきから三人ともゼロの生体反応に引っかかっていない。となると貴様らは、ゼロの同族……といったところか?」
「……。」
男は、何も言わなかった。
青森と岩手の県境付近の上空に到達すると、地上から煙が上がっていた。
「なんだあれは?」
と俺が呟くと、さっきの男が
「一般人が青森を目指そうとしているのを、我々が実力をもって阻止しているのです。」
と言ってきた。
「なぜそんなことを?」
「私にはお答えする権限はありません。」
またそれか。
しかしよく目を凝らしてみると、県境のあたりには鉄条網やら何やらがあって物騒な雰囲気だ。
たしかに一般人が容易に突破できる雰囲気ではない。
俺は仕事をするにあたって到達したことがあるのはせいぜい岩手か秋田の北の方で、青森の県境に行ったことは無かった。
文明崩壊直後はまだ南の方も居住可能地域が多かったから、人口の少ない北東北には手を回していなかったからだ。
だから青森の県境がこんな物々しい雰囲気なんだとは知らなかった。
「お二人とも、間もなく到着いたします。」
男がそう告げると次第にヘリは高度を下げた。
どうやらヘリが着陸したのは、県境からも遠くない旧青森県の三戸のようだった。
「申し訳ありませんが、ここで降りていただきます。どうぞこちらへ」
そういって男はヘリのドアを開けて、先に降りた。
俺はいつものように先に降りて、ゼロが降りるのを手伝ってやった。
「すぐそこの三戸駅から列車で移動します。ヘリ用の燃料の割り当ては少ないものでして」
なるほどね。
県境を越えなければならないときに限って、面倒ごとを避けるためにヘリで飛び越してるというわけか。
俺たちが駅に向かって移動しようとした瞬間、近くの森から叫び声がした。
「お、お前らはサッポロに行けるのか!?」
サッポロ……札幌?なぜ札幌の話を……
「た、頼むから連れて行ってくれ!!」
なんの話をしてるんだ?そう思っていると、いつの間にかゼロがライフルを構えている。
そういえば戦闘モードのままだったな。
「や、やめてくれ!撃たないでくれ!」
声の主は見えていないのに、ライフルの銃口はたしかに叫び声の方向を指向していた。
すると男が、
「私がやります。お二人とも下がっていてください。」
と言ってきた。だが男は銃も何も持っていない。
「お前、どうする気だ?」
と俺が言うと、何も言わぬまま手でピストルの真似をし始めた。
「お前、何やってるんだ――」
と言いかけたそのとき、
どぉん。と大きな音がした。
男の指先から弾丸が放たれ、茂みの中へ消えていった。
それ以降、叫び声がすることはなかった。
俺たちは二両編成の電車に揺られ、さらに北上していった。
「まさか電車まで動かせるとはな……」
電車を動かすには、線路だけでなく架線も整備する必要があるし、そもそも電気がなければ動かない。
それだけの資材が揃っているとは、やはり只者ではない。
「燃料の割り当てが少ないだの言っていたわりに電気があるとはどういうことだ?」
「化石燃料に頼らなくても、電気は作り出すことができます。簡単な事です。」
火力以外の方法で発電してるってことか。
考えてみりゃ、当然か。
俺は電車に揺られながら、男に尋ねる。
「ところで、さっきの叫び声はなんだったんだ」
「ああ、彼らは無謀にも札幌を目指しているんです」
「そんなことは分かる。なぜ札幌を目指す」
俺が仕事を始めるとき、北海道には収束官は配属されていなかった。
北海道は気温が低く当面は安楽死の必要もないからと聞いていたが、それなら北東北にだって不要なはず。
今思い返せば、違和感がある。
そんなことは考えていると、男は口を開いたが――
「私にはそれに答える権限はありません。」
と言うだけだった。
長いこと電車に乗っていると、男が
「まもなく青森駅に到着します。」
と言ってきた。
すると、電車の一番前にかぶりついて景色を見ていたゼロが
「タツヤさん、あれを見てください!」
と何かを指さした。
「なんだ、ゼロ?」
「あれ、大きい船です!」
たしかによく見ると、船のようなものが見えた。
「ゼロ、あれは大昔の連絡船だ。八甲田丸と言って、青函トンネルが出来る前はあれで北海道まで行ったそうだ」
もっとも、青函トンネルも文明崩壊時の動乱で破壊されたらしいが……
するとゼロが、
「でも、よく見ると動いてますよお?」
と言ってきた。
そんな馬鹿な。慌てて俺も電車の先頭に移動して見てみると――
たしかに、ゆっくりと岸から離れようとしているところだった。
まさか、これが現役だというのか。
そうか、さっき「ヘリ用の燃料の割り当ては少ない」と言っていたが、この船に燃料を回すためだったのか。
「おい、あの船はどこへ行くんだ。まさか北海道に行くのか?」
「私にはそれに答える権限はありません。」
いい加減うざったくなってきたな。
俺たちは電車を降りて、駅構内を歩いていた。
どうやら、男たちの組織はこの駅構内を根城にしているらしい。
やがて俺たちはある部屋に通された。
入り口には駅長室と書いてあったが、今は応接間として使っているようだ。
「お二人とも、この応接間でお待ちください。間もなく参ります」
そう言って男は下がっていった。
間もなく参るって誰が参るんだよ。
そう思いながらふと横に座るゼロを見ると、なんだか緊張した顔をしている。
「どうした、ゼロ?」
「……タツヤさん、私、誰が来るのか分かっちゃいました。」
「……誰が来るって言うんだ?」
「ハカセです。」
ハカセ?ハカセと言うと、まさか……
いや、文明崩壊後の五年間を生き延びていられるとは思えない。
あの人は天才と言っても一研究者のはずだ、とっくに死んでいても……
と思っていると、急にゼロの背筋が伸びた。
入り口の方を見ると、ドアがゆっくり開いた。
そこにいたのは――ゼロがハカセと呼ぶ、ドクター・キミヅカだった。
キミヅカは女にしては背が高く、いつも白衣を着ていた。
それは変わらないようだった。
キミヅカについて詳しいことを俺は知らない。
ゼロたち旧文明収束官補助用有機型人工知能の生みの親であること。
仕事について俺たち旧文明収束官に命令を出したこと。
そして、熱波で死んだレイコという娘がいたこと。
それくらいだ。
キミヅカは部屋の中に入り、俺たちとテーブルを挟んで向かいのソファに座った。
すると口を開き、
「久しぶりね、二人とも。」
と言った。俺たちも返事をする。
「お久しぶりです。ドクター・キミヅカ」
「お、お久しぶりです。ハカセ。」
やはり緊張している。こんなゼロを見るのも珍しいな。
「二人に来てもらったのは他でもない、新たな任務を与えるためよ。」
任務だと?何をするというんだ。
「まず、プリンセス・ゼロ。あなたの任務を伝えるわ。」
プリンセス?いったい何をふざけたことを……
「あなたには私とともに北海道・札幌市に行ってもらうわ。」
「は、はい。分かりました。もちろん、タツヤさんも一緒ですよね……?」
「いえ、彼には別の任務があるわ。」
「そんなっ……!!」
涙目になりそうなゼロを尻目に、キミヅカはこちらを向いた。
「タナカ収束官。あなたに最後の任務を与えるわ。」
「……何でしょうか?」
「今ここで、死になさい。」
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